シャルロッテ作「初恋物語」
ゲシェンク伯爵家の瀟洒な庭園のダリアに囲まれて、目の前のレオナルド様は、まるで天空から降臨された大天使様のように、そこだけ紗がかかっている。
このような方を前に、脳内お花畑なシャルロッテ作「初恋物語」を語らなければいけない事実にめまいがするが、お相手は恋愛のプロ…!
恥ずかしがっている場合ではない。
わたくしは改めて気を引き締めた。
「確かにレオナルド様とお言葉を交わしたのは、あの日一度きりでした。でもわたくしには決して忘れられない、とても大切な思い出なんです」
口から出した途端、胸にチクリと痛みを感じてしまう。
(嘘をついてごめんなさい!今の今まで忘れていたのに……)
でも、この結婚にわたくしとリーベン公爵家の命運が懸かっているのだから、罪悪感には見て見ぬ振りをするべきだと自分に言い聞かせる。
レオナルド様は静かにこちらを見つめて耳を傾けて下さっているけれど、まるで何かを見つけ出そうとしている様な、それでいて迷子の様な、不思議な眼差しを向けてくる。
(どうしてこんな目を……? レオナルド様は私に何を求めてらっしゃるのかしら……)
「しかし、本当にご挨拶だけだったかと……」
「あの年は、集まって下さったお客様が特に多くて……。でもご挨拶に並んで下さった方々の中でも、レオナルド様は一際輝いていらっしゃいました。
ひと目見てなんてお美しいのかしらと、わたくし見惚れてしまったのを覚えています」
「……そうでしたか、私などに恐れ多い事です」
ほんの一瞬だけ、少し落胆されたかのような表情をされたレオナルド様に、わたくしはお断りされてしまいそうな予感がして焦ってしまう。
(えっ? そんなに気落ちするような台詞……?
貴方ほどの美貌なら、誰だって一目で恋に落ちるし、忘れられないのが普通でしょう?
でも、やっぱり容姿を賛美されるのは飽き飽きなのかもしれないわね……)
「ご令嬢、今回のお話ですが……」
「なぜ忘れられなかったかと言うと、素敵なお言葉を頂いたからですわ!!」
レオナルド様から不穏な言葉を告げられそうな雰囲気を感じてしまい、失礼を承知で上から強引に被せてしまった。
(お待ち下さい……!ここからが本題ですわ。
ここから、運命の恋仕様に盛っていきますから!!)
「……私の言葉、ですか……?」
「ええ、レオナルド様からわたくしの髪色を褒めて頂いたんです」
「…………」
「わたくし、実は子供の頃は自分のこの赤みがかったブラウンの髪色が、少しコンプレックスでしたの。
ですから、目の前に現れたレオナルド様の眩い金髪がとても羨ましくて……」
「……コンプレックスを?ご令嬢が?」
「はい」(うそです、ごめんなさい!)
レオナルド様はその宝石のようなサファイアブルーの瞳を零れ落ちそうなほど見開き、
「まさか、そのように艷やかで深みがあって、まるでチョコレートコスモスのように愛らしい髪色を……?」
噂通りの女たらしな発言をなさった。
さすがにこちらも演技ではなく、顔が真っ赤になってしまう。
(その美貌で、そのナチュラルに滑らかなお口!!
……何という破壊力!
お世辞なんて言われ慣れているけれど、油断していた所に、真正面から受け取ってしまったから、頬が熱くて茹だりそう……
だめだめ!プレイボーイに恋なんてしてしまったら大火傷よ、しっかりシャルロッテ!)
「ありがとうございます。……あの時もそんな風に『贈り物はあなたの愛らしいレッドブラウンの髪に似合うと思って選びました』って……」
当時のレオナルド様の言葉を思い出しながら言っていたら、何だか輪をかけて恥ずかしくなってしまい、言葉が尻すぼみになってしまう。
「あれほど大勢の招待客が挨拶をされていた中で……私のそんな些細な言葉を今までずっと……?」
「勿論ですわ! だってそれ以来、わたくしにとってこの髪色は一番の自慢になりましたもの。レオナルド様が愛らしいと言って下さったから……」
急場しのぎで作ったにしては、なかなか上出来で筋の通ったシャルロッテ初恋物語。
自分の創作の才能が怖い……。
でも、これで安心?して逆玉の輿に乗って下さるに違いないと気が軽くなった。
(ああ!リーベン公爵家の令嬢として相応しくあろうと努力していた事が実を結んだわ……!
子供の頃、贈り物と送り主の顔を必ず一纏めで覚えるようにと、厳しく躾けて貰っていて良かった。
家庭教師の先生に何か贈り物でもしなきゃ……
…………ん?あら? )
――先程レオナルド様の不審そうな、それでいて不安そうな瞳を見た時。
同じ表情をした華やかな容貌とは正反対の、シンプルな白いシャツと落ち着いた地味とも言える紺色の服装に身を包んでいた少年の姿を思い出した。
媚びる事もなく、アピールするでも無く、ただ静かに微笑んでお祝いの言葉を述べリボンの入った小さなギフトボックスを差し出すレオナルド様の姿を――――
(……違うわ、記憶力のお陰じゃないわね。流石にわたくしだって全ての贈り物を覚えてなんていられないもの……あのリボンが印象に残っていたからだわ)
レオナルド様から頂いた、ターコイズカラーのリボン……。
子供時代、公爵令嬢であるわたくしに取り入りたいご子息は、ご自分の髪色や瞳の色をアクセントにした贈り物をする事が多かった。
何故なら、その方がご自分の印象を強く残せるのと、わたくしのアキシナイトの瞳や赤味がかったブラウンの髪色は、贈り物の色味には選び辛いから。
でもレオナルド様の贈り物は、本当にわたくしの髪色が一番綺麗に引き立つ色のリボンだったのだ。
だからそれがとても珍しくて、驚いたからこそ記憶に残っていたのだと思い至った。
「ふふっ」
「ご令嬢……?」
「あ、一人で笑ったりして申し訳ありません。あのリボンが懐かしくなってしまって、つい……」
「あんな子供の頃のささやかな贈り物を、本当に覚えていて下さったのですね」
(あんな……?)
「レオナルド様こそ、覚えてらしたのですか? 」
「……私は昔から社交の場が苦手で、他家のお祝い事に招かれて伺ったのはあの日が最後でしたから」
「最後……?」
(リーベン家の誕生会に一度だけと言うのは、招待客の人数にも限りがあるから伯爵家の三男だとそこまで不自然ではないけれど……。
普通、息子の容姿がこれだけ整っていたら、伯爵家の方だって顔繋ぎにと連れ回すだろうし、招待状だって沢山来たのではないかしら……)
すごく違和感を感じるけれど、今はそれを考えている場合ではない。
「…………あの誕生会の後、わたくしが贈り物のターコイズカラーのリボンばかり身に着けるものだから、母がリボンに合わせて同じ色のドレスまで作ってくれました。父なんて肖像画に残そうと画家まで呼んでしまって……」
(これは嘘ではないわ……。あのリボンは本当にわたくしの瞳と髪色を綺麗に見せてくれたから、気に入って何度も身に着けたもの。どうしてか、すっかり忘れていたけれど……)
「……公爵家の皆様にそんなふうに喜んで頂けたなら、身に余る光栄です」
「お互いあの日の事をちゃんと覚えているだなんて。わたくし達、きっと運命の糸で結ばれているんですわ。
他の方では嫌なんです、 結婚するならレオナルド様でないと!」
(特に王太子殿下、絶対に嫌! 貴方がちょうど良くてぴったりなの!)
「…………」
ところが、どれだけ待ってもレオナルド様は悲しそうに微笑むだけで何の反応も返してくれない。
少し勢いが強すぎて引かれてしまったかしら、と不安になっていると、レオナルド様は左手で額を覆い俯いてしまった。
しかも、心做しか少し肩が震えているような気がする。
「…………えっ? レオナルド様?」
「あなたと、もっと早くこうしてお会いする機会があれば良かった……。
ですが、もう遅いんです……」