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第二十一章 精霊の末裔



「イ、イラリオン? お前いったい何を……」


 親友のただならぬ様子に狼狽えながら、ヴィクトルが問いかけると、イラリオンは淡々と言い切った。


「君がオレグ・ジャンジャンブルと精霊との間に生まれた子の子孫と結ばれることは、未来永劫あり得ない」


 目を見開いたヴィクトルが、慌てて身を乗り出す。


「おいおい、待ってくれ。何か知っているのか?」


 ヴィクトルをジッと見つめているイラリオンは、トントントンと指で机を叩いて少しの間思案すると、静かに口を開いた。


「……彼女は既に結婚している。まさか、人妻に手を出す気はないだろう?」


「はぁ? そりゃあ、そんな気は微塵もないが……お前、やはりその人の正体を知ってるんじゃないか! いつの間に見つけたんだ?」


「…………」


 前のめりになったヴィクトルの問いに、イラリオンは口を噤んだ。答える気はないという意思表示だ。


「分かったよ。〝彼女〟ってことは、女性なんだな? じゃあ、その女性に子供はいるか? いるのなら、その子供を今後生まれてくる王族の伴侶にすればいい」


 それならどうだ、とヴィクトルが問うと、イラリオンは再び間を置いてから答えた。


「子供はまだいない。なにせ新婚だからな」


「そうか、新婚……ん?」


 ヴィクトルは、〝新婚〟と強調する親友になんともいえない妙な違和感を覚えた。


「それに今後もどうなるか分からない。目先の利益ばかりに捉われて先のことを勝手に判断するのは王室の悪い癖だと思うぞ」


 諭すようなイラリオンの言葉に、色々と心当たりのあるヴィクトルは声を詰まらせる。


「そ、それはそうだが。でも、貴重な精霊の血が混じった人間だ。それもあの大魔法使いの血まで引いてるんだ。その人を王室でも把握して保護する必要がある。いったい、どこの誰なんだ? どんな特殊能力を持っている?」


「王室の介入は必要ない。彼女は既に、厳重に保護されている」


 ヴィクトルの話を一蹴して目を逸らしたイラリオンに、ヴィクトルは慌てて言い募った。


「いやいや、普通の人間じゃないんだぞ? この秘密が漏れれば、下手したら他国からも狙われる可能性だってある。ただの保護じゃ絶対に足りない。それこそ、英雄であるお前が四六時中張りついているくらいじゃないと安心できない!」


「…………」


 イラリオンは黙ったまま、目を細めて親友を見た。それはまるで、ヴィクトルを値踏みしているかのような視線だった。


「イ、イラリオン……? なんでそんな目で俺を見るんだ?」


「君が信用に足る人物か見極めているんだ」


「はあ!? なんてことを言うんだ、イラリオン。俺たち親友だろう! 今さら信用できないって言うのか? ひどすぎる! 泣くぞ、ここで大泣きするぞ、いいのか!?」


 絶叫したヴィクトルに、イラリオンは溜息を吐くと表情を緩めた。親友が話す気になってくれたことを察したヴィクトルは、慌てて姿勢を正して椅子に座り直す。


「十年前のことだ。私はボンボンにあるスヴァロフ家の別荘で、隠し部屋を見つけた」


「ボンボン? ……ああ、お前、毎年初夏になるとあそこに行くもんな」


 イラリオンの毎年の行動パターンを思い出しながら相槌を打つヴィクトルのことは無視をして、イラリオンは話を続けた。


「その中には私の曾祖母、アリナ・スヴァロフの日記があった」


「アリナ・スヴァロフ? ビスキュイ公爵家の血筋で〝三銃士〟を引き合わせた女性だよな。イヴァン・スヴァロフの妻だろう?」


「そうだ。曾祖母はオレグ・ジャンジャンブルの花嫁とも親しくしていたようだ」


 それを聞いたヴィクトルは、得心したように膝を叩いた。


「なるほど。その日記に手がかりが書かれていたんだな?」


 横目で親友を見ながら頷いたイラリオンは、曾祖母の日記の内容を明かした。


「精霊が人間と(つがい)になるためには、人間の姿に変化する必要がある。曾祖母の日記には、人間化した精霊の特徴が記されていた」


「特徴? それって、ひと目で分かるような身体的特徴があるってことか? だとしたら、それが子孫にも受け継がれてる可能性がある。そうか、それでお前はその子孫を探し出せたんだな? で、その特徴とはなんなんだ?」


 興味津々のヴィクトルに対して一度黙り込んだイラリオンは、そっと手を上げると自分の青い瞳を指差した。


「目だ。人間化した精霊の瞳、その虹彩には、複数の色が入り混じっていたそうだ」


「目? 複数の色……って。おい、ちょっと待て。イラリオン、まさか」


 ヴィクトルは、嫌な汗が額から頬に流れ落ちていくのを感じた。


 つい最近、ヴィクトルは、その特徴を持つ令嬢をイラリオンに教えた気がする。


 イラリオン曰く、彼女の瞳は幻想的で美しいらしい。しかし、その他の多くの者にとっては、気味の悪い瞳を持っていると遠巻きにされてきた彼女。


 濃紺とピンク色の入り混じった、イラリオンが〝夜明け色〟と称する瞳を持つ、新婚の女性。


「……まさか。テリル・クルジェットは、大魔法使いと精霊の子孫だったのか?」


「…………」


 答えないイラリオンは、ヴィクトルを見つめること数秒。立ち上がってヴィクトルの目の前に立った。


「イ、イラリオン?」


「なぁ、ヴィクトル」


 ヴィクトルの肩に置かれたイラリオンの手が、物凄く重い。その声は氷のように冷ややかだ。


「君は私の親友だ。もし万が一、君が私の愛する女性を奪おうとしたら、どうなるか。分かるよな?」


 ヒッ、と喉を詰まらせたヴィクトルは、美貌の英雄から向けられた容赦のない殺気に、震えながら黙って頷くしかなかった。


 コクコクと何度も頷くヴィクトルに満足したイラリオンは、殺気を引っ込めていつもの穏やかな空気を纏って自分の席に戻る。


「まあ、そういうことだ。彼女の保護については問題ないので安心してくれ」












読んでいただきありがとうございます。


イラリオンの曾祖父母の話が気になる方は、短編『本当にあくどい悪役令嬢は、ヒロインの真似事をする。』をよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
今回の話で、ヴィクトルと王様に濃い血の繋がりを感じました(笑) 2人ともイラリオン好き過ぎ!
[一言] ヴィクトル、たぶん深遠を見ちゃったんだな…もしくは虚無かな…。 命の危機を感じ取れて良かったね!(棒読み)
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