ヴェロニカの過去④
邪神教団の話を聞いてから数日後――。
「――結局、気になって図書館に来ちゃったよ……」
街の図書館の前で、ヴェロニカは自分の優柔不断さに呆れていた。
レア達が冒険者協会の依頼で邪神教団のアジトへ乗り込む日は今日だ。元々そのことについてヴェロニカは興味もなかったが、この数日間何かが引っかかり、決行の日になってようやく街の図書館へ足を運んでいた。
図書館の中に入ると、本の香りが一斉にヴェロニカを襲った。
あまりこういう空間に来たことがないので、慣れないながらも職員に声をかける。
「すみません、この世界の歴史とかが書かれている本が置いてあるエリアってどこですか?」
「それでしたら、あちらの奥になりますよ」
「あっちか……。あ、ありがとうございます」
ヴェロニカは職員の女性にぺこりと頭を下げ、言われた場所へと向かった。
本の谷を越え、ようやくついたその場所は、明らかに他のエリアよりも古臭いように感じた。昔からある本が眠っている区間なのだろう。ヴェロニカは早速目当ての本を探し始めた。
邪神にまつわる話は、小説などで物語化して美化される傾向にある。だが、ヴェロニカが知りたいのは娯楽用の題材ではなく、真実に限りなく近い情報だ。
「――邪神カーリー……っと、これかな」
図書館でもあまり人が立ち寄らないエリアの、さらに奥にその古書は眠っていた。お目当ての邪神に関する歴史書だ。この世界の歴史などヴェロニカにとってはどうでもいいことだったが、ここ最近感じる違和感は本物だった。少しでも解消するべく、彼女はその本を手に取った。
「気になったというか、なんだか嫌な予感がするというか……」
その古書を、ヴェロニカは席に座って読み始めた。
かなり昔の物なのか、古書はだいぶくたびれていた。ページをめくると、文字も結構消えかかっている。これは読むのにも一苦労しそうだった。
「……」
古い本ではあるが、この世界の神についての文献がこうして残っていただけマシだろう。地域によっては、伝承や歴史というのは改竄されて受け継がれていくケースも多い。この古書の信頼度がどのくらいあるかは分からないが、それなりに信憑性が高そうな記述も見受けられた。
「――何千年も昔に実際に存在していた、か」
邪神カーリーはこの世界で、魔王のような立ち位置で世界を混沌に陥れようとしたと記されていた。そして、その際に10の眷属と共に侵略を始めたとある。邪神の眷属は10体存在し、それぞれケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティファレト、ネツァク、ホド、イェソド、マルクトと呼ばれたらしい。異形の姿をしたその眷属たちは、異形の兵を率いて各地で暴れまわり人々を絶望の淵に追いやったと書物には記載されていた。
「邪神も同じ枠組みだと思うけど、この手の神性位持ちは魔界にも結構いたっけ。そもそもエリーゼだって似たようなもんだったし。その点を驚くこともないけど……」
書物を読み進めると、最終的に邪神カーリーは聖王の手によって封印されたと書かれていた。その聖王が今現存する聖王マリアその人ではないだろうが、その流れを汲んだ組織が聖王教会とラーシバル聖国の前身になったことは想像するに難くない。
「まあ、よくある伝承の一つだとは思うけど……。なんだろう、この胸騒ぎ……」
今までにないくらい、ヴェロニカの心はざわついていた。
邪神教団はこの邪神カーリー復活を目論む宗教集団。そんな低俗な連中にレアがやられるとも思えない。それに、他の高ランク冒険者たちも参加しているし、その辺のはぐれ者達に負ける道理はないように思える。
だがもし、その教団の連中が異形の力を使うヤバいやつらだったら。万が一にもレアを失うことになったらと思うと、ヴェロニカの動悸は次第に早くなっていった。
「……やっぱり、アタシも様子を見に行こう」
今更行っても追いつけるかどうかわからないが、ここ数日に渡り感じるこの胸騒ぎは本物だ。何事もなければレアに笑いものにされるだけで済む。だが、何かあってからでは遅すぎる。もちろん、Dランク程度の実力しかないヴェロニカが一人増えたところで、戦況は何も変わらないことは承知の上だ。それでも、行かなければ後悔すると直感が告げていた。
「場所は確か、街の南西にある古い遺跡跡地……」
ヴェロニカは古書を元の場所に戻し、急ぎ図書館を後にするのだった。