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複雑な心境




 高級レストランのテーブル席にて

 俺はなるべく分かりやすくエルーさんに事情を説明した。


 俺が黒の魔神という存在であること。魔族とは元々違う世界の住人で、この世界に転移してやってきたこと。そして、ヴェロニカさんが元は吸血鬼ヴァンパイアという種族で、今は転移の影響で弱体化していること。それらを包み隠さずに話した。


 そして、ヴェロニカさんが黒の魔神の使徒であること。

 レアさんと共にいることが出来ない理由がそこにあることを、ヴェロニカさんは語った。


 エルーさんはいきなりの話に困惑しつつも、全てを聞いてくれた。

 だが、やはりというべきかまだ完全に理解しているというわけではなさそうだ。無論、いきなり聞かされてすぐに信じろというのは到底無理な話だろう。


「つ、つまり、魔族の人達って、みんな忘れているだけで元々は魔界っていう他の世界から転移してきた……ってことだよね?」


「そうですね。補足すると、ヴェロニカさんのように魔神と深く繋がった使徒という個体は記憶を保持しています。ただ、転移の影響で力を失っているという点は他の魔族と同じですね」


「な、なるほど……。でも、大転移って聞いただけだと途方もない魔術だよね……。クロエちゃんの前の黒の魔神……エリーゼさんだっけ? その人が凄すぎて現実味がないというか……」


「転移の話を聞いた時は、私も信じられなかったです。でも、先代のエリーゼさんと精神世界で共に過ごしていくうちに、この人ならやってのけるんだろうなって思いました。それくらい、彼女は強い人でした」


 魔術が上手に扱えるとか、体術が達人の域だとか、そういう表面的な要素じゃなく、エリーゼさんというヒトが、とても強いと俺は思ったのだ。この人なら、エリーゼさんなら……って、思わせてくれる。一種のカリスマ性とでも言えばいいのかな。語彙力不足で申し訳ないが、とにかく凄い人なのだ。


「ま、エリーゼが魔神の中でも異常だったのはその存在が証明していたから。アイツが誰かに負ける姿は想像できなかったし、実際に誰にも敗れていない。それに、魔界でのアタシは彼女に救われた。魔神と共にいると約束もした。だから、この世界でも使徒でなくちゃならないんだ。さっきのクロエの話で聞いたけど、精神体のエリーゼがそう望んでいるのなら、尚更ね」


 言ってから、ヴェロニカさんは食後のコーヒーを啜った。

 エリーゼさんが精神世界で言っていた、使徒達に魔神と共にいて欲しいという望みも、俺がさっきヴェロニカさんに話したことだ。


「急にこんな話を聞いても驚きますよね。ですけど、全部真実なんです」


「真実って言われても、違う魂が入ってるとか、いまいちピンとこないというか……。クロエちゃんの身体が元はエリーゼって人で、黒の魔神で今はクロエちゃんがその黒の魔神で……――。言ってることは分かるんだけど……ううぅ……頭が爆発しそうだよ……」


 文字通り頭を抱えるエルーさん。

 無理もない。事情を全く知らない状態から俺達魔族の真実を教えたのだ。

 だけど、こうして身近な人からでも魔族に対する認識を改めていってもらいたい。しかし、既にこの世界に広まった魔族に対する偏見は、普通にやっていても覆らないだろう。こうして親しくなった人に説明していってもままならないはずだ。


 クロヴィスは魔族の国を作ると言っていたが、まだまだ見通しすら立っていない状況だ。今は使徒を集め、力を取り戻すことが先決……とはいえ、このままでいいのかと考えることもある。


「ふぅ……、と、とにかく、ヴェロニカさんがお姉ちゃんに会えないって言った理由は何となくわかりました。エリーゼさんとの約束があるから、この世界でも魔神の使徒として生きるから、ですよね?」


 エルーさんの問いにヴェロニカさんは首肯した。 


「えっとですね……ヴェロニカさん。もう共にいられないとしても、ここで話したことをお姉ちゃんにもしてあげられませんか? きっと、本当のことを知っておいた方がお姉ちゃんも納得すると思うんです。何も知らずに離れ離れになるのは、寂しすぎますよ……」


 エルーさんのお願いに、ヴェロニカさんは複雑な表情でどうするか思考していた。


 数秒後、ヴェロニカさんは口を開き、


「……わかった。レアにはもう一度会う。だけど、取り返しのつく状況でレアと会ったら、アタシの心が揺らぐかもしれない。だから、レアと会うのはアタシが力を取り戻してからにするよ。そうなったらもう、冒険者として共に歩むことは出来ないから」


「それはつまり、吸血鬼ヴァンパイアとしての力を取り戻してからお姉ちゃんに会うってことですか?」


「そういうこと。クロエがいれば、もう一度魔神との魔力的回路を繋げることが出来る。魔神による干渉さえあれば、この世界でも本来の魔力を解放することが出来るから」


「見た目も変わるんでしたっけ……」


「まあね。といっても、アタシは吸血鬼ヴァンパイアだから、日常的に羽が生えたりとか角が生えたりとかはしないよ。見た目はそんな変わらないと思う」


「そ、そうなんですね……。よかった……。でも、吸血鬼ヴァンパイアなんておとぎ話の中だけの存在だと思っていたので、ちょっぴり驚きです」


 エルーさんは遠慮がちにコーヒーを飲んでから、再度口を開く。


「お姉ちゃんに会ってくれるって言ってくれてありがとうございました。えっと、もちろんその時に、魔族のこととか、ヴェロニカさん自身のこととかをお姉ちゃんに話してくれるんですよね……?」


 エルーさんの言葉に、ヴェロニカさんは間を置いて頷いた。


「魔族の話はするつもり。ただ――」


 ヴェロニカさんは何かを言いかけて、止めた。

 その表情は申し訳なさと、葛藤が滲んでいた。


「ヴェロニカさん……?」


 俺にはヴェロニカさんの心境を察することは出来ても読むことまでは出来ない。彼女が何を想い、何をなそうとしているのか。魔神の力を以てしても、そこまでは知ることは出来ないのだ。

 

「いや、なんでもない。とにかく、明日にでもレアには会いに行くから」


「お願いしますね。お姉ちゃん、ヴェロニカさんと再会するのを楽しみにしていると思いますので……」


 それから、ヴェロニカさんは、レストランを出るまで終始複雑な表情をしているのだった。

 



 

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