選択の意味
レストランから帰ってきて、その夜。
俺は屋敷の屋上から夜空をぼーっと眺めていた。
この世界でも、星は変わらずに奇麗に瞬いている。見ているだけでなんだか感傷的になってしまいそうな、そんな光景だ。
「――クロエ」
名を呼ばれ振り返ると、そこにはオレリアさんがいた。
赤色が混じった奇麗な銀髪が、夜空の下というシチュエーションに映えている。剣術の達人だからか、こちらに歩いてくるだけでも絵になる人だ。
「オレリアさん。こんな時間にどうしたんです?」
「キミの浮かない表情が気になってな。様子を見に来たんだ」
「顔に出ていましたか……。ごめんなさい、心配させてしまったようで」
「謝る必要はないさ。さっきの、ヴェロニカ……だったか? のせいだろう?」
オレリアさんは俺の隣に来て、一緒に夜空を見上げた。
ふぅ、と艶やかな吐息を漏らし、オレリアさんは俺の頭を撫でた。
「っと、すまない。元気のないクロエを見ていたらつい手が出てしまったよ。立場を考えれば、キミの方が上なのにな」
「いえ……全然構いませんよ。私は別に、誰が上とか下とか気にしてませんから」
「そうか、ありがとう」
オレリアさんはそう言ってから俺の頭をひと撫でしてから手を離した。
「ヴェロニカの力の解放は、無事に済んだんだろう?」
「そうですね。問題なく、ヴェロニカさんは元の力を取り戻しました」
少し前の話だ。
俺は屋敷でヴェロニカさんの力の解放を行った。
無事にヴェロニカさんは吸血鬼として覚醒した。
それはまあ、よかったんだけど……。
「黒の魔神、その使徒が7人の内2人戻ってきたんだ。喜ばしいことだと思うのだけど、違ったか?」
「その点については、とても嬉しいことですよ。ただ、ヴェロニカさんにはとても辛い選択をさせてしまったなと思いまして……」
「辛い選択?」
「はい。ヴェロニカさんは冒険者として活動していました。ですが、その人生と友を捨て、使徒に戻ることを選んでくれたんです」
ヴェロニカさんが捨てると決めたその道は、もう二度と戻ってこない。
揺らいでしまう心を、全て断ち切るのだと俺に言った。そのために、ヴェロニカさんは再び友の元に向かったのだ。
「……そういうことか。確かに、元の肩書を捨てるのは辛いものだと思う。彼女も色々と葛藤して決めたのだろうな。――私は剣聖の名を捨て、帝国軍人としての全てをなげうってこうしているが、後悔はしていない。この道を選んだのは他ならぬ私自身だからね。きっと、彼女もそのはずだよ」
「自分で選んだ道……」
人生は選択の連続だというが、俺もそう思う。
どこかで違う選択をしていれば、今の自分は違った人生を歩んでいた。
だけど、その選択というのは生きていくうえで必ずしなければならない。
何らかの二択があったとして、仮にどっちも選ばなかったとしてもそれは選択の一つだ。
ヴェロニカさんはこの世界で積み重ねてきたものを捨てて、魔神の使徒となる道を選んだ。そのこと自体はとても嬉しいはずなのに、手放しで喜べない自分がいる。
本当は俺だって何の憂いもなくありがとうって言いたい。
だけど、言えなかった。俺の中には恐らく、後ろめたさがあるのだろう。
ヴェロニカさんが決断してくれたのに、こうして俺が悩んでいても仕方がないと分かってはいるのだが、そう思わずにはいられなかった。
「こうして仲間のために悩めるキミは、優しい主だ。そんなキミだからこそ、ヴェロニカは共にいてくれる決心をしてくれたんじゃないか? もちろん先代のこともあるだろうが、それ以上にクロエという存在に彼女が惹かれたからこそもう一度使徒になることを選んだんだと私は思うよ」
「オレリアさん……。ありがとうございます」
俺に気をつかってくれるオレリアさんの言葉が温かい。
こんなにも想ってくれる人がいるというのは、とても嬉しいものだ。
仲間が、友がいるこの環境を、俺は失いたくない。
「そうですよね。ヴェロニカさんは私と共にいる道を選んでくれた。なら、私はその選択に相応しい行いをしないといけない。こんなところでくよくよしている場合じゃないですよね」
黒の魔神として、エリーゼさんから使命を託された者として、俺はこれからも相応しくあらねば。魔族の支えとなるために、これからも頑張っていこう。
「ふふ、迷いが晴れたみたいだな」
「はい。オレリアさんのおかげです。ありがとうございました」
「なに、私はただ、自分の考えを言っただけに過ぎない。礼には及ばないさ」
そう言って、オレリアさんは踵を返した。
「さ、中に戻ろう。夜風で身体が冷えてしまうからな」
「……ですね」
ヴェロニカさんが戻ってきたら、真っ先に感謝を伝えよう。
ごめんなさいじゃなくて、ありがとうを言うのだ。