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第十話:その想いは甘く痺れて……

 今回は、吏緒お兄ちゃん視点から始まります。

「分かった……ミカとは会わない……」


 そう言った如月呉羽を、私は半ばホッとした面持ちで眺めた。

 いくらミカお嬢様の為とはいえ、彼を騙すようで少々良心が痛む。

 しかしながら、後悔はしていない。これで、ミカお嬢様も早く彼を諦める事が出来るだろう。

 例え、彼女がどんなに傷付く事になったとしても……。


 その際は、私があなたを支え守りましょう。私の想いで包み癒しましょう。

 如月呉羽と同じ位……いえ、それ以上の想いであなたを愛します。


 だからどうか、あなたも私を想ってください。 少しでもいいから、私の事を見て下さい。ミカお嬢様……。





 私の行動は、薔薇屋敷の執事としては失格だろう。

 本来の主人を放り出し、己の気持ちを優先してしまっている。

 しかし、私を突き動かすこの想いは、誰にも止められぬ物……そう、私自身でさえも……。

 否、止める気などさらさら無い。


 甘く痺れるこの想いは、まるで……。


「そう、まるで麻薬のようですよ、ミカお嬢様……」


 一人彼女を追う私は、その様に呟く。自嘲気味に笑いながら。


 きっと私のこの想いは、ミカお嬢様……全てをあなたに晒すには少々重いやもしれません……。

 だから、小出しに致しましょう。

 少しづつ少しづつ、貴方が慣れるのを待ちましょう……。





 それにしても、ミカお嬢様の担任の教師、福山譲。

 何やらモヤモヤとする。

 職員室に行くという話だったとお嬢様に付けさせている私の部下が言っていたにも拘らず、職員室にはまだ姿を現していないようなのだ。

 ミカお嬢様がよもや、教師と禁断の恋に落ちるなど考えられないが、あの教師の顔を見て、少々不安を拭えないでいた。


 あの教師は容姿が整いすぎている。


 ミカお嬢様は何処か、そういった人間を引き寄せる何かを持っているようだ。

 そして、その人間を虜にしてしまう。

 あの教師とて例外ではないかもしれない。注意深く見ていなければならない。

 新たな虫は、早々に駆除せねばならないだろう。


 部下からの連絡で、人通りの少ない特別棟の方に居る事が判明。


 何故そのような場所に!?

 よもや、私の不吉な予感は当たってしまったのか……。


 お嬢様につけていた部下を問いただしてみても、何やら歯切れの悪い返事が返ってくるだけ。余計に私に苛立ちと不安を与えた。





「ミカお嬢様!」


 そうしてミカお嬢様の居る所まで辿り着いた私。ミカお嬢様はやはり福山譲と共に居た。

 ミカお嬢様は、ハッとした様子で、何処か動揺した面持ちで私を見ている。


 ……やはり何かあったのか……?


「あ……う……吏緒お兄ちゃん?」

「………」


 ミカお嬢様の隣で眉間に皴を寄せ、私を無言で冷たく見返す福山譲。

 私は彼を軽く睨みつけながら、ミカお嬢様には優しく語りかけた。


「ミカお嬢様、おだ昼食を済ませておられないのですか? もうお昼休みは終わってしまいますよ?」


 すると彼女は、「えぇ!?」と驚いた顔をして、携帯を取り出し時間を確認している。


「うわっ、本当です! 先生、どうしますか!?」

「ああ、本当だな。私から呼んでおいてすまなかった。この時間では大して話も出来ないだろう。お前は教室に戻って、弁当でも食え」

「えっと……はぁ」

「その代わり、放課後は残れ。とても大事な話だからな。忘れて帰るような真似はするなよ。いいな?」

「は、はい……」


 有無を言わせぬ上から押さえつけるような言葉。生徒に向けるには冷た過ぎるのではと思われるその視線。

 到底、私の危惧しているような感情は無さそうに見える。

 そのまま白衣を着たミカお嬢様の担任教師は、振り返りもせずに去っていった。

 ふとミカお嬢様に目線を移すと、何故か彼女は眉を寄せ、思案顔でブツブツと呟いている。


「……うーん、大事な話ってなんだろ? それにあの変わり身……他の人にはまだ見せたくないのかな……? 本当は照れ屋とか……?」


 私はそんな彼女に声をかける。


「ミカお嬢様、実は私もお話があるのですが……」

「はい? お話?」


 首を傾げる彼女に、私は意を決し泣かれる覚悟でその事を告げた。


「如月呉羽はミカお嬢様ともう会われないそうです……」

「え? そうなんですか!?」

 

 ミカお嬢様は、ただ吃驚した顔をしただけであった。拍子抜けするほどあっさりとした反応。


「あの、お嬢様……?」

「そっか、お兄ちゃんから話してくれたんですね? 一週間会っちゃいけないって! さっきみたいに、呉羽から近付かれたんじゃ、私防ぎようが無いですもん」

「いえ、その……それはちが――」

「ありがとう、吏緒お兄ちゃん! 大好きです!」

「っ!!」


 ニッコリと満面の笑みを浮かべ抱きつく彼女に、これ以上何を言えるだろうか……。

 おまけに、「大好き」とまで言われて私は舞い上がってしまった。

 全く、ミカお嬢様を前にすると、まるで初恋をしている少年のようだ。

 おまけにここは学校、それがその事に拍車を掛けているのかもしれない。自分が同じ学生に戻ったかのような、そんな錯覚を……。

 私はミカお嬢様が無邪気に抱きついてくるのをいい事に、思い切り抱き返す。


「私も、大好きですよ……」

「ぅえ!? えへ、えへへ」


 照れて笑う彼女が可愛くて、その頭の天辺に口付けを落とす。きっと、私が本気で告白した事なんて気付いていないのだろう。


 今はまだいい。

 如月呉羽の事も、私の気持ちの事も……。

 少しづつ解らせていこう……。


 今はこの笑顔が独り占めできるだけでいい。



 +++++++



 あうっ、なんと言うのでしょう、物凄くドキドキします……。

 いやぁ、抱きついたのは自分からなんだけどさ。

 その後思いがけずウキュッと抱き返されて、「大好きですよ」と言われて、おまけに頭にチューなんて……。

 噴く! 鼻血を噴いてしまふ!

 もー、何でこうお兄ちゃんはお色気むんむんなんでしょうか。

 これでサングラスにオールバック、全身黒尽くめだったら……私は今この場で死んでもいい……。


 それにしても、吏緒お兄ちゃんから呉羽にちゃんと言ってくれたなんて……。

 もう、あんなあからさまな拒絶なんかしたくないですもんね。あの時、呉羽ちょっと傷付いた顔してましたもん。

 好きな人にあんな顔させたくないですもんね。

 お兄ちゃんだったら間違いないです!

 はうっ、これでついでに呉羽の持っているオヤジ達最新巻の事も何か分かれば~……。


「お昼に致しましょうか」


 吏緒お兄ちゃんが告げる。


「う~ん、でも乙女ちゃんはどうしたんですか?」

「それならば、事前に私の部下に頼んでありますから」

「そう、なんですか……?」


 それって、乙女ちゃんの執事として如何なんだろ?


 思わず、首になってしまわないのだろうか、と心配になってしまう。

 その事を試しに聞いてみた所、


「その時は、私は正式にミカお嬢様の専属の執事となれますね」


 と何処か嬉しそうに笑って言った。


 えぇ!? って、それって駄目じゃん! 私執事雇うお金なんて無いよ!?

 我が家は父と母がお金持ちなんであって、私は月一万のお小遣いで足りない分は何とかバイトでまかなっているただの高校生だよ!?


 すると、眉を顰めていた私に、吏緒お兄ちゃんは寂しそうな顔になって、


「ミカお嬢様は、私が専属執事ではお嫌なのですか?」

「えぇ!? いえ、そういう訳では……」

「私がお傍にいるのは、迷惑ですか?」

「そんな! 迷惑なんて、とんでもない!」


 と言うか、その捨てられた仔犬のような顔は止めて下さい。

 思わずきゅんとしてしまいましたとも。

 あのクールで渋いスナイパー渋沢が、こんな顔をするなんて……。

 これが噂のギャップ萌えというやつですね?


 とまぁ、そんなこんなで、私はこの特別棟の一角でお昼を食べる事になりました。

 吏緒お兄ちゃんが何処からか持ってきてくれた椅子に座り、Myお弁当の、定番のタコさんウィンナーやら甘口玉子焼きをモゴモゴと頬張っていると、マジシャンのように何処からとも無くお茶を出して私に差し出してくる。


「どうぞ、玉露ですよ」

「あ、どうもです、お兄ちゃん」


 いつも思うんですが、何処にそんな急須やら湯呑みやらを隠しているんですか!?

 そんなスペース、そのぴったりとした燕尾服に無いよね!?

 その摩訶不思議たるや、我が学校の七不思議の一つに連ねても可笑しくないよ!?


 心の中ではそんな突っ込みを交えつつ、表面では何の変化も無い様に玉露を啜る私。

 ホッと一息ついて、再びMyお弁当のミニハンバーグを頬張って、ジーっとお兄ちゃんを観察していると、今度は彼はナイフを取り出し、そしてりんごも取り出し、むきむきと皮を剥いている。と思ったらすぐに剥き終り今度は桃とかオレンジとかブドウとか……。

 それはもう、見事なフルーツカッティングの技術を見せ付ける吏緒お兄ちゃん。あっという間に綺麗に盛り付けて、「デザートです」と言って私に差し出してくる。


 だから、そんなフルーツ何処に隠し持ってたの? 吏緒お兄ちゃん……。


 そんな疑問を心の中で呟いている時、吏緒お兄ちゃんが私の顔をじっと見てクスリと笑うと、


「ミカお嬢様、口の端にソースが付いていますよ」

「え!? 本当ですか!?」


 私は指摘され、舌で舐め取ろうとした。

 舌先に甘じょっぱいソースの味を感じたが、


 あ、これは広がったっぽい?


 私は今度は指で拭おうとした所、その手を掴まれてしまった。


「吏緒お兄ちゃん?」


 見上げると、驚くほど近い青い瞳。


 ハッ、いけない! 石化ビームが!! と言うか、近っ!

 何でこんなに顔が近い……チーン。


 ハァッ!! まさかぁ!!

 舐める気ですか!? 舐める気ですかー!!


 この前の頬っぺチューを思い出してそう思った私、心臓は爆発寸前である。


 うっきゃ~! 駄目だぞミカ! あなたには呉羽と言うステキングな彼氏が居るんだから!


 と、自分に言い聞かせ、ミーハー心を抑えようとする。

 しかし、そうしている間にも、吏緒お兄ちゃんの顔が近づいてきて、何だか拒む事が出来ずに、ギュッと目を瞑ってしまっていた。


「駄目ですよ、ミカお嬢様。手で拭おうとなさっては……綺麗な手が汚れてしまいます」


 そんな言葉が、息が届く位に近くに聞こえる。


 だがしかし、いつまで経っても、私の予想していたような事は起きず、代わりに唇に押し当てられるサラリとした柔らかな布の感触。その感触は、優しく私の唇を拭った。

 

 パチリと目を開けた私。

 やっぱり物凄い近い位置に吏緒お兄ちゃんの顔があるのだけれど、その青い瞳は、今拭っている行為に集中しているようだ。


 あああああ! 私ってば、なんて事を想像しちゃってたんですかぁー!! 全くもー!


 羞恥心と自己嫌悪に、アワアワとしていた私に、ハンカチをしまって吏緒お兄ちゃんがひたと私の目を見据えてきた。


「どうしたんですか? ミカお嬢様」

「おおおお兄ちゃん! な、何でもありませんよ!」


 かなりどもってしまった。

 おまけに、顔も真っ赤にしてしまう。


 するとお兄ちゃんは、クスリと笑って、まるで何でもお見通しですよって顔をして、


「もしかして、舐め取って欲しかったんですか? 駄目ですよ、そのようないけない事を考えては……」

「~~っ!!」


 ズキューンとね、今ズキューンと打ち抜かれてしまいましたよっ!

 流石はスナイパー……。

 もー、ほんとにこの前からどうしちゃったんでしょー……お色気が、半端無いです……。





 吏緒お兄ちゃんがお色気を駄々漏らせたお陰で、教室に戻ってきた私にカーリーが、


「どうしたの君、顔が真っ赤なんだけど! 熱でもあるんじゃないの!?」


 と、吃驚&心配をされてしまいました。


 あうっ、カーリーやっぱり何気にいい人です。


「カーリー、大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう御座います」


 一応礼を述べた所、カーリーは顔を真っ赤にして、


「なっ、何を言ってるんだよ! 僕が君の心配なんかする訳ないだろ!? 君が風邪でもひいたら、隣にいる僕が真っ先にうつる可能性があるじゃないか!」

「またまたぁー、そんな事言っちゃってぇー。カーリーがツンデレなのは分かりましたから」

「誰がツンデレだ! 僕はツンでもデレでもない! オールマイティ無関心だ!」

「はっはぁ! オールマイティ無関心! 面白い事言いますねぇ。今度使わせてもらっていいですか? 10円払いますから」

「何だよ10円って! 売り出した覚えは無いよ!」

「えー、じゃあ20円ですか?」

「だからっ! はぁー、何やってんだろ僕……」


 酷く肩を落とすカーリー。急激に熱が冷めたようだった。

 そんな彼に、私はポンと肩を叩いていってあげる。


「ドンマイ、カーリー」


 ビシッと親指付きだぞ♪ 贅沢者め☆


「君が言うなぁ!」


 そんな感じでお昼休みは終わったのでした。







 そうして放課後。私は福山先生と約束したとおり、教室に居残っていた。

 先生は、教室に私以外の生徒がいなくなった所で、私の前の席に座る。

 そして懐から茶封筒を取り出し、私に差し出してきた。


「昼休みの礼だ……」


 えぇ!? まさかお金!?

 イヤイヤ、教師が生徒に謝礼にお金を出すなんて、言語道断ですって!


 しかし、先生が言う所には、お金ではないとの事。


「もっといい物だ」


 そんな事を言うので、警戒しつつも茶封筒を開け、中身を取り出した。

 写真である。


「………」


 私は無言でそれを見つめ続けてしまいました。

 何故ならそこには、真っ白でふわふわな毛並みの、青い目をした可愛らしい猫が写っていたから。


「あの、先生これは……」

「ジャクリーヌだ」


 ジャ、ジャクリーヌ……昼間言っていた名前です。


「渾身の一枚だ……」


 いや、確かにべらぼうに可愛い一枚ではあるけどね!?

 小首を傾げて、クリッとした目で此方を見ている様はとっても可愛いよ?

 でも、お礼に普通、猫の写真を渡すだろうか……。


 まぁ、くれると言うのであれば、ありがたく貰っておくけど……。


「分かりました、お礼と言われるほど何かした覚えはありませんが(逆にされた感は大いにあるけど)、遠慮なく受け取っておきます。可愛い猫ちゃんですね」

「ああ、ジャクリーヌは世界一可愛いんだ」


 私が猫を褒め称えた途端、福山先生はほわっと嬉しそうに笑ったのです。それはもう、天使も斯くやというあの微笑で……。

 本当に好きなんだなぁと思わせる笑顔だ。


 という事は、昼間のあれは、このジャクリーヌの代わりにさせられた訳ですな?

 何とも迷惑な話です。

 お陰で、私の大事な普通メガネが、銀縁お洒落メガネと禁断ランデブーなどをしてしまったんですよ!


 とまぁ、こんな事を考えていると、先生は天使の笑顔を引っ込め、代わりに銀縁フレームをクイッと上げながら、ボソリと一言。


「二人きりの時は、猫語で構わないぞ……」


 その頬は何処かほんのりと赤く染まっていた……。


 って! 何言ってんの!?


 思わず、身体を仰け反らせて引いてしまいました。


 何だこの、二人の時は名前で呼び合おう的な秘密の恋人風なノリは!?


「い、いえ……猫語はちょっと……。それよりも、話って何ですか?」


 私はこの奇妙な雰囲気を払拭しようと、本題に入らせてもらう事にした。

 先生は、「ああ」と頷くと、私に再び茶封筒を渡してくる。


 こ、今度は一体何!? 猫の次は犬だったりして……?


 しかし、中を見た私は、ピシリと固まった。


「それ、お前だろ。一ノ瀬」

「………」


 私は何も言えなかった。身動きも取れなかった。

 封筒の中身は写真。

 それも、私の写っている物。

 だが、ただ私が写っている物であれば、ここまで固まる事は無かっただろう。

 それは、私が姉の店でバイトをしているときの写真。つまり、ロリータ姿の、ノンシールドの私であった。


「ネットで、可愛い生き物を探していたら、偶然にもそれを見つけてしまった。それは、お前で間違いないな、一ノ瀬……」

「………」


 私はゆっくりと顔を上げ、福山先生を見た。

 銀縁メガネ越しにひたと此方を見据えられ、有無を言わせぬプレッシャーを感じる。


「そして去年、この学園内を騒がせた、鳥の巣クラッシャーもお前だな……」

「っ!!」


 私は金縛りが解けぬままに、目を見開いた。

 それを肯定と受け取った福山先生は、一人納得したように頷くと、


「私の推測は間違っていなかったな」


 と満足そうに、ニヤリと笑って私を見た。





 カーリーとの会話はやっぱり楽しいなぁ。神の様に舞い降りた「オールマイティ無関心」もなんか何気に響きがいいなぁ。


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