番外編 結婚式準備
「カァー!」
「お、クロウじゃないか!」
「カー、カァ?」
「今日も二人の式の準備を手伝いに来たんだよ。なにせ国宝級令息の結婚だぞ? やることはいっぱいあるからな!」
「カ!」
「ああ、また後でな!」
日課となったイラリオンの屋敷への突撃訪問にやって来たヴィクトルは、玄関先で顔見知りのカラスと軽い挨拶を交わしていた。
まるで本当に会話が成立しているかのようだが、ヴィクトルはクロウが何を言っているのかまったく理解できていない。
ただのノリでカラスと会話する太陽のように明るいこの男のことを、イラリオンの屋敷に集う動物達は仲間のように思っているのだが、本人はそれを知る由もなかった。
「イラリオン!」
「ヴィクトル。また来たのか……」
勝手知ったる屋敷の中を進み自室まで突入してくるヴィクトルを、イラリオンは呆れた顔で迎えた。
「いよいよ二人の結婚式が近づいてきたな! 楽しみすぎてここのところよく眠れないんだ。ワクワクして目が冴えちゃってさ」
「まったく君は……。いや、いつも手伝わせてすまない」
「何を言ってるんだ、俺達の仲だろう? 俺がやりたくてやってるんだから、そこは謝るんじゃなくて感謝だけしてくれよ」
親友の肩を叩いて満面の笑みを向けるヴィクトル。
底抜けの明るさを持つ彼と接していると、自然とイラリオンの苦笑も笑顔に変わっていく。
「ああ、いつも感謝している」
「だろ? それで、テリルの様子はどうだ? マリッジブルーってやつになったりしてないのか? 花嫁はよくなるって言うよな。まだお前との結婚に遠慮気味だとか、緊張して怯えているとか、そんな様子はないのか?」
「問題ないさ。むしろ……」
「イラリオン、王太子殿下がいらっしゃったのですか? 先ほどクロウから聞いて……」
イラリオンが何かを言いかけたところで顔を出したのは、もうすぐ式を控えたイラリオンの妻テリルだった。
「おう、テリル! お邪魔してるぞ」
「王太子殿下、いつもありがとうございます」
笑顔で挨拶するテリルは穏やかな表情をしていて、心配は無用だったかとヴィクトルも安堵する。
「テリル、もうすぐドレス合わせの時間でしょう? ここにいて大丈夫なのですか?」
「まだ時間があるので大丈夫です。今日は招待客リストの整理をするのですよね? 私もお手伝いします」
すっかり定着した三人でテーブルを囲む作業はヴィクトルのおかげで滞りなく進んだ。
「あー、この家門同士は令嬢達がどこぞの令息を取り合ってイザコザがあったらしいから席は離したほうがいい。トラブルのもとだ」
「そうか。じゃあこっちの席に移動しよう」
「こっちの夫人はあそこの夫人と仲が良いから近いほうが喜ぶと思うぞ。逆にここの当主同士は普段からいがみ合ってるから……」
「ではここをこうして……」
誰よりも張り切っているヴィクトルの的確な情報もあって準備はスムーズに進み、あっという間に時間が過ぎてヤナに呼ばれたテリルが席を立つ。
「私はドレス合わせがあるのでそろそろ失礼しますね」
「おう! ドレス姿、楽しみにしてるぞ!」
「うふふ、ありがとうございます。イラリオン、また後で」
「はい。……私も楽しみにしています」
「! ありがとうございます。……では、いってきますね」
照れながら小さく手を振って部屋を出たテリルの後ろ姿を見えなくなるまで見送ったイラリオンは、扉を閉めるなりヴィクトルに向き直る。
「ヴィクトル。今のうちに相談したいことがある」
「珍しいな。どうした?」
ヴィクトルが顔を上げると、イラリオンは真剣な表情で深刻な話でもあるかのように口を開いた。
「実は……テリルには内緒で会場にラナンキュラスの花弁を降らせたいんだ。だが入場のタイミングにすべきか、退場のタイミングにすべきか、はたまた指輪交換の時にすべきか迷っていて……」
「気合が入っているなぁ」
なんの相談かと身構えていたヴィクトルは肩の力が抜けながらも、親友の真剣な悩みに答えてやることにした。
「うーん……やっぱり入場の時じゃないか? テリルには参列する親族がいないから入場時は心細いかもしれないだろう? そこでお前の降らせた花を見れば安心するはずだ。ついでにそのタイミングで動物達にも登場してもらえば、テリルも感動すること間違いなしだ!」
「なるほど! 分かった、そうするよ。ありがとう。こういう相談をする相手がいて助かる。実は、テリルよりも私のほうが緊張してしまっていて……」
「ああ、それでか」
どこか落ち着かない様子の親友を見たヴィクトルは、ここ数日なんとなく感じていた違和感の正体に気づいて腑に落ちた。
いつも冷静で何事にも動じないイラリオンが、どことなく地に足がついていないというか、ふわふわと浮ついている気がしていたのだ。
国宝級とまで呼ばれる男をもこんなふうにソワソワさせてしまうとは、恋というものは本当に恐ろしい。
苦笑するヴィクトルには気づかず、イラリオンはさらに真剣な顔で声のトーンを落とした。
「今回は絶対に失敗が許されない。結婚式を失敗した夫婦はうまくいかなくなる可能性が高いと本で読んだんだ。なんとしても、無様な失態を犯すわけにはいかない。気を引き締めなくては」
「へぇ。……まあ、普通に考えてそうかもなぁ。どうせならカッコよく式を終わらせないと。一生の思い出に残るものなんだからさ」
「やはり、準備は万全で臨まなければ……。もう一度リストの確認をしよう! 一から見直しだ!」
ビシッと背筋を伸ばしたイラリオンは、完成したばかりのリストを最初からまとめ直し始めた。
「おいおい、いくらなんでも心配しすぎじゃないか?」
聞こえていないのか熱心に机へ向かう親友の横顔を見ているうちに、ヴィクトルは呆れながら呟く。
「はぁ……、いいよなぁ」
「ん? 何か言ったか?」
「いや。羨ましいなと思ってさ。幼い日に出会って一目惚れをして、再会して紆余曲折の末にこうして結ばれるなんて。まさに運命の相手だ。そんな相手との結婚式なんて、幸せじゃないか」
「運命の相手か……。確かに私にとっては間違いなく、テリルが運命の女性だ」
力強く頷いたイラリオンに、ヴィクトルはたまらず声を上げた。
「あー! 俺にも運命の相手が現れないかな〜」
「きっと現れるさ。その時は私が君に手を貸そう」
「お! 本当か? 約束だぞ! お前の協力があればどんな恋も叶いそうだ! なにせ俺の親友は英雄にして王室騎士団長、次期宰相候補にして魔塔の特別顧問魔術師、そして今や王国一の愛妻家だからな! 大船に乗ったも同然だ!」
「調子に乗るのは君の悪い癖だぞ。王太子らしく、どんな時も悠然と紳士的に構えていてくれ」
「はいはい、分かってるよ。他人の前ではしっかり完璧紳士な王太子を演じているさ。……めちゃくちゃ疲れるけどな」
一見おちゃらけているかのように呟くヴィクトルだが、彼が王太子という重圧に耐えながら努力しているのを見てきたイラリオンは親友として優しい目を向けた。
「君にもいつか、取り繕わずに過ごせる相手ができるといいな」
「だといいけどな〜。俺にぴったりの相手なんてこの世界にいるのかなぁ」
あまり期待していないのか、肩をすくめるヴィクトルはテーブルの上のクッキーに手を伸ばす。
この時はヴィクトルもイラリオンも想像すらしていなかった。
そう遠くない未来に、ヴィクトルにとって〝運命の相手〟といえる女性が現れることを。
そして失恋の痛みを知り絶望する彼を、イラリオンが必死で慰める未来を――――
読んでいただきありがとうございます!
久しぶりの国宝級令息とその親友、いかがでしたでしょうか。
なんとこの度、本日5/2に書籍版『国宝級令息の求婚2』が発売になります!
2巻です。一冊分完全書き下ろしです。
イラリオンとテリルのその後が読めちゃいます!
ヴィクトルが準備を手伝った結婚式から始まり、イラリオンの誰にも言えない失態、まさかのライバル出現、そしてヴィクトルの恋……と盛りだくさんの内容になっております!
巻末の番外編では旅行に行ったりと、ほのぼの楽しいシーンもご用意しました!
動物達も活躍します。
ぜひぜひお手に取っていただけると幸いです。
詳細は本日の活動報告に記載しております。
どうぞよろしくお願いいたします!!




