採掘と戦闘と
「――なんとか無事に着いたね~……」
「そ、そうですね……」
何故か採掘場所の洞窟に入る前から満身創痍の俺とエルーさん。
事故こそ起こさなかったものの、中々にスリリングな体験をすることが出来た。途中の崖の上を走るシーンなんて、いつ落ちるんじゃないかとヒヤヒヤものだった。
「ちょっとは慣れてきたから帰りはきっと普通に帰れるはず……!」
「あはは……。確かに最後らへんは運転も様になってましたからね」
「でしょう!? よ~し! それじゃあ仕事をしよう――!」
「ですね。早速ですが、洞窟に入って鉱石を探しましょうか」
それから俺達は洞窟内に入り、鉱石集めを開始する。
目的はヨルノ鉱石という鉱石だ。見た目は青黒く光っているので結構見分けがつきやすい。素人の俺達でもすぐに判別がつくレベルだった。
「う~ん、やっぱり入り口付近はちっこいのしか落ちてないね」
エルーさんは道中に落ちていたヨルノ鉱石の欠片を拾い集めては首を振っていた。
確かに、ここら辺で収集していては何日経っても20kgのヨルノ鉱石を集めるのは難しいだろう。もっと大きな鉱石があれば手っ取り早いのだが、そのためには洞窟の深部へと進まなければならない。
当然、洞窟の奥へ進めば進むほど現れる魔物の危険度は上がっていく。
そのための冒険者への依頼なんだろうが、さてどうしたものか。
「やっぱりもっと先に進むしかないかもですね。エルーさんはどうした方が良いと思いますか?」
「そうだねぇ、あたしも奥に行った方がいいと思うかな。危ない魔物が出てきたらあたしの魔術で追っ払ってあげる――と言いたいところだけど、最終試験の時のクロエちゃんの実力を見た感じあたしの方が守ってもらわないといけない立場な気がするよ……」
「いえいえ、そんなことないですよ。エルーさん達魔術師の方が後ろから援護してくれるからこそ私達前衛職の人間が動けるんですから。それに、今は同じ目的のためにパーティを組んで臨んでいるんですし、エルーさんが危なくなったら私が守るのは当然です」
「く、クロエちゃんかっこいい……。こんなに小さいのになんて頼もしいんだろう――!」
「そ、そうですか……? そう言われると悪い気はしませんけど……なんだか照れますね……」
エルーさんの真っすぐな言葉が恥ずかしい。
「よーし、じゃあ先に進もっか!」
「はい、行きましょう」
こうして、俺達は洞窟の奥へと進むことになった。
先へ進んでいくと、現れる魔物はどんどん強くなっていくのが実感できた。入り口付近はコウモリの魔物とか、ツチノコみたいなやつとかばかりだったのに、奥に進むとでかいヘビみたいなやつとかクモみたいな魔物が現れるようになった。洞窟も奥に行けば行くほど空間が開けていき、天井も高くなってきた。
ただ、魔物は確かに強くなってきたが、苦戦するほどではなかった。
エルーさんの方へ魔物が行かないように俺が戦えば特に問題はない。
魔物のヘイトを俺の方へ向け続ければエルーさんが傷つくことはなさそうだ。
「クロエちゃんって強いとは思っていたけど、まさかこれ程までだったとは思わなかったよ。どんな魔物も楽勝で倒しちゃうんだもん。これは将来有望だねぇ」
「あ、えっと、そんなにですか……?」
これでも結構抑えめに戦っていた。
魔術も使っていないし、黒曜丸ではないただの刀を振り回していただけだ。切れ味も大したことないので、斬る部位なんかは意識して立ち回ってはいたけれど、エルーさんにここまで言わせる程だとは思わなかった。
今の俺はEランクだからそれに見合った動きを心掛けたつもりだったけど、測り間違えていたかもしれない。かといって手を抜いてエルーさんを危険にさらすわけにもいかないし、加減をするのも中々難しいな。
「これならすぐに冒険者ランクも上がりそうだね! いやぁ、頼もしいったりゃありゃしないよ!」
「そ、そうですね、あはは……」
変に勘繰られているわけではなさそうだ。
エルーさんが大らかな性格でよかった。
「ようし、ここならヨルノ鉱石たくさん取れそうだね。洞窟の入り口から大体2㎞くらいだから、帰りの道中くらいならあたしの軽量魔術がもつと思うよ」
「助かります。えっと、鉱石のサイズ的に2往復くらいで済みそうですね」
「そうだね、それじゃさっそく回収しようか」
辺りの魔物を片づけた後、俺達はヨルノ鉱石をバックパックに回収し始めた。俺が造ったピッケルで鉱石を順調に採掘し、数十分かけて約20kgのヨルノ鉱石を集めることに成功した。後は、これらをギルドに納品するだけだ。
「ふぅ~、なんとか集まったねぇ。にしても、クロエちゃんって創造魔術まで扱えるんだね。正直びっくりしているというか、その歳で何者なんだろうって思ったりするんだけど……」
「あー……その、やっぱり変でしょうか……」
どのくらいのレベルが見合っているのか、その基準が分からない。
今はアブソーブリングも身に付けていないし、際限なく魔力を扱える。【ラ・エクレール】みたいな派手な術も使っていないから大丈夫かと思っていたけれど、創造魔術も上位の術だったのだろうか。
「ううん、変ってわけじゃなくて。もう知ってると思うけどあたしってほらエルフ族じゃない? 一応魔術に長けてる種族なんだけど、それでもクロエちゃんくらいに創造魔術をぽんって扱える人周りにいない気がするんだよね……。だからちょっと気になってさ」
言いながらも、エルーさんは集めたヨルノ鉱石に軽量魔術をかけている。
俺は眼も片方だけ赤いし、周りから見たら何者なんだ感半端ないのだろう。だが、魔神だと言っても信じてはもらえないだろうし、適当に誤魔化すしかないか。
と、そんなことを考えていたら、洞窟のさらに奥から何かが迫ってきた。
物凄い音だ。もしかしたら、この洞窟のヌシでもやってきたのだろうか。
「これ、何の音……!?」
「エルーさん、下がってください――!」
俺は咄嗟に前に出る。
これは、さっきまで倒してきた雑魚じゃない。
俺は刀を構え、迫りくる何かを待ち受ける。
すると、姿を現したのは――
「――キシャアァァァァァァァ!!」
ソレは、見るからにムカデだった。それも滅茶苦茶でかい。というより長い。一体全体何本の脚があるのだろう。数えるのも億劫なくらいだ。
「く、クククロエちゃん……! どどどどうしよう!? あれ、巨大ムカデの変異種じゃない!? あんなに大きくてどす黒いの見たことないよ……!」
「この洞窟のヌシかもしれませんね」
「ヌシ……!? い、今のあたし達じゃ敵わないんじゃ……!?」
「大丈夫です。エルーさんは私の後ろにいてください。必ず守りますので」
「く、クロエちゃん……! で、でも……!」
「大丈夫。そこを動かないでくださいね」
「クロエちゃん……っ」
洞窟のヌシモンスターだとしても、この刀で事足りるだろう。
暇つぶしに何度か森や山のヌシと戦いに行ったが、所詮は魔物。強敵という程でもなかった。黒曜丸や魔術を行使するまでもない。
「シャアァァァァァァ!!」
「ふっ――」
巨大ムカデの噛みつき攻撃を避け、その勢いのまま相手に飛び乗り、長い胴体に切れ目を入れていく。ムカデの身体の上を走るのは気色悪いが、こうでもしなければ魔術が使えない今、まともに攻撃できないからな。
緑色の血液が噴出し、巨大ムカデが暴れ狂う。
しっかりときいているようだ。
「っと、危な……ッ」
ここは狭い洞窟内。故に身体が長い魔物暴れられるだけで厄介だ。
悠長にしていたらエルーさんにも危害が及んでしまう。
というわけで、さっさと倒してしまおう。
「はあぁっ――!!」
巨大ムカデの頭に刀を突きさし、引き抜く。
すぐに反転し、今度は首を両断した。
緑色の血液が周りに飛び散り、直に収まっていく。
生命力が強いのか、頭を切り落とされても数秒くらい胴体が蠢いていたが……すぐにこと切れた。
「ふぅ……」
返り血を拭き、俺はエルーさんが無事なことを確認する。
へたり込んでいるが、目立った外傷もなく無事なようだ。
「大丈夫でしたか?」
「う、うん……」
「エルーさんに怪我がなくてよかったです。立てますか?」
「だ、大丈夫、自分で立てるから……。よいしょっ、と」
驚いて腰を抜かしていたエルーさんは、ゆっくりと自分で立ち上がった。
しかし、その足は震え、目には涙が滲んでいる。だが、強敵相手に恐れを抱くのは仕方のない事だ。俺は見て見ぬふりをして、刀に付着した巨大ムカデの血を払い落とした。
「あ、あはは……ごめんね。あたし、びっくりしちゃって……」
「いえ、誰だってあんなのが急に出てきたら驚くのはしょうがないですよ」
「で、でもクロエちゃんは少しも動揺してなくて……。はは、なんだろうね、あたしってば情けないなぁ……。魔術で援護も出来ずに後ろで震えてただけだったよ……。クロエちゃんはあんなに凄くてかっこよかったのに……。ほんと、かっこよくて……」
「そ、そんなことは……。えっと……その……」
落ち込んでいるであろうエルーさんにかける言葉が見つからない。
力を偽って冒険者になったという後ろめたさもあって、何を言っても間違いな気がしてくる。そもそも俺とあなたとでは力量差があるんだから気にしないで……なんて、口が裂けても言えない。
それから口数少なくなったエルーさんと鉱石を回収した。
先に軽量魔術をかけていてくれたから、帰りはスムーズだった。
変な魔物に遭遇することもなく、撤収は順調だった。
「こ、これで終わりだね。か、帰ろうか……?」
「そうですね……」
エルーさんは顔を赤くしてなんだかよそよそしい。
ていうか、エルフの長い耳の先まで赤くなってる気がする。
もしかして、俺が実力を騙していたことに対して怒っている……のだろうか。
それから、気まずい空気の中。
俺達はヨルノ鉱石を荷台車に乗せ、ギルドへと戻るのだった。