6.美貌の婚約者を手に入れたい
前話から随分間が空いてしまい、本当に申し訳ありませんでしたあぁぁぁ(平謝り)
今後はゆっくり更新になるかとは思いますが、最後まで必ず書き上げますので、お付き合い頂けたら嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。
「それで、その後シャルロッテの様子は?」
「お嬢様はここのところ、学業の合間にゲシェンク伯爵邸をお訪ねになったり、レオナルド様が逢引によく利用されると噂の王宮庭園へ、何度も足を運ばれておいでです」
リーベン公爵は、代々公爵家の当主を迎えてきた執務室の重厚なソファに深く腰を下ろすと、影の一人であるアダンの眉間のしわを面白そうに眺めた。
「やれやれ……お前のその不服そうな顔だと、我が娘は彼と会えてなさそうだな」
「レオナルド様は現在色々と動いてらして、ご自宅にもほとんど戻らずのようです。
…………まぁ、俺が手を貸せば明日にでも会えますが、何せ旦那様から禁止令が出ておりますから」
「成程。色々……ね」
「……さすがにお可哀想で見ていられないので、そろそろお嬢様に気付かれぬように、ちょこっと裏から手を回すと言うのは」
「許可できんな」
「………くそオヤジ(ボソッ)」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ何も」
アダンは舌打ちしたい気持ちになるが、全幅の信頼を寄せるリーベン家当主の言葉には揺らぎが無かった。
「旦那様もお気付きでしょうが、お嬢様は日に日に食が細くなっておいでですよ。あまり長引かせていないで介入されては……? 侍女頭どのからも一刻も早くお嬢様が『初恋のサファイア・ブルーの君』と結ばれるよう尽力しろとせっつかれてますし」
後半は少しボヤキが入ってしまうアダンであった。
「侍女頭のウィルマなら、君をせっつくどころか私に直談判に来たよ」
やれやれ、と公爵は目を伏せると大きな溜息を吐いた。
「だが、自分の身内の対処も出来ない男になんぞ、大事なシャルロッテもリーベン公爵家も任せられんだろう」
お前達の気持ちも分かるがな、と呟くと執務室に飾られた家族の肖像画に顔を向け懐かしそうに目を細める。
そこには公爵夫妻とまだ幼いシャルロッテが、穏やかな春の日差しの中微笑む姿が描かれていた。
「あの幼かったお嬢様がもう婚約話が出るお年頃とは、月日が流れるのは早いですね……。
……旦那様はなぜ急にお考えを変えられたんです? 当初はお飾りの予定では?」
「目だ、目が変わった」
「レオナルド様の目、ですか」
「ああ、あの日シャルロッテと二人で随分話し込んでいたが、戻ってきたら目つきが様変わりしていた。あの人形のように退屈そうにしていた若造がだぞ、面白いじゃないか」
「…………」
「不満か、アダン?」
「いえ、……ただお嬢様の記憶が戻ってしまうのではと不安です」
「そうだな……。しかしそれも運命かもしれないさ……あの子自身が選んだ婚約者だからな」
─────────
「くしゅん」
(昨日王宮庭園で夕方まで粘ったから、風邪でも引いたかしら)
自分の父親と幼い頃から側にいてくれた影のアダンが、そんなやり取りをしているとは知らず……。
シャルロッテは王立貴族学院の渡り廊下を、表向きは淑女然と姿勢正しく進んでいた。
(だいたいレオナルド様のお相手がメイドって言ったって、どこのメイドなのよ!ゲシェンク家のメイドなの?他家のメイドなの?職場恋愛の線もあるから王宮勤めのメイド?)
あの後、レオナルド様とはすれ違いばかりで会えず、日々焦燥感が増しているし……。
しかも自分の知っている情報があまりにもざっくりしていて、肝心の駆け落ち相手も全く特定出来ないため何の手も打てずにいた。
あくまで乙女ゲームではヒロインが耳にする噂話でしかなかったので、詳細は語られていなかったのが痛い。
(アダンの調査書に載っていたのは、噂になった貴族のご夫人やご令嬢の名前だけだったし、メイドだけだと範囲が広すぎて……。
どうしたらいいの。もし、このままレオナルド様とお会いする事も出来ず、お相手さえ分からないまま駆け落ちされちゃったら……)
兎にも角にも一旦婚約さえ交わしてしまえば、レオナルド様に駆け落ちされてしまったとしても傷物令嬢として、王太子の婚約候補からは外してもらえるはず。
でもこのまま駆け落ちされたら、世間的には何事も無かったように婚約候補筆頭に選ばれてしまう。だって、あくまで水面下の婚約申し出でしかないもの……。
(それに、さすがに婚約前の方に金銭援助なんてお父様が許して下さらないわ……せめて婚約後なら、縁あって婚約を結んだ方の不幸は望まないとか何とか理由をつけて助けて差し上げられるのに…!)
ちょうど教室棟から講堂へと向かう渡り廊下が途切れるその直前、背後から周囲を祓うような涼やかな声が響いた。
「シャルロッテ嬢」
振り向きたくない!と心は叫ぶけれど、この声はきっと振り返らないなど許されない御方だ。
シャルロッテは体に少しも心の震えが伝わる事のないよう息を吸い、ゆっくりと自分の名を呼び掛けた声の方へと体を向ける。
「これは、王太子殿下。ご機嫌麗しゅう」
そこには予想通り、清々しい銀髪に神秘的なエメラルドの瞳を煌めかせた王太子殿下の姿があった。
(せっかくヒロインや攻略対象者の集まる教室から逃げ出してきたのに……)
シャルロッテは浅く膝を曲げ軽いカーテシーをして、殿下が話し始めるのを待つ。
「呼び止めたりしてすまない、シャルロッテ嬢はこの後何か急ぎの用があるのかな」
「いいえ、どうかなさいましたか殿下?」
「……何と切り出したらいいのか、その、君は最近よく王宮へ足を運んでくれているようだね。少し噂になっていて……」
「えっ?……はい、何度か王宮庭園の方にお邪魔させて頂いておりますが……それが何か?」
「周囲の者がね、もしや私に何か用があるのでは無いかと気にしていてね……」
「………………は?」
「確かに考えてみると二年次に進級してからは、なかなか君とは時間を取れていなかった。
最近は転入生の聖女マリーを気遣ってか、教室でも私と節度を守って接してくれているだろう?
もしや、幼馴染として寂しい想いをさせてしまっていたのかな」
「………………!」
(それは……! それは流石に自意識過剰が過ぎるのではないかしら……!?)
とは立場上叫べるはずもなく…。シャルロッテはドッドッドッと大きく鳴り響く自分の心臓の音を聞きながら瞬時に思案する。
(淑女然と反論したら印象悪くなりそうよね…。
でも、あんまり強く否定しすぎると逆に本心を隠しているように誤解されそうだし、曖昧に微笑んでも肯定していると思われそう……。どどど、どうしたら……!)
ぐるぐるとループする思考に合わせて、助けを求め両親やアダン、侍女頭のウィルマと色々な顔が浮かぶ中、ふとレオナルド様の贈って下さったターコイズブルーのリボンがポンッと当て嵌まった。
「……ま、まあ!そうでしたの。 わたくしったら失くし物のせいでお優しい殿下の御心を煩わせてしまっていたんですのね!」
「失くし物?」
想定外の返答だった為か、唖然とする殿下をやんわりと見つめ返し、頬に手を当て悲しそうに小首をかしげた。
「ええ、実は先日王宮庭園を散策していたところ、思い出のリボンが風で飛ばされてしまって……。諦めきれずどこかに落ちていないかと探しておりました」
「リボン……、そうだったのか。いや、思い違いをしてしまっていたようだ、すまないシャルロッテ嬢」
そう言って恥ずかしそうに目元を赤らめる王太子殿下に、ここは恥をかかせてしまった以上、臣下として何かフォローをしなくては……と口を開こうとした瞬間、
「あ! 殿下ぁ! 生徒会室に行ってもいらっしゃらないし、みんなで探してたんですよ!」
王立貴族学院には相応しく無い大声が甘く響いた。
(走って逃げたい!!)
もちろん、そんな事はリーベン公爵家の令嬢として出来はしないけれど……。
殿下の奥にヒロインを始め攻略対象者達が集まってくるのが見え、シャルロッテはさり気なく殿下の陰に隠れる。
「……聖女殿」
「実は私、来月の生徒会のイベントで素敵なアイデアが浮かんだんです!早く戻ってみんなで話し合いませんか?」
「そうか。 だが今はシャルロッテ嬢と会話中なんだ、すぐ行くから生徒会室の方で待っていてくれ」
「えー……。 もうシャルロッテさん、殿下はお忙しい方なんですよ、独り占めしたい気持ちは分かるけど、そう言う我儘はちょっと……」
「え? いや話し掛けたのは私の方だよ」
「殿下、わたくしでしたら大丈夫です。どうぞ生徒会のお仕事の方に行ってくださいませ」
「そうか、すまない。じゃあまた次の機会を作るよ」
「……お気遣いありがとうございます」
申し訳無さそうな王太子殿下と、こちらを睨みつけてくるヒロイン、それを遠巻きに静観している攻略対象者達の視線を背中に感じながら、シャルロッテは今度こそ講堂に向かう。
(もう嫌、本当にわたくしには一切関わらないでくれないかしら……! 今は、レオナルド様と婚約する為に必死なのに!!)
シャルロッテは誰が流したか分からない詰まらぬ噂のせいで、王宮庭園に近づき辛くなった事に、地団駄を踏みたい気持ちになった。