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姉妹




 次の日。

 俺はエルドラの診療所に再び訪れていた。クロヴィスにはクルマで待機してもらい、一人で病室にまでやってきた。


 病室に入ると同時に、診療所の先生とすれ違う。

 先生は軽く俺に対して会釈すると、そのまま病室から出ていった。


「――本当に心配したんだから!」


 エルーさんの声だ。

 病室のベッドを見ると、レアさんが上体を起こしてエルーさんと会話をしているところだった。


 レアさんは本当に目を覚ましていた。

 昨日出会った白い少女の言っていたことは間違いではなかったようだ。

 まあ、十中八九真実だろうなとは思っていたけれど。


「――あ、クロエちゃん!」


「こんにちは。えと、私もいて大丈夫ですか?」


「もちろんだよ。クロエちゃんのおかげでお姉ちゃんは助かったようなものだし。それと邪神教団? の怪物もクロエちゃんが倒してくれたしね」


「あら、あなたがあたしを救ってくれたのね。ありがとう、小さな英雄さん」


 レアさんが俺にお礼を言った。

 だが、本当の意味で彼女を救ったのはヴェロニカさんだ。

 もしかしたら、まだヴェロニカさんは病室に来ていないのだろうか。ずっと心配していたから、すぐにでも報せてあげたいところだが。


「私は最後に少しだけ手伝っただけですよ。コクマーになったあなたを救ったのはヴェロニカさんです」


「ヴェロニカ……! よかった、生きていてくれたのね……」


 その名を聞くやいなや、レアさんの瞳から涙が溢れ出た。

 詳しい事情は知らないが、きっと二人の間にも色々とあったのだと思う。


「アタシのせいでヴェロニカを失ってしまうかと思った時、胸が裂けるほど苦しかった。目の前が真っ暗になって、剣を握る気力すらなくなってしまったの。それほどヴェロニカがあたしにとっての心の支えだった……」


 レアさんは涙を拭いながら、鼻をすすった。

 当時の状況は、俺にはわからない。だけど、レアさんもヴェロニカさんのことを大事にしていたのだと、心の底から伝わってきた。本当に仲の良い友達同時だったんだろう。


「本当によかったわ……。ヴェロニカに会ったら、ありがとうとごめんなさいを言わなくちゃ。エルーもようやく冒険者になれたことだし、これからは3人でクラン・ルクステラを盛り上げていけたら嬉しいな……」


「頑張るよ。あたしはお姉ちゃんと一緒にいるために里を出たんだから」


「うん。ありがとう、エルー」


 言いながら、レアさんはエルーさんの頭をヨシヨシした。

 エルーさんが言っていた目的というのも、恐らくレアさんのことだったんだろうな。コクマーの触媒になって音信不通になっていたから、きっとレアさんを捜すことも冒険者になる目的だったんだろう。


「クランか……」


 そういえば、ヴェロニカさんは冒険者クランに所属していたっけ。

 そのメンバーがレアさんだったと。まあ、普通に考えればそうか。


 だが、その時俺の胸はチクリと痛んだ。


 ヴェロニカさんのこれからのことだ。俺は彼女にもう一度使徒として生きて欲しいとお願いした。だけど、この世界でヴェロニカさんはクラン・ルクステラのメンバーというもう一つの生き方が出来る。どちらの道を選ぶのかは、俺に決められることじゃない。使徒ではなく、冒険者として生きる選択をヴェロニカさんがすると言うのなら、俺にその意思を止める権利はないのだ。


 それに、エリーゼさんも言っていた。その人その人の意思を尊重してあげて欲しいと。無理強いは絶対にしない。強制的に他人を縛るのは暴君と何ら変わらないと。


 だから俺は、ヴェロニカさんの意思を最優先にしようと思う。

 仮にこのまま冒険者として、クラン・ルクステラのメンバーとして生きていくと言うのなら、俺はその道を応援するだけだ。


「クロエちゃんもどう? クラン、入らない? お姉ちゃんもいいよね?」


「ええ。エルーのお友達だもの。あ、でも入団試験はさせてらもうわよ~? 今後のためにも、一定の基準は必要だものね」


 涙も拭い終わり、元通りになったレアさんが俺のことを見ながら言った。

 入団試験か。クランに入るのならそういう行事も必要なんだろうな。


「それなら大丈夫! クロエちゃんはとっても強いから! ね、クロエちゃん?」


「はは……。お誘いはとても嬉しいです。けど、私にはやらなければいけないことがあるので、遠慮しておきますね。ごめんなさい」


 俺はエルーさんからの誘いを断った。

 そもそも、冒険者の資格を取ったのはヴェロニカさんに近づくため。これ以上深入りするのは立場上よろしくない。


「そっか……。クロエちゃんにはクロエちゃんの生き方があるもんね。でも、気が変わったら言って欲しいな。あたしはクロエちゃんとずっと仲良くしたいから……なんて――」


 と、そう言うエルーさんの顔は少しだけ赤かった。

 彼女の性格上そんなに照れることでもなさそうだけど、どうしたんだろうか。


「私もエルーさんとは仲良くしたいです。えっと、その、お友達……ですから……」


 我ながらこっぱずかしいことを言ってしまったと思う。

 友達。だけど、その表現は間違っていないと信じたい。

 

 どこからが友達でどこからが他人なのか。その線引きはとても難しい。

 しかも、その線の位置は人によってだいぶ変わる。こっちが仲の良い友人だと思っていても、相手も同じだとは限らないのだ。人間関係とは、とても難しいものである。


「友達……そうだよね、友達だよね……。――ううん! 違うの! 友達以上の関係を求めてたとか、そんなんじゃなくてね――!」


「……?」


「そう! お友達だよね! あたし達はお友達!」


 何故か一人でテンパっているエルーさん。

 どうしてしまったのだろうか。友達って勝手に宣言したのがまずかったかな……。


「はは~ん、クロエちゃ~ん、あなた中々やるわね~? ウチのエルーを篭絡したか」


「ちょ、お姉ちゃん!? 何言ってるの! クロエちゃんとは友達! ただの友達だから!」


「その割には顔赤いぞ~?」


「う、ううう……! これは違うの! 部屋の気温が高いから!」


「あはは! そういうことにしておいてあげよう!」


「もう~! お姉ちゃんの意地悪!」


 言いながら、エルーさんはレアさんをポコポコし始めた。

 うんうん、仲の良い姉妹で何よりだ。本当にレアさんが無事に目を覚ましてよかった。あの白い少女にもう一度出会えたら、お礼を言いたいね。


 病室で暖かな時間が流れる中。

 俺は病室の外から気配を感じていた。

 恐らくヴェロニカさんだと思うのだが、中には入ってこない。

 エルーさんがいるから気まずいのだろうか。もしかしたらレアさんと久しぶりに会うのが恥ずかしいのかもしれない。

 どちらにせよ、俺が気を利かせてどうこうはしない方がいいな。

 ヴェロニカさんのことは、彼女が自分で決めることだ。


 そうして、結局。

 ヴェロニカさんは俺達がいる間は、病室の中に入ってくることはなかった。


 

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