ヴェロニカの過去②
この世界で、ヴェロニカがレアと出会ってから数年が経った。
レアの誘いで冒険者の資格を取ったヴェロニカは、今までのように放浪の旅をするのではなく、依頼を達成し報酬を頂くという真っ当な仕事をして生計を立てていた。
そうして冒険者としての生活を続けていくうちに、レアが特別な種族だということをヴェロニカは知った。
レアはハイエルフ族だった。
エルフの中でも特に純度の高い種をハイエルフというらしい。
大陸に純粋なハイエルフは数が少なく、かなり希少な存在だとレアは話していた。とは言うものの、レア自身自分のことをそういう貴重な存在だと意識をしていなかった。普通のヒトとして、普通に生活したいのだと彼女は話していた。
そんなレアに、ヴェロニカは親近感を覚えていた。
何故なら自身も元は吸血鬼の真祖という、特別な種だったからだ。
そういう種の中でも特別な存在は、場合によっては腫れ物のように扱われることもある。吸血鬼の場合は、周りの連中が勝手に崇め奉り、まるで神のような存在として持ち上げられていた。その空気感がヴェロニカは好きではなかった。だから仲間達の元から逃げ出し、外の世界へと足を踏み入れたのだ。――その最中に出会ったのが魔神エリーゼだが、それはまた別のお話である。
「――それでさ、アタシの妹がさー……」
冒険者の仕事の最中、ヴェロニカとレアは焚火を囲みお酒を酌み交わしながら談話していた。辺りはすっかり暗闇に支配され、街灯もないこの場ではまともに動くことが出来ない。故に、今日は野宿をすることになった。こういったことは冒険者をしていれば珍しくもないことだ。そもそもずっと放浪の旅をしていたヴェロニカにとって、野宿はむしろ慣れたものなのだった。
「また妹の話? ほんと好きだよね、アンタ」
レアには妹が一人いる。名前はエルー。同じハイエルフ族で、今はまだレアの出身地である森の奥にあるエルフの里に残っているのだとか。エルフ族は長寿なので、妹と歳の差が100歳くらいあると前に話していたのをヴェロニカは覚えている。
そして、レアが作った冒険者クランで一緒に活動するのが夢なのだとか。ただ、妹のエルーはまだ経験が浅く、弱い魔物を倒すので精一杯らしい。なので、自力で冒険者の資格を取得出来たら一緒に仕事をしようと、エルーとは約束しているとレアは話していた。
「だって自慢の妹だもの。ずっとアタシの後をついてきて慕ってくれるんだから。可愛がって当然でしょう?」
「ふ~ん、そういうものなんだ。――ていうか、妹はアンタに憧れて魔術師の道を選んだのに、アンタはこうしてバリバリの剣士として活動しているのはいかがなものかと思うけど」
「あっはは、だって剣の方がスリリングで楽しいじゃない? エルフってどうしても弓術士とか魔術師のイメージが強いから、こうして剣を振り回してたら面白いかなーってさ、思ったわけですよ」
「聞いたよ? ハイエルフってなんか特別な魔法使えるんでしょ? あーあ、アンタがその魔術を使ってくれればもっと楽に済む仕事だってたくさんあるだろうに。ほんと、その謎な意地だけは貫くよね」
「冒険者として、この道を行くって決めたからねぇ。ヴェロニカにはご迷惑をおかけしますが、どうか許してくださいな」
言いながら、レアは子供っぽい笑みでヴェロニカの方を見た。
ヴェロニカはいつものことだと嘆息しつつ、焚火に薪を追加した。
「――で、クランの名前、決めたの?」
ヴェロニカが問うと、レアはう~ん、と唸りだした。
これはまだ決まっていないようだ。エルーのために、そろそろクランを結成しておこうと言い出したのはレアだった。妹のために作るクランに、自分がお邪魔しても良いものかとも思ったが、レアは快く受け入れてくれた。
「なかなかいい名前が思いつかなくて。ねぇヴェロニカ。何かこう、カッコよくて響きが良いクラン名を考えてくれないかしら」
「えぇ……アタシが? つーかそもそもレアがこのクランのリーダーなんだから、アンタが名前を考えなきゃダメでしょ」
「お願い……! そこをなんとか!」
「…………はぁ。アタシが考えたらきっと適当になると思うけど、それでもいいの?」
「いいよいいよ、全然いいよ! むしろいいよ!」
「いや、どういいんだよ……。まったく、アンタは……」
レアの性格はよく知っている。こう言いだしたらもう考えは変わらないだろう。ヴェロニカは呆れつつも、仕方なくクランの名前を考え始めた。適当に言っておけば、そこで諦めてくれると思ったからだ。
「そうだな……。昨日の夜に店で食べたほら、あれ。なんだっけ?」
「昨日の夜といえば、確か珍しく報酬の良い依頼を終えたからそこそこいい店に行ったわよね……。――あ! サーモンのカルパッチョ? ヴェロニカ美味しいって言ってたものね」
「そうそうそれそれ。カルパッチョ。響きが良いなって思ってたんだよね。というわけで、クラン・カルパッチョ。どう?」
「クラン・カルパッチョ……」
レアはもう一度復唱し、その名を噛みしめる。
だが、露骨に微妙そうな顔をして、駄々をこね始めた。
「カルパッチョだなんてクラン名嫌よ! もっとこう、カッコよくて響きがいいやつがいい……!」
「だからアタシが考えたら適当になるって言ったじゃん」
「え~、さすがの私もそこまで適当だとは思わなかったわよ~。ヴェロニカの意地悪~」
そう言いながら、レアは仰向けに寝っ転がった。
お酒も入っているからか、彼女の頬はほんのりと赤い。
「風邪ひくから寝るならちゃんとテントの中で寝なよ」
「テントの中じゃこの夜空は拝めないからね~。ほら、ヴェロニカも一緒にどう? 奇麗だよ、夜空」
寝っ転がったまま空を見上げるレア。
彼女はこうして夜空を眺めることが好きだった。今夜は雲一つなく、星たちも奇麗に光り輝いている。
「ほんと好きだね夜空。ま、奇麗なのは認めるけど」
そういいながら、ヴェロニカもレアの横で仰向けに寝っ転がった。
夜空を見上げると、色々と思い出すことがある。
前にいた世界のことや、使徒と呼ばれる仲間達のこと。そして主である黒の魔神エリーゼ。この異なる世界でみんなは今頃何をしているのだろうか。また会える日は来るのだろうか。物思いにふけりながらも、、こうして見上げる夜空が前の世界と同じであることをヴェロニカは嬉しく思った。
「私と同じでエルーも夜空が好きでね。小さい頃、よく里から抜け出して一緒に丘の上まで見に行ったなぁ。ま、その後いっつも親から怒られてたんだけどね」
「ふ~ん……。なんというか、アンタらしい」
「そっかな? ……あはは、そうかも」
「……そうだよ」
他愛もない会話をしながら、夜空を見上げる二人。
奇麗な夜空に輝く星たちを見上げながら、ヴェロニカはふと思いついた。
「星……ステラ……。光……ルクス……」
「どうしたの?」
「ああいや、あたしが元いたせか――じゃなくて国ではさ、星のことをステラ、光のことをルクスって言ってたんだ。なんか言葉の響きがいいからクラン名に使えないかなって思って考えてた」
「ほうほう……ステラにルクスですか。確かに、響きの良い言葉だわ。意味も良い感じだし、となると――」
しばしの間二人は沈黙し、思考する。
そして――
「――ルクステラ」
ぽっと思いついた単語を、ヴェロニカは口にしていた。適当につなげて読んだだけだが、口に出して言ってみると想像以上に語感がいいことに気づいた。
「ルクステラ――!」
ガバっと起き上がり、それからレアはヴェロニカに馬乗りになった。
「いいじゃん! クラン・ルクステラ! カッコいいし響きもいいし! さすがヴェロニカだわ。頼んでよかった!」
「そ、そう? ていうか、上に乗らないでよ暑苦しいから」
「あ、ごめんごめん、ちょっと興奮しちゃって……」
舌をペロっと可愛らしく出しながら、レアはヴェロニカから離れた。
ヴェロニカも起き上がり、服に着いた汚れを落とした。
「それじゃクラン名はそれでいいの?」
「そうね。ルクステラって名前、気に入っちゃったかも。……うん、クラン名はこれでいこう!」
「そ。決まってよかったね。それじゃあ、アタシは寝るから」
「ちょ、ちょっとヴェロニカ~? もっとこう、名前が決まったことを祝うとかさ~、ないのぉ? お酒もまだまだ残ってるし、今宵は宴じゃーってならない?」
「ならないよ。明日も早いんだからこれ以上騒ぐんなら一人でやってよね」
「うー……、こうなったヴェロニカはもう何を言っても無駄ね……。でも、最後にもう一杯だけ……! これで終わりにするから……!」
そう言って、レアはヴェロニカに向けて酒瓶を掲げた。
そんなレアに対して、ヴェロニカは彼女の頬に人差し指を指して返した。
「むぐっ」
「これ以上お酒に弱いアタシに飲めっての? ヤだよ、バーカ」
そう言いつつも、ヴェロニカの頬は緩んでいた。
こういうやり取りは、二人にとって恒例になっていた。
そういう言われることが分かっていたのか、レアも笑っている。
いつもと変わらない日常。
今日もまた、二人の一日が過ぎようとしていた。