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第二十二章 揺れる家門




「テリル、おはようございます」


「イラリオン、おはようございます」


 イラリオンにとっては毎朝の楽しみとなっている、テリルとの朝食作り。


 今日も早朝から顔を合わせた仮初の夫婦は、互いに深々と頭を下げて挨拶を交わすと朝陽の中で微笑み合う。


「今日の朝食は、野イチゴのパイにしようと思います。クロウが摘んできてくれたんです」


「カァ、カアー」


 テリルが籠いっぱいの野イチゴを見せると、椅子の背もたれに大人しく留まっていたカラスが得意げに鳴く。


「ツヤツヤと赤くて美味しそうな野イチゴですね」


 イラリオンが感心してみせると、テリルとクロウはますます嬉しそうに目を輝かせた。


「そうですよね! この子、やる時はできる子なんです!」


 自分が褒められたかのようにはしゃぐテリルは眩しいほどに上機嫌だ。


「……朝から可愛いな」


 思わずぽそりと声が出てしまったイラリオンだったが、その言葉を聞いたテリルはクスクスと笑った。


「うふふ。イラリオンもそう思いますか? 私達のためにわざわざ摘んできてくれたんですもの。本当に可愛い子ですよね」


 テリルの目はクロウに向けられているが、イラリオンが見つめているのはそんなテリルだった。しかし、その視線に気づかないテリルは、鼻唄を歌いながら朝食作りの準備を始めるのだった。







 イラリオンが仕事に出かけ、ヤナにお使いを頼んで広い屋敷に一人になったテリルは、フードを被ってコソコソと屋敷を抜け出そうとしていた。


 カラスのクロウやリス達が従うようにテリルの周りをうろちょろしている。


 動物達に見守られながら、テリルが屋敷を取り囲む塀に手をかけてよじ登ろうとした時だった。


「そうやってクルジェット伯爵家にいた時も、こっそり抜け出していたのですか?」


 突然声をかけられて、硬直したまま振り向くテリル。


「イラリオン!?」


 その先では逃走する寸前のようなテリルの姿を見つけたイラリオンが、呆れたような目をテリルに向けていた。


「……あなたを縛りつける気はありませんが、外出するならきちんと言ってください。邪魔かもしれませんが、護衛をつけさせてほしいです」


 抜け出すのを諦めたテリルは、バツが悪そうにイラリオンを見上げる。


「ごめんなさい。ちょっとだけ、お金を稼ぎに行こうと思って……」

 

 その言い訳を聞いたイラリオンは、頭を抱えた。


「言いたいことは本当に色々とあるのですが、私は夫としてあなたに不自由をさせない程度には稼いでいるつもりです。お金が必要なら言っていただければ、いくらでも用意しますから、あまり私を心配させないでください」


「でも……何から何まで用意してもらったうえに、生活費だって全部負担してもらってます。せめて自分が生活する分くらいは、自分で稼がないと……」


 チラチラと見上げながら弁明するテリルに、イラリオンは諭すような青い瞳を向けた。


「テリル。こんなふうにコソコソとしているということは、あなたも心のどこかでは分かっているのではないですか? 私がそれを望まないと」


「うっ……」


 図星を突かれたテリルは、ぎゅっと服の裾を握り締めて唸った。イラリオンであれば当然そう言うだろうと思っていたので、コッソリお金を貯めて気づかれないように返そうと思っていたのに。


「この話はまたの機会にしましょう」


 呆れつつも、テリルの様子を見て深く追求しなかったイラリオンは、顔を上げた妻に対して気を取り直したように告げた。


「実は、あなたに客人を連れて参りました。差し支えなければ会っていただけませんか?」


「お客様ですか……? 私に?」


「はい。以前、お話ししていた方です」


「えっと、分かりました。急いで用意してきます」


 イラリオンの視線から逃れたかったテリルは、気まずそうな動物達と一緒に慌てて部屋に戻っていった。






「君の祖父、先代伯爵タラス・クルジェットは、私の盟友だった。今日は彼の血を引く君に話があって、ご夫君に無理を言って押しかけてしまった」


 挨拶の後、改めて用意された席でそう切り出したのは、キュイエール王国の筆頭公爵家当主、ビスキュイ公爵だった。


 公爵は、目の前に座る小柄なテリルを痛ましい目で見つめている。


「伺ったことがあります。祖父と閣下は、チェス仲間だったと。ですけれど、お恥ずかしながら、私は家門のことをあまり教えていただいてないのです。何か失礼があってもどうぞご容赦ください」


 突然の公爵の訪問にも狼狽えず、堂々とそう答えたテリル。静かに言葉を詰まらせた公爵は、咳払いをすると話を続けた。


「タラスが遺した遺言状の内容を、私は知っている。知っていて、それが彼のためになると信じて黙っていた。しかし、どうやら私は間違っていたようだ」


「……」


 口を噤んだテリルの横から、イラリオンが公爵に問いかける。


「公爵閣下。先代伯爵は、何を望まれていたのですか?」


「彼は……クルジェット伯爵家の全てをテリル嬢、君に譲り渡すつもりだった。爵位も財産も、家門の何もかもだ。遺言状にはその旨が記されていた」


「そう、だったのですね」


 複雑そうではあるものの、驚いているわけではなさそうなテリル。その横顔を見て、イラリオンは彼女がこのことを知っていたのだと確信した。


 しかし、今は公爵の話を聞くのが先だ。イラリオンは再び公爵に目を向ける。


「当時の話を、詳しくお聞かせ願えますか」


 テリルの代わりにイラリオンが問えば、公爵は息を吐いてから語り始めた。


「よくある話だ。テリル嬢の父親……タラスの息子は平民の娘に恋をして、身分を捨てて駆け落ちした。怒りの収まらなかったタラスは長年息子を探しもしなかった。しかし、病に倒れ自分の死期が近いことを悟ると息子を見つけ出し、爵位を継がせるためその家族ごと呼び戻したのだ」


「家族、ということは……」


「そうだ。彼と、彼の伴侶となった平民の娘、その間に生まれていた子供。テリル嬢、君だ」


「……私はまだ幼かったので、両親のことはあまり覚えていません」


 キッパリと告げたテリルに、公爵はゆっくりと頷く。


「であろうな。クルジェット家に戻るその道中で不幸が起こったのだから。君たち親子を乗せたクルジェット家の馬車が事故に遭ったのだ。事故で君の両親は亡くなり、君だけがタラスの元に遺された。タラスは病床にありながら、君のために尽力した」


 先代伯爵は平民として生まれたテリルを正式にクルジェット家の直系と認め、籍に入れて厳重に保護し、後継者として指名しようとしていたという。


 しかし、テリルが幼すぎたために、後継者と決定するのは叶わなかった。


「そんな中、君の後見人として名乗りを上げたのが、現クルジェット伯爵だった。クルジェット家の傍系だが、野心のある男でな。タラスが生きている間、彼も彼の奥方も、それはそれは君を大切そうにしていた。今思えば、死にゆくタラスに取り入るための手段だったのだろうが、周囲は彼に騙された」


 現伯爵はテリルの養父となることで、病床の先代伯爵からクルジェット家を実質的に乗っ取った。


 その姿は対外的に見れば、幼いテリルを伯爵に代わって保護し、大事に育てているように見えたらしい。


「しかし、タラスは彼等を信用せず、孫娘のために遺言状を遺したのだ。それを……タラスの死後、現伯爵は跡形もなく焼き払った。そして直系である君の養父となっていることを名分として、彼が爵位を継承したのだ」


 悲痛そうに顔を歪めた公爵に対し、テリルはただその夜明け色の瞳を向けるだけだった。





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