規格外の存在
冒険者協会エルドラ支部の事務所にて、レイラ・デュランはとある少女のことを思い返していた。
その少女とは、今日の冒険者資格取得試験で彼女の背後を取った受験者、クロエ・ノル・アートルムだ。小柄で可愛らしい見た目にそぐわない戦闘能力。そして、試験中に感じた底の知れなさ。いったい彼女は何者なのかだろうか。
実技試験でも、その片鱗は見て取れた。
実体のある武器を創造する魔術。そして、明らかに手を抜いていそうな踏み込み。
本人はバレていないと思っているだろうが、長年の経験があるレイラは明らかな違和感を覚えた。
魔力測定こそ一般的な数値だったが、ただの受験者ではないだろうというのがレイラの所見だった。
「片眼だけ赤いあの眼……魔族にしては、異様な感じだったな」
クロエの志願書に目を通していたレイラの背後から声をかけてきたのは、スキンヘッドの大男だった。どこか世紀末感のある、今時珍しいスタイルの男性である。
「――グスタフ。やはりお前も感じたか」
「そりゃあな。なんというか、守ってやりたくなる可愛さがある子だったよなぁ」
「……真面目に答えろ」
レイラはグスタフという名の男を睨みつけた。
「おおこわ、さすがは鬼のレイラ様だぜ。……そうだな、アレは多分規格外の分類になるだろうな。恐らく本気も出しちゃいねえ。クロエからはどこかもどかしさを感じた。本気を出したくても出せないような、そんな感じだったな」
「……そうか。偽の受験者として試験を受けさせたお前がそう言うのならそうなんだろう。しかし、お前をそこまで言わせる逸材だとはな。本当に魔族なのか?」
「さぁ、どうだろうな。自分で自分のことは魔族だとハッキリ言っていたが……。嘘を言っているようにも見えなかったぞ」
「ふん、お前は騙されやすいからな。それに、可愛い子だったし鼻の下でも伸ばしていたんじゃないのか?」
ニヤリと笑い、レイラは刺すように言った。
グスタフはやれやれと肩を竦める。
「多少なりとも色眼鏡が入っていたのは認める。が、不思議な魅力のある子だったんだよ。なんというか、つい甘やかしたくなるというか、変に大人っぽいからそこが見た目とのギャップが良いというかだな……」
「幼女趣味は止めておけよ。犯罪だからな」
「そういう意味じゃねえよ! ったく、天下のAランク冒険者様は言うことに一々棘があるな。――まあいい、依頼はこれで完了だよな。今回は友人であるレイラの頼みってことで引き受けたが、試験なんて面倒な役目は御免だぜ。ま、刺激のある役回りなら大歓迎だけどな」
「ああ、わるかったな。また何かあったら連絡するよ、アントニー」
レイラがグスタフのことをそう呼ぶと、彼は辟易とした。
キャラづくりとしてグスタフがアントニオを演じていたのは、レイラも知るところだ。加え、アントニーとは彼自身が自分の偽名に付けたあだ名である。おちょくられているということは、すぐに理解したことだろう。
「まったく……。ま、せいぜい頑張ってくれや、試験官殿」
そう言い残して、グスタフは去っていった。
そして、事務所にはレイラだけが残された。
外はもう暗い。良い子は寝ている時間だ。
「……規格外の存在、か。魔族だというのならなかなかどうして面白いヤツじゃないか。しかしいったい何者なんだろうな、クロエ・ノル・アートルムという少女……いや、幼女か……? まあ、そこはどうでもいいのだが――」
未知なる存在に、レイラの胸は高鳴った。
もし、グスタフの言う通りクロエが規格外の存在ならば、彼女の正体を突き止めなければならない。
「良い人材だといいんだがな」
そう言って、レイラはクロエの志願書を別のファイルに保存した。