変態に捕まったようです
「――――!」
目が覚めると、俺はベッドの上にいた。
しかし、身体が思うように動かない。
「……! どうなって……っ」
手足が鎖で固定されている。まるで磔状態だ。
しかし、いったい何のために拘束されているんだ……?
「まさか……」
薄暗い部屋は蠟燭の火だけが揺らめいている。
どうやら寝室のようだ。しかもかなり豪華な部屋。
ここは、モーリア大臣の屋敷なのか。
いや、わかってる。あの時、はっきりと目にした。モーリア大臣のあの目は、まともな人間のものじゃない。腐った人間の目だ。俺を気にかけて連れてきたんじゃない。俺をクルマに乗せたのは、真っ当な目的なんかじゃなかったんだ。
あの時クルマで飲んだ液体も、睡眠薬か何かが入っていたんだろう。
口にした瞬間に睡魔に襲われたから、きっとそうに違いない。
「……はは」
惨めだ。なんて惨めなんだ。
この世界でも俺は負け組か。こんな役回りなのか。
誰かのために己を犠牲にしなくてはならないのか。
「逃げるのは無理、か……」
逃げ出そうにも四肢が拘束され磔状態なので成す術がない。
しばらく足掻いてはみるものの、拘束が解ける様子はなかった。
――ガチャリ。
俺が抵抗を諦めると、部屋の扉が開いた。
そこからバスローブ姿のモーリア大臣が現れた。
やはり、その目はドブのように腐った目をしている。
「――素晴らしい衣服のセンスだ。クロヴィスに任せて正解だったな」
言いながら、モーリア大臣はベッドに腰かけた。
そして、ベッドのサイドテーブルに置いてあったランプに灯りを灯す。
あれも魔力による起動だろうか。スイッチを押したようには見えなかった。
「察しの良いクロエくんならば、今のこの状況を理解できていると思うのだが……」
「モーリア大臣……っ」
「おお、いいぞその目。まだ諦めていない者の目だ。私はそういう女子を痛めつけ、犯し尽くし、絶望に染め上げるのが大好きなのだよ」
ニチャァ……と笑うモーリア大臣。
よく見ると、俺の格好はクルマに乗っていた時とは全く違い、生地の薄いネグリジェと下着のみだった。趣味が悪いと言わざるを得ない。こんな姿をこんなやつに見られていると思うと怒りと羞恥でどうにかなってしまいそうだ。
「初めからこのつもりだったんですか……!」
「そうだ。キミの身体を見た時から切り裂いて切り裂いて徹底的に犯し尽くしたくて仕方がなかったのだ! そのために禁断魔術にまで手を染めたのだからな!」
「なん……ッ!?」
こいつ、この身体を好き放題したいがために俺をこの器に転生させたのか! そんな私利私欲のために禁断魔術を行使し、俺をこの世界に呼んだっていうのか!
く、狂ってやがる……。
セレスタン・モーリア。こいつはとんだ変人だ。
ガエル・ワイズマン以上のクソ野郎じゃないか。
そう言えば、魔神ではないのならどうしてこの器に禁断魔術を施したのか、その理由ははっきりしていなかった。ただの魔族の幼女を復活させるためだけにリスクを負うなんて普通じゃ考えられない。だが、まさかこんなことのために魂を愚弄し弄んだなんて……。神を敵に回すような愚行じゃないか。
「そ、それじゃあゼスさんとレベッカさんは……」
「ああ。その2人なら今頃地下の牢屋でおねんねしている頃だろうな。なに、安心したまえ。殺しはしないさ。試作中の魔導兵器の試し撃ちにでも協力してもらおうと思っていてね。ただ、なにぶんまだ試作段階だ。試作兵器の起動事故は日常茶飯事……。運悪くぽっくり……ということもあるだろうがね」
「……っ」
俺のせいで皆不幸になっていく。その事実が一番胸が苦しい。
俺がいなければ、こんなことにはならなかった。
全部、俺のせいじゃないか。俺がいなければ――。
「キミに関わったものは皆、災厄が降りかかっているようだ。グエンという老人は死に、若者2人は使い捨ての実験の駒とされる。フフ、実に愉快だね。キミは魔神なんかじゃなく、死神だな。魔族を率いるのではなく、地獄へと叩き落す存在だ。……ああ、そもそもキミは魔神などではなかったか」
「わ、私は……」
これは報いか。グエンさんを死へ追いやったことの罰なのかもしれない。
何も良い事なんてなかった。この世界に転生して、幼女になって、追放され強制労働させられ、良くしてくれた人が死に、今から酷い目に会おうとしている。
新しい人生が始まると思ってた。だけど、現実は非情だ。
期待しては落とされ、もう疲れてしまった。
何とかゼスさんとレベッカさんは助けたいけど、そんな力は俺にはない。
もし俺が魔神とやらだったら、力を行使してこの状況も打破できたんだろうか。
いや、考えても詮無い事か。
俺がここで足掻いても、現実は何も変わらない。
ひ弱な魔族として、この男から弄ばれるだけなんだ。
「どうした、もっと抵抗したまえ。足掻き藻掻き苦しんで私を楽しませてくれ」
「…………」
何を言っても、何をしても無駄なんだろうと、俺は悟っていた。
じわじわと何かに吸い込まれていくかのような感覚。
……もう、いいか。
こんなクソッタレな人生、もういいじゃないか。
諦めよう。生前の黒江透のように何もかも諦めて、委ねてしまおう。
言われるがまま、されるがままでいいんだ。
俺は搾取される側の存在。ただそれだけなのだから。
俺はそれでいい。俺だけのことならこれでいい。
でも、ゼスさんとレベッカさんは違う。
バカな俺に巻き込まれただけだ。
なら、無様にへりくだってでも、助けを請うべきじゃないのか。
「――お、お願いです。私はどうなってもいいですから、ゼスさんとレベッカさんは解放してあげてください……」
ぼそりと、そんな懇願が口から漏れ出ていた。
良い人たちだったんだ。グエンさんも、ゼスさんもレベッカさんも。
気さくで、俺に優しくしてくれて、本当に良い人たちだった。
だから、せめて、2人だけでも助けたい。
何もできないから、無理を承知で哀願するしかない。
「私はどうなったっていいです。どうせ家族も何もいません。死んで悲しむ者もいない。ですけど彼らには家族がいるはずなんです。だからどうか、2人だけでも助けてください……」
こんなクソ野郎に、俺は何を言っているんだろう。
言っても無駄だってわかっているのに。
でも、罪滅ぼしがしたかったんだ。
口に出して、ちゃんと助けてくれってお願いをした。
そういう言い訳をしたいだけなんだと思う。
俺はちゃんと助けてもらうよう努力をしました。
結果は伴わなかったけど、やるだけのことはやったのだと。
そう、自分に言い聞かせたいだけなんだ。
「……よかろう」
だが、モーリア大臣は承諾した。
俺はその言葉に目を丸くする。
よかろう、だって?
助けてくれるのか? 2人だけでも解放してくれるのか?
「だが、1つ条件がある」
「条件……?」
「そうだ。キミにその覚悟があるのかどうか、試させてもらおう」
言って、モーリア大臣は俺の手の拘束を解いた。
これで、上半身は自由に動かせる。
といっても、脚は固定されているから逃げ出すことはできそうもない。
「自分の手でその小指を折るのだ。それが出来ればあの2人は解放すると約束しようじゃないか」
「え……っ」
指を折れ、と?
自分自身で小指を折れというのか。
「ああ、無論どっちの手の小指でも構わんよ。私が見たいのはキミの覚悟だからね。小指の骨と2人の命。どっちの価値が重いか、それくらいはわかるだろう? ――本当に、心の底から2人を助けたいと思っているのなら、ね」
「……っ!」
見透かされている。俺が、自分への言い訳で懇願しただけなのだと。
ニヤニヤした顔で俺を見てくるモーリア大臣。
どうしよう、心臓が早鐘を打っている。
自分の手を見る。小さな手だ。
だが、俺の手はどうしようもなく震えていた。
左手の薬指に、ベレニスさんからもらった指輪がついている。
その指輪に、無性に祈りたくなった。
「震えているようだ。フフ、本当にたまらなく良い表情をする――」
怖い。自分の指を折るだなんて、簡単に出来るわけない。
奇麗ごとばかり言った自分が憎らしい。
でも、一ミリでもその可能性があるのなら――
「さあ、どうするのかね? それとも、さっきの言葉は撤回するかね? 私はどちらでも構わないのだが――」
「お、折り……! 折ります、から……!」
こうなったら意地だ。
折ってやる。折ってやるよ。
自分の言葉には責任を持たないといけない。
そんなことわかっている。
わかっているけど、身体が震えて止まらない……!
「ならば早くしたまえ。私はそこまで気が長い方ではない。気分次第では先の約束を反故してしまうかもしれん」
「……――ッ」
左手の小指を右手で握り、俺は目を瞑った。
大きく息を吸い込んで、覚悟を決める。
そして――。