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明日、彼女は僕を振る

作者: 千園参

 これは僕が高校二年生だった時のある日のこと。

 その日は何の変哲もなく特別なことなんて起こるはずもなく起こるわけもなく、何もない平凡で平坦な一日だった。というよりも、その日“も”と言った方が正しいだろう。僕の僕という日々は何も変わり映えのしない毎日の連続の集合体だったのだ。

 それはいつ思い返してもどこで思い返しても変わらぬ事実であった。

 でも、それでも、そんな僕にも唯一特別だと思えることがあった。

 それは学校一の美少女と名高い葛城柳子と付き合っているということだった。

 何がきっかけでどこにでもいる、どこにでもありふれている、どこにでも生息しているモブキャラの僕と、少年Eの僕と付き合ってくれたのかなんてことは永遠に永劫にわかるはずのない謎である。

 あまりにも謎であるため僕と彼女が付き合っているという紛れもない事実は学校に星の数ほどある多くの多すぎるほど多くの恋愛話の中に埋もれている。つまりは隠されている。つまるところ隠している。とどのつまり誰にも彼にも内緒にしている。

 というのも、こういうもの、そういうもの、どういうもの、僕のような明らかに彼女に釣り合わない男が学校一の美少女である葛城柳子とお付き合いしているなんて事実が明るみに出れば僕の命がいくつあっても足りない。どれだけ命を用意しようとも必ず上回った数の死が僕を待ち受けていることだろう。これは弱い動物が身を隠す術を会得しているのと同じように僕の生き残るための術なのだった。為す術ないのも事実なのだが。



 そして話は元に戻るが、その日は柳子からソーシャルネットワークサービスアプリで連絡が来ていた。

『授業終了後、話したいことがあるので校門前に集合してください。遅れないように』

 とのことだった。

 このメッセージに僕はひどく狼狽えることになった。理由はとても単純で端的で簡単で、先述の通り僕は柳子と付き合っているという事実をひた隠しにしている。つまり学校内で彼女と過ごす時間は彼氏彼女の関係でありながら極めて少ないのである。

 登下校もしない、休み時間を共に過ごすわけでもない。唯一一緒していることと言えば昼御飯を誰も来ない屋上で食べるくらいだろう。

「あれ? 僕たちって付き合ってる?」

 そんな疑問が湧き上がるほどだ。

 そしてこうも思う。

「彼女はどうして僕と付き合っているのだろう?」

 いや、いやいや、改めて思うことでもない。こんなことは彼女の顔見るたびに思っている。あまりにも今更である。

 ただそんな僕が今になってどうして校門前に呼び出されるのだろうか。それよりも僕と彼女が校門前で出会ってしまってはバレてしまうのではないだろうか。バレてしまうということは死んでしまうということなのではないだろうか。

 今日が僕の命日だとは思いもしなかった。

 しかし、だがしかし、これが命日だとわかっていても彼女からのメッセージである以上、裏切ることはできない。

 意を決して僕は放課後を迎え、命日を甘んじて受け入れることを選んだ。

「葛城……どう、かした?」

 僕が校門前に着いた時には既に彼女は綺麗で規則正しい姿勢で洗練された佇まいで待っていた。

「ああ、来たのね。何だかこうして学校で会うのは新鮮だね」

「そう、だね」

 気恥ずかしいのだけれど、こうして学校で会うことでしか得られない青春もあるのだと僕はこの時初めて知った。

「それでどうしたの? 何かあったの?」

 僕は彼女に訊ねる。

 すると、そうすると、彼女はゆっくりと口を動かした。丁寧に、上手に、自然の流れのように、美しく。

「明日、私はあなたと別れようと思います」

「………?」

 一瞬何を言われたのか全く理解できなかった。理解が追いつかなかった。

「聞こえなかった? それじゃあ、もう一度言います」

「はい、お願いします」

 心の準備をして落ち着いて彼女の言葉を待ち構える。

「明日、私はあなたと別れようと思います」

 一言一句違う事なく彼女は全く同じ言葉を復唱し、僕に伝えた。

「いやいやいや、どういうこと?」

「言葉の通りだけど」

 悪びれる様子もなく彼女は言ってのける。

「何から訊いたらいいのか全くわからないよ……」

 あまりにも唐突で突然で突発的で突拍子もない彼女からの振られる予告。何がどうなっているのだろうか。

「そうだな、整理できたことから聞いてもいい?」

「なに?」

「どうして明日振られるの?」

「どうしてって?」

 何故そちらが疑問系なのか。

「いやいや、僕のこと振るんだよね?」

「うん」

「明日である意味ある?」

「あー、そういうこと?」

「そういうこと。だって明日振られる予告を僕にした時点で僕はもう振られてるも同然じゃないかな? どういうモチベーションで明日の振られるを迎えればいいのかわからないよ。だってもう振られたようなもんなんだもん」

「あー、確かに」

 確かにじゃねぇよ。

「もうこうなるなら明日じゃなくて良くないかな? もう今日で良くないかな?」

「なるほど。それで?」

 彼女の見た目はクールで可愛いというよりはどちらかというとカッコいいというのが本当のところであり、殺されるというのは男子生徒もそうであるが、割合的には女子生徒から命を狙われる確率の方が高い。

 カッコいい彼女ではあるが、それは世間の前、人々に見せる用の努力した彼女の姿であり、僕といる時は間の抜けた、気の抜けたゆるりとした性格をしている。

 そんな彼女であるが、「それで?」と声にした彼女はいつになく真剣な眼差しで僕を睨みつけた。

「それでって言われてもなー」

「あなたはそれでいいの?」

「それでいいのって、、」

「まぁいいけど。明日、私はあなたを何が何でも振るから。それまでの猶予を楽しむといいわ」

 そう言って彼女は腰まである長い髪を風に靡かせた。

「猶予を楽しめって……。じゃあ、一緒に帰りますか?」

「ええ、是非そうしましょう!」

 どういうことなんだろうか。

 振られるのであればこの辺のイベントも普通は断られるところなのではないだろうか。

「はあ? 明日振るって言ってんのに何で一緒に帰らなきゃなんないわけ!? ちょっと考えればわかるよね!? 馬鹿なの? ねえ、馬鹿なの?」

 と、罵声をこれでもかと浴びせられるところなのではなかろうか。

 それとも明日振られる僕に最後の情けをかけてくれているということなのだろうか。

 もし彼女が情けをかけてくれているのだとしたら、やはり彼女は誰に対しても分け隔てなく接することのできる僕の自慢の彼女であった。

 きっと彼女が僕と付き合ってくれていたのも、一生彼女ができないかもしれない僕を哀れんでくれた結果なのかもしれない。

 哀れみを込めて僕は彼女に優しくされていたのかもしれない。

 僕はどうして彼女の優しさに気付かなかったのだろう。いや、いやはや、彼女の優しさには気付いていたし、気付けていた。僕が気付けなかったのは彼女の思惑だろう。




 こうして僕たちは付き合い始めて、初めて共に下校することになった。

 明日振られるというこの状況下において僕は彼女と二人何を話題に帰れば良いのだろうかと内心で頭を抱えながら。

 こうなるならば自分の命など惜しまず、惜しむことなく毎日登下校を共にすればよかった。そうしていれば今こうしてお通夜のように無言で二人並んで帰ることもなかったのかもしれない。

 僕はさっきから“かもしれない”だらけであることに気がつく。

「結局、僕は君のことを何も知らないんだな……。全部僕の勝手な妄想だ……。かもしれないと予想を立てるくらいしかできない」

「? 何か言った?」

 彼女は何故か少し嬉しそうな顔をしていた。

 そ、そんなに僕と別れられることが嬉しいのか!?

「い、いや、何でもない……」

 彼女の嬉しそうな顔を見て僕はどうにも惨めな気持ちにさせられてしまう。

 何の思惑があって僕はわざわざ明日振られるのだろうか。

 まさか!?

「実は私、三年の義経先輩と付き合うことにしたの。冴えないアンタなんかよりよっぽどカッコいいし素敵なの。だから、別れて」

 そういうことなのだろうか。

「待ってくれ!! 義経先輩は確かにカッコいいけど、よくない噂が!!!!?」

「なに? 義経先輩がどうかしたの?」

 心の声と実際の声が混同してしまう。

 そして義経先輩というワードを口にする彼女の顔がまた嬉しそうだというのは皮肉が効き過ぎていて、もはや皮肉でもなく、それはあからさまというのである。

「な、なんでもない!」

「そうなんだ」

 彼女は僕の顔を覗き込むのをやめ、前へと向き直る。

 沈黙が支配する帰り道、僕は開き直った。

 今日だけは彼女は僕の彼女であってくれるということは今日だけは付き合ってくれるのではないかと。

「あのさ」

「どうしたの?」

「このまま帰るのもなんだしさ、少し、少しだけ寄り道しない?」

「うん! する!」

 彼女は何故か嬉しそうに元気よく答えた。

 何が目的なのか。

 僕に元気を与えてまだ可能性が残されているという期待を最大限に高めたところからの急降下振り落としで僕の精神を滅ぼしたいのだろうか。



 まさか最終日に初の制服デートをすることになるとは思いもしなかった。

 いや、いつかはしたいと思っていた。

 けれど、だけれど、こういう気持ちでしたいわけではなかった。

 ショッピングモールに足を運び、彼女のファッションショーに僕は見惚れていた。

「どう? 似合う?」

「……うん……」

「本当に?」

「本当だよ」

「じゃあ、何で下見てんの?」

「いや、可愛過ぎてちょっと直視できない……」

 彼女もまた顔を真っ赤に、真紅に染め上げた。

「そ、そっか。じゃあ、この服買おうかな」

「うん、いいと思う」

 なんで付き合い始めて何ヶ月も経つ僕たちなのにこんな初デートみたいな反応をせにゃならんのだと。これが初デートだからだろう。

 僕たちは本当に付き合っていたのだろうか。それすら怪しい。というか、僕たちは付き合ってからというもの何をしていたのだろうか。

 多分、何もしていないから振られるのだろう。

 最後の別れ際---

「今日は本当に楽しかった!」

 彼女は満面の笑みを僕に向けた。

「僕も楽しかったよ」

「明日はわかってるよね」

「わかってるよ」

「それじゃあ、放課後。屋上で待ってるね」

「うん」

 さっきまで笑顔だったはずの顔にはすっかり影が落ちていた。




 そして迎えた次の日というか運命の日。

「さてと、私たち別れましょう」

「やっぱり別れるしかないのか?」

「別れるしかないよ」

「昨日、あんなに楽しかったのに?」

「昨日、あんなに楽しかったのに」

 彼女は迷いのない目を僕に向ける。

 そして覚悟を決めたかのように拳を握り締めると、彼女は口を開いた。

「私ね、君のことが好きだよ。付き合ってその気持ちがドンドン大きくなった。昨日なんてそう。とても楽しかった!! あなた自身は気付いていないみたいだからこの際、教えてあげるけれど、あなたって意外と女子にモテてるのよ?」

「え、そうなの!?」

 項垂れていた僕は歓喜の顔を上げた。

「そこに反応するの腹立つ」

 彼女は僕を睨む。

「ごめんなさい」

「同級生の女子たちは結構あなたのことを噂してた。カッコいいって。だから、あなたと付き合うことになった時、私は実はそんなカッコいい人と付き合えるんだって鼻が高かったの」

「はええ……」

 学校一の美少女からは出ないと思っていた意外過ぎる言葉に僕は間抜けこの上ない謎の声が漏れる。

「でも、他の女子たちは知らない。あなたの本当の魅力。カッコつけない、気取らない、飾らないあなた自身の力でいつも勝負しているあなたが好き」

「え、いや、え? 僕今から振られるんだよね?」

「振るよ」

 彼女の言葉に迷いはない。

「そこは振るんだ……」

「振りますとも。図に乗んな、希望を見出(みいだ)すな」

「そのセリフ、一番傷つきますわ」

「あなたは私と一緒にいるのが嫌みたいだし、振られる前に思いっきり振ってやろうかと思って今日覚悟を決めました。ここからのスケジュールは私の『このスカポンたん!』というセリフと共にあなたに強烈なビンタをかまして終わり」

「そのスケジュール、、、本当に必要??」

 これから強烈なビンタをされるという恐怖を覚えながら彼女の言葉を振り返ってハッとする。

「ちょっと待って、何で僕が君と一緒にいるのが嫌ってことになるんだ?」

「そこに今さら疑問を抱くの? 自分で私を避けておいて?」

「いや、違う!!」

「何が違うの?」

「ぼ、僕は君が僕のことを好きなことよりも僕の方が君のことを好きなんだ!!!!」

 屋上から僕の声が世界中に響いたような気がした。

「ただ、自分に自信がなかったんだ」

「自身に自信がなかったと?」

 ダジャレを言う流れではなかったような。

「君は学校で一番の美少女だって噂の人だから、こんな僕が堂々と隣を歩いてたら釣り合わないんじゃないかって思って。無意識に君を避けてた。酷い話だよね、そうやって僕のことを想ってくれていた彼女を遠ざけてるんだから。でも、君のことが好きなのは本当だよ。たまたま一人が好きな僕たちはたまたま屋上でぼっち飯を食べてて。たまたま目が合って、たまたま声をかけようって思って、たまたま話が合って、たまたま弁当のおかずを交換して、たまたま付き合うことなったけど、君を好きだったのはたまたまでも何でもないんだ」

 僕がそこまで言い切ると、彼女は大粒の涙を頬に伝わせていた。

「嬉しい………」

「泣きたいのは僕の方だよ全く。でも、よかった、ようやく君に本当の気持ちを伝えることができた。これからも僕は君と一緒にいたいんだけど、ダメかな?」

 彼女は必死に涙を拭った後で真っ直ぐに僕の目を見た。ようやくちゃんと彼女の目を見れた気がした。

「ダメじゃないです」

「よかった……」

 僕はホッと胸を撫で下ろした。

 そして彼女の言葉はまだ続いた。

「ダメじゃないですけど、振りはします」

「え?」

 僕はその場に固まることになった。

 多分、その時の僕はどの石像よりも硬く固まっていたと思う。

「なんで? え、よりを戻す展開じゃなかった?」

「あなたの気持ちを知れたのは嬉しかった。これからも好き同士でいたい」

「だよね? え、だよね? え、それで? これから僕たちは? どうなるの?」

「別れます」

 一息ついて彼女はもう一度、

「別れましょう」

 そう言った。

 僕は悟った。

「あ、これ、回避できないやつね」

「そうそう、回避できないやつ」

「もう別れるしかないわけだ僕たち」

「そうそう、もう別れるしかないわけなの私たち」

「なんで?」

「来るところまで来たから」

「どういうこと?」

「いや、ここまで大々的に別れる宣言してこの日を迎えているわけだから、もう後には引けないなって」

「引いてよーそこはさー」

「いいや、引かない!」

「なんで!?」

「私はそう簡単に引き下がる女じゃない」

「まぁ君のそういうところが好きなんだけどね……」

「でしょう? あなた最初の告白の時に言ったじゃん。私のこういう人に惑わされたりとか、流れに流されない、自分の強い意志を持ってるところが好きだって」

「うわぁー、言ったわー」

「でしょ?」

「うん……」

「だから、私は流れに流されません。あなたを振るという流れは決定事項です」

「マジかよ……」

 ただこうなってしまっては気になることは今後である。お互い好き同士であることを改めて確かめ合うことができた僕たちなわけだが、彼女の性格によって僕は確実に振られる。それから僕たちはどうするのだろうか。

「それでさ」

「何?」

「僕は君に振られた後、僕たちはどうなるの? え、赤の他人になるの?」

「うーん、まぁそうなるかなー」

「そうなるのかー。また付き合うとかってことはあるの?」

「可能性としてはあるけれど」

「けれど?」

「今日振って、今日とか明日に改めて告白して付き合いましたとかはなし」

「なしなんだ」

「それだとさ、流れに流されたっぽくなるじゃん」

「なるねー」

「でしょー?」

「だねー」

「だから、改めて私と仲良くなってまたいける! って思ったら私に告白してください。あんまり早すぎるタイミングで告白してきたら、今日の流れを利用しようとしていると判断して強制的に振りますから」

「タイミング、むず過ぎない!?」

「恋愛のタイミングって難しいものでしょ?」

「まぁ確かに……」

「それに私のことそれだけ好きなら、私の来て欲しいタイミングくらい読み取りなさいな」

「はいはい、わかりましたよ」

「というわけなので、歯を食いしばって?」

「まさか!?」

「このスカポンたん!」

 強烈な破裂音が屋上から全世界に響き渡る。

 こうして僕たちは綺麗さっぱり別れましたとさ。


 おしまい。

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