想いの先に
コクマーが悲鳴を上げた。
ヴェロニカさんによる攻撃に、いよいよ耐え切れなくなってきたようだ。
神聖属性の攻撃が、それだけコクマーに対して有効だったということだろう。
「ようやくこの時が来たんですね……」
ヴェロニカさんとコクマーの戦いを隣で一緒に見守るミレーヌさんが、ポツリと呟いた。
「あの異形とヴェロニカさんはいったいどういう関係なんですか?」
たまらず、俺はミレーヌさんに尋ねていた。
あの気迫は、尋常ではない。
そして、レアという名前の意味。
気になることが多すぎる。
「あの異形は、ヴェロニカさんの友人なんですよ。邪悪なる力であのような姿にさせられてしまった。だから彼女は、友人を救うために生きてきました」
「あの異形が、コクマーがヴェロニカさんの友人……?」
にわかには信じられない言葉に、俺は息をのんだ。
コクマーは到底人には見えない。顔や形はヒト型に見えなくもないが、それにしては形状が歪すぎる。アレが元はヒトであったなど、想像もできなかった。
「友人の名はレアというそうです。ヴェロニカさんはあまり多くを語らない人でしたので、私が知っているのはそれくらいですね。ですが、あそこまで必死になるのですから、相当大切な人だったのだと思います」
「ヴェロニカさん……」
ヴェロニカさんが言っていた、冒険者としてやらなきゃいけないことっていうのは、このことだったのだろう。友人を救うこと。それが今の彼女にとって最も重要なことだったんだ。
「そろそろ頃合いですね――」
ミレーヌさんがそう言葉を零すと、ヴェロニカさんは懐から何かを取り出した。あれは、魔道具だろうか。白い、小さな八卦炉みたいなものに見える。あんなものでどう戦うのだろうか――。
「触手を使い切って、アンタが次にしてくる攻撃……。この時を待ってたよ――!」
ヴェロニカさんが言った直後、コクマーは腹を開き、吸収を開始した。
ヴェロニカさんを吸い込もうとしているようだ。本来ならあの大きな手や触手で得物を貫いてあの大きな腹に取り込んでいたが、ここに来て直接吸い込もうというのか。
だが、ヴェロニカさんは笑っていた。
この時を待っていたという言葉は、嘘ではないようだ。
「あの魔導具……魔力炉は、聖王様がおつくりになったものなんです。特別製で、魔力を増幅させるだけでなく、その魔力を神聖属性に変換させることが出来ます。魔力は使用者が込めれば込める程威力が増します。ヴェロニカさんは、少ないながらも毎日あの魔力炉に魔力を込めていました。この時をずっと、彼女は待っていたのです」
「……っ」
魔族は魔力量も一般人に比べ少ない。
だけどきっと、友人を救うためにその少ない魔力をあの中に毎日蓄積してきたんだろう。
あの魔導具には、ヴェロニカさんの想いが込められている。
ただの一撃ではない。ヴェロニカさんの強い意志があの魔力炉には詰まっているんだ。
「――!」
ヴェロニカさんは、魔力炉を構えた。
コクマーの腹に吸い込まれながらも耐え、その一撃を解き放つ。
狙いはその腹のようだ。弱点属性である神聖属性を、あの中にたっぷりとぶち込む気なんだろう。
「……ッらああああァァァ――!!」
白い魔力弾が、魔力炉から放たれた。
神聖属性に変換された魔力弾は、もはや弾ではなくレーザーだった。
衝撃で辺りの木々が揺れる。風圧がこちらにまで伝わってくる。
高密度に圧縮された魔力を一気に解き放つその威力は、計り知れない。
「▲※※△☆#◎★●○▼$――!?」
ヴェロニカさんの奥の手で、コクマーは絶叫した。
きいている。あの威力なら、コクマーを倒せる――!
「――いい加減に……くたばれェェェェ!!」
「○▼$▲※※△☆#◎★●$▲※※△――!!!!」
ヴェロニカさんの魔力炉から放たれた白い一撃で、コクマーの身体が膨れ上がった。
そして次の瞬間――
コクマーの身体の内部から白い光が差し、弾け飛んだ。
その反動で、小柄なヴェロニカさんが後方へ吹き飛ばされる。
俺はすぐにその場から飛び出し、地面に叩きつけられる前にヴェロニカさんの身体を受け止めた。
「だ、大丈夫ですか、ヴェロニカさん……」
「あ、ああ……。ごめん、助かった」
言いながら、ヴェロニカさんはすぐに俺から離れた。
手に持っていた魔力炉を投げ捨て、ヴェロニカさんはコクマーがいた場所へと駆け寄った。
「レア――!!」
コクマーが爆散したところに、女性が1人倒れていた。
俺もすぐさまその人の元へ駆け寄る。
この人が、ヴェロニカさんが大切な人……レアさんだろう。
青色の髪が特徴的な、奇麗な人だ。
というより、誰かに似ている……?
「よかった……生きてる……」
レアさんの脈と鼓動を確認し、ヴェロニカさんは胸を撫でおろした。
「あれ、エルーさん……?」
俺はレアさんを見て、自然とその名前を口にしていた。
似ているのだ。雰囲気も髪色も。そしてハイエルフの証である額の宝石も。類似点が多すぎて、姉妹か何かにしか見えない。
すると、ヴェロニカさんが驚いた様子で俺のことを見てきた。
「クロエ、アンタ今なんて……」
「あ、すみません……。私の知り合いにとても似ていたもので……」
言って、俺はシールドで守っていた仲間達の方を見た。
辺りからは黒い霧は消えかかっていて、エルーさん達の所まで視界が開けてきていた。その中には、レアさんのことを見て驚愕しているエルーさんの姿が確認できた。
そういえば、コクマーが現れた時、エルーさんは異形に向かってお姉ちゃんと言っていた。彼女が感じていたものは、本当に姉であるレアさんだったということか。
「あの青髪……まさか、あの子がエルー……?」
ヴェロニカさんも驚いている。
これでもう間違いないだろう。
「レアさんとエルーさんは姉妹、なんですね……」
俺が聞くと、ヴェロニカさんは首肯した。
しかし、こんな偶然があっていいのか。
ヴェロニカさんの友人がエルーさんの姉妹だった。
混乱しかける頭を無理やり冷静にするべく、俺は一度深呼吸した。
偶然にしては出来すぎている。
「エルーはレアの妹なんだ。話はレアからよく聞いてたけど、アタシも会ったことはなかった。とはいっても、一目見てわかったけど……。黒い霧のせいで全然気づかなかったな。あのシールドはクロエが?」
「はい。皆で依頼の目的である薬草を採りにここまで来ていたんですが、いきなりパラライズリザードが現れて、それから立て続けにコクマーが現れたんです。明らかに普通ではない敵だったので、咄嗟にシールドで囲みましたが……」
「なるほどね。でも、ハイエルフのエルーがいたのならその判断は間違いじゃなかったかも。魔力を集めていたコクマーは、多分魔力量の多いハイエルフを標的にしたはずだから」
ヴェロニカさんに言われ、エルーさんが真っ先に狙われていたことを思い出した。あれはそういうことだったのか。
「レアさんもひとまずは無事のようですね。それとクロエさん、とりあえず、あちらのシールドを解いてあげた方が良いのではないでしょうか?」
と、ミレーヌさんが俺に言った。
もうコクマーは消え去った。シールドを展開し続ける意味もないか。
俺は言われたとおりにシールドを解除した。
すると、エルーさんがすぐさまこちらへ駆け寄ってくる。
「――お姉ちゃん!!」
倒れているレアさんに、エルーさんは泣きついた。
恐らく、黒い霧のせいで状況が完全には飲み込めていないであろうエルーさんは、必死にレアさんに呼び掛けている。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん――! お姉ちゃん――!!」
「――まったく、少しは落ち着きなって。気を失っているだけでレアは無事だよ。ちゃんと生きてる」
ヴェロニカさんがエルーさんに優しく声をかけた。
するとエルーさんはくしゃくしゃになった顔で、
「ほ、本当に……?」
「うん。アンタの姉は無駄に頑丈だからね。これくらいじゃ死なないって」
「よ、よかったぁ……。ずっと連絡が無かったら、あたし心配で……」
最後にギュッとレアさんを抱きしめてから、エルーさんは立ちあがった。
「そういえば、あの異形の怪物は……」
「ヴェロニカさんが――彼女が倒してくれましたよ」
俺はヴェロニカさんを見ながら言った。
「そ、そうだったんだ……。でも、あの怪物からお姉ちゃんを感じたのは何だったんだろう……? まさか、お姉ちゃんが……」
事情を知らないエルーさんは困惑している様子だ。
俺はミレーヌさんからある程度聞いたからなんとなく事情は察しているが、エルーさんは何が何だかわからないことだろう。まあ、それを言ったらさっきから俺達の後ろで頭の上に?マークを出している男が二人もいるけれども。
「オイオイオイ、いったい何だったんだあれは……? つーか、この二人は誰なんだ? なんだか胸がすげぇシスターさんもいるしよ」
「いったいあれがなんだったのか、僕達にも説明して欲しいよ……。黒い霧のせいで何が何やら……」
完全に蚊帳の外状態のアントニオさんとロイドさんも説明を求めてきた。
それもそうだろう。あんな異形の怪物と出くわしたのだから、事情は気になって然りだ。
「わかりました。簡単にですが、私の方から説明いたしますね」
ミレーヌさんはそう言うと、事のあらましを語りだした。
コクマーのことやレアさんの身に起きたこと、ヴェロニカさんとの因縁など、それらを掻い摘んで語るのだった。