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矛先




 ヴェロニカさんからエリックと呼ばれた男は、その名を聞いて嗤い始めた。クックと天を仰ぎ、肩を震わせる。いったい何がそんなにおかしいというのだろうか。


「……先ほどの戦いを見ていたが、まさか魔族のお前ごときがコクマーを倒すとはな。不完全だったとはいえ、驚いたよ。――しかしだヴェロニカ……お前は本当に運がよかったよなァ……?」


「何を……っ」


「あの時、俺がけしかけた依頼、お前は参加しなかった。クク、あの無能な冒険者達は俺が用意した罠にまんまとハマって、そこの女以外は全員くたばったってのに、お前は後から来たおかげで生き永らえることが出来たようだな」


「アンタ……! まさか、あの時から教団の手先だったのか……!」


「そうだ。あの依頼も俺が冒険者協会に話を持っていったのさ。おかげで協会の息のかかった冒険者も一網打尽、不完全ながらもコクマーの顕現まですることが出来た。おかげでカーリー様完全復活のための魔力も随分と集められたわけだ」


 言って、エリックは何かを取り出した。

 その何かは、まるで心臓のようだった。ドクンドクンと脈打ち、あたかも生きているかのようだ。


「眷属の心臓だよ。さっきお前が倒したのはただのダミー。本物はこいつを触媒にして顕現させる」


「あれが偽物……!? 嘘だ……!」


「本当だよ。まあそもそも、真の眷属は完全体になられたカーリー様にのみ顕現することが可能なんだがね。だが、こいつがあればさっきのコクマーとは比べ物にならない程強力な個体を生み出せる。そう、俺の手で顕現させたとしても、町一つくらいなら余裕で吹き飛ばせる程の力を持った怪物が誕生するってことさ――!」


 エリックの足元に禍々しい魔法陣が描かれていく。

 眷属の心臓は宙に浮き、大きく鼓動した。

 そして、エリックと心臓を黒い霧が包み込み……、数秒後に霧散した。


「な……!」


 そこには、先程ヴェロニカさんが倒したはずの異形、コクマーが存在していた。だが、明らかにさっきの個体よりも魔力濃度が高い。エリックが言っていたより強力な個体を生み出せるというのは本当だったようだ。


「倒された個体も、十分すぎる程魔力を集めてくれていたからなァ! コイツならば、さらに多くの魔力を集め、カーリー様に献上することが出来るのだァ!!」


 エリックは高笑いしながら、コクマーに指示を出した。

 どうやら俺達のことを餌にするようだ。

 エルーさんとレアさんという2人のハイエルフ族がいるから、魔力を集めるには俺達は格好の的ということか。


「コクマーとは私が戦います! 皆さんはシールドの外に出ないでください!」


 そう俺達に言って、ミレーヌさんは光る槍を構え、コクマーに接近した。いや、しようとしたが阻まれた。


「おおっと、そうはいかない。この中で一番厄介なのはお前だシスター。というわけで俺の相手になってもらおうか。その間に、お仲間にはコクマーの餌になってもらう」


「く……っ」


「ほらほら、よそ見をしている暇はないぞ――!」


 コクマーを叩こうとしたミレーヌさんに、エリックが横やりを入れてきた。これではまともにあの怪物とは戦えないだろう。


 エリックは禍々しい魔力を纏いながら、ミレーヌさんに戦闘を仕掛けた。

 神聖属性と暗黒属性という対になる属性同士のぶつかり合いだ。


「か、怪物がこっちに……!」


 ミレーヌさんとエリックが戦っている間に、コクマーはこちらに距離を詰めてきた。


「くそ……! 今のアタシじゃ、コクマーに対して有効な手段がない……!」


 迫りくるコクマーを見上げながら、ヴェロニカさんは悲痛な声を上げた。

 その手には神聖粉が入っている瓶が握られていた。しかし、その中身はもうほとんど残っていない。奥の手である魔力炉の中身も、さっきの戦いで使い果たしてしまっている。現状、神聖属性しかダメージを与えられないコクマーに対抗できるのは、シスターであるミレーヌさんだけだ。しかしその彼女がエリックに止められてしまっては、俺達には対抗策がない。


「☆#◎★●$▲※※△――!!」


 コクマーの触手が、ローブの下から伸びてきた。

 その一撃でミレーヌさんのシールドは砕け散ってしまった。


「――っ!」


 触手が仲間達を捉える前に、俺はシールドを展開した。

 さっきのシールドよりも強度を上げているので、それなりには頑丈に作れているはずだ。恐らくミレーヌさんのシールドよりも強固なはず。

 

「し、しかしさっきも思ったがこのシールド、展開速度といい強度といい、ベテランの魔術師のようなんだが。ついこの間冒険者資格を取った新人が出来る芸当には到底思えないな」


「最初から思ってたが、やっぱりクロエはただの魔族ってわけじゃないんだろうな。てか、この様子だと試験の時も手を抜いてたってわけか。そこんとこどうなんだ?」


「えっと、それは……」


 アントニオさんとロイドさんの疑いの眼差しに、俺はこれ以上隠しきれないと悟った。そもそも、シールドをポンポン展開している時点で、恐らく彼らが思うような力量ではなかったんだろう。


 シールド内で会話している最中にも、コクマーの攻撃は継続していた。

 ただ、頑丈なシールドを破壊するには少々時間がかかりそうだ。


「まあ、僕達を欺いて一緒に行動していたということは少々納得いかないところはあるね。キミのおかげで助かっているし、責めるつもりはないけれども」


「それはそうだ。だが、クロエが何者かは俺も気になるところだぜ。せっかくこうして知り合えたんだしな。素性くらい聞かせてくれてもいいんじゃねえか?」


「僕もアントニオと同意見だ。いったい君は何者なんだい?」


「う……」


 二人の視線が痛い。

 まさかこんなにも早く疑念を抱かれるとは思っていなかった。仕方がない状況とはいえ、これではエルーさんの時のようになりかねない。言葉は慎重に選んだ方が良いだろう。


 だけど、何と説明するか……。

 魔神です、って言っても、ピンとこないだろうし。


「ちょっと! 2人ともそんな問いただすような言い方はないんじゃない!? 何者だってクロエちゃんはクロエちゃんだよ!」


「エルーさん……!」


「大体、男2人が寄ってたかってこんな可愛い子に詰め寄るなんてダサいよ! それに、今聞くようなことでもないじゃん! 目の前にあんな強敵がいるんだからそっちに集中してよ! 今だってクロエちゃんに守ってもらえてなかったらあたし達とっくにやられてるんだよ!?」


 エルーさんの怒声に、アントニオさんとロイドさんは目を丸くしていた。

 まさか、エルーさんから怒られるとは思ってもみなかったのだろう。


「わ、悪かった……。つい、強固なシールドに守られていたせいで気が緩んでしまったよ……」


「そ、そんなに怒るなよエルー。別にクロエを責めてるわけじゃないんだ。ただ気になって……」


 あのアントニオさんまでたじろいでいる。

 こういう時の女性のパワーは凄いな。俺じゃこういう風に強く言い返すことは出来ない。相手のことを気遣って委縮してしまう。仲間ならなおさらだ。


 こういうところは生前から成長していない気がする。

 ビシッと言えればそれがいいんだろうけど、感情のままに言葉を発することを恐れているのかもしれない。俺もエルーさんみたいに言い返せればいいんだけどな……。


「あたしだって怒る時は怒るんだから。第一、まずは守ってくれてありがとうって言うべきじゃないの?」


「……そうだね。僕たちが間違っていたよ。どこかでクロエ君に甘えていたみたいだ。助かったよ、ありがとう」


「まったくだな。――クロエ、すまなかった」


「あ、いえ……私は別に――」


 二人して頭を下げてくるものだから、それはそれで対応に困るな……。

 でも、エルーさんが俺の代わりに言ってくれたことはとても嬉しかった。


「皆さんを騙していたのは事実なので何とも言いづらいのですが……。とりあえず、説明はことが終わってから必ずします。とにかく今は、目の前の敵に集中しましょう」


 と、俺が言うと、3人は大きく頷いた。

 これでひとまずはコクマーに集中できる。

 問題は、どうやってあの異形の怪物を倒すかだ。

 残念ながら、純粋な神聖魔術はエリーゼさんから教わっていない。神聖属性と暗黒属性の混ぜものである混沌属性の魔術なら扱えるので、そちらを試してみるのはアリだろうが、さてどうしたものか。




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