極秘任務と、天ぷらと。
本日は晴天なり。
雲が空の彼方へ逃げ去ってしまったそんな日に、ヒーロー達は基地の中で待機していた。
ヒーローという仕事上、常に仕事があるわけではない。
たまに学校に講習に行ったり、イベントの宣伝を任されたりするが、それ以外だと、ヒーローの出番はヴィランが出た時ぐらいだろう。
そしてヴィランは予告状を書かない。つまり、ずっと待機することになるというわけだ。何も起こらないまま一日が終わることだってある。
「海は〜誰かが〜流した涙〜♪いつか〜僕らも〜♪流す〜涙〜♪」
ハンシはくるくると踊りながら掃除をしていた。
モップで床を拭きながらマイク代わりに熱唱している。
「いやぁ、熱量がすごいね、なんだか。バンドとかに向いてそうだ。」
「あァ、そうだな、ハイテンションだ。…しっかし、暇だな。」
レッカとモートは、ソファに座ってハンシの掃除を観ていた。
レッカが事故にあい、ハンシがこの基地に来てから10日ほど経つ。
特に何事もなく翌日に退院し、レッカとも挨拶をしたハンシは、早くもこの基地に馴染みつつあった。
料理や洗濯、掃除などの家事をこなしてくれるのは他2人にとってありがたいことだ。
それまではレッカが不器用ながらも全てをやっていたからだ。
「二人とも、晩御飯はどっちにするッスか?焼きそばか、天ぷら。」
「オレは天ぷらだ。」
「じゃあ、自分も同じだ。」
「了解ッス!」
歌い終わったハンシに料理のリクエストを告げる。
基地の中にはのんびりとした空気が流れていた。
そこへ、
『ピポン♪』と机の上においてある端末が着信音を発した。
レッカが端末を開き、ビデオ会議のアプリを開くと、ネズミの獣人が映った。クリーム色の作業着を着ているが、所々にカラフルなシミが目立つ。目元がほとんど頭に巻いたバンダナで隠れているが、バンダナの下から少し覗いている。
少し陰気な雰囲気を出している彼だが、ヒーローである。だが、ヒーローと言うには目がすごく怖い。その雰囲気と目つきゆえ怖がられることも多い、そうだ。
『........』
何も喋らない。画面の向こうの相手と、レッカ、モルドはお互いに画面を見つめ固まっている。
何故何も言わないのか。と、モルドが話を切り出した。
「お久しぶりです、グロウ先輩、お元気ですか?」
『ああ、…元気』
微妙に画面から目を逸らしながらネズミの獣人、グロウはボソリと答える。
『……』
グロウは一切表情を変えようとしない。
何か言いたそうだが、話を切り出す事ができないでいるようだ。
仕方がない。レッカが次は話を切り出す。
「久しぶり、センパイ。連絡してきたってことは、何か用事か?」
『…用事だ。』
「どんな用事ですか?」
『本部からの指令。』
もうお分かりだろう。
このグロウという先輩ヒーロー、コミュニケーションが恐ろしいほど苦手である。
日常会話も手紙でのやり取りも、ほとんど一、二言喋ると黙ってしまう。
そのくせかなり頑固で変人。対話が物凄く面倒くさい人物だ。
「どんな指令ですか?」
ここから続く会話を正直に書くと分かり辛くなってしまう。
要約するとしよう。
まず、用事とは、協会本部からの指令。
内容は、ヒーロー協会21号基地の極秘調査である。21号基地周辺で行方不明事件が多発している。それに基地が関わっている可能性がある。
詳しい指令の内容は、周辺住民への聞き込みと、基地の監視。
警察は事件への関与が疑われるので、調査を任せることはできない。
期間は2日。
周辺住民の一人に協力してもらい、家を拠点とすることを許可してもらったので、そこを拠点とする。
ということだ。
グロウは伝え終わると疲れたのか、端末を置いているであろう机に突っ伏した。
「ありがとな、センパイ。お疲れ様だ。」
レッカが礼を言った。
なにせここまで喋ったセンパイを見るのは初めてである。
「あの、すいません。お疲れの所申し訳ないんですが、なんでグロウ先輩がその伝達を?こういう仕事、先輩は嫌いだと思うんですが…」
『他の奴、忙しい』
グロウは突っ伏したまま答える。
おそらく他の忙しい同僚に押し付けられ、誰かに頼むことができなかったのだろう。よくある事である。
グロウが顔をあげた。少し機嫌が悪そうだ。
すると、
「あれっ、こんにちは!ヒーローの人ッスか?」
「うわっ!?」「どわッ!」
いつの間にか背後に現れたハンシに画面の前の二人は跳ね上がる。
『…』
「こんにちは!その格好カッコいいッスね!画家してるんスか?」
『…ああ。』
「へ〜、なんて名前ッスか?後で調べてみるッス。」
『……グロウ。』
グロウは急に話に入ってきたハンシに困惑している。少し顔色が悪い。
相性が良くない性格のようだ。ハンシがほとんどグイグイと会話をしている。
しばらくして、ハンシがメールアドレスを交換し始めたのを見て、見かねたレッカが話の間に割り込んだ。
「あー、あんまりしつこく話しけんな。後でオレ達が教えてやるから。」
「あ、すみません!つい、興奮しちゃって。よいしょ…いてっ!」
『ああ…』
「ごめんな、センパイ。まだ子供なもんで…」
「いてて…」
興奮がおさまったハンシがソファに座る。途中でソファの角にぶつけた足を痛そうにしている。
『…レッカ』
グロウは相変わらず、画面から少し顔をそらしたまま言った。
「どうかしたのか?」
『怪我、無事か』
「ああ、大丈夫だ。心配してくれてたのか、ありがとな、センパイ」
「優しいッスね、グロウ先輩。すごいッス!」
『ああ…』
少しだけ顔が赤くなったグロウはしばらく固まる。どうやら褒められて照れたようだ。そのまま10秒ほど固まった後、
『じゃあ』
ブツッ
と通話が切れた。
「切れたね…まあ、恥ずかしがり屋だから、伝えてくれただけありがたいな。」
「ちょっと申し訳ないことしちゃったッスね。こっちが喋ってばっかりでしたし。」
「あんまりグイグイ詰め過ぎんなよ、距離感を。特に先輩は人と関わるのが苦手だしな。」
「以後、気をつけるッス。あっもうこんな時間だ。天ぷら作り始めないと!」
と、かなり時間が経っていた事に気がついたハンシはいそいそと作る準備を始める。
「じゃあ俺も手伝うぜ。モルド、お前も手伝えるか?」
「…野菜を切るぐらいならできるかな。」
「おっしゃ、決まりだ。指令のことは今日は忘れて、料理作りだな。」
3人はそれぞれ天ぷらを作り始める。
途中でモルドが羽を切りかけて包丁を取り上げられたり、つまみ食いがバレてハンシが怒られたりしたが、流れている空気は、平和そのものだ。
しばらく3人は極秘の指令のことなど忘れて料理に勤しんだのであった。




