最後の試験
最後の試験会場は、だだっ広いスタジアムの上だった。
残された受験者は10人。半分以上が減った形だ。半分以上の受験者が振るい落とされた。それだけ冒険者協会もシビアに考えているということだろうが。
「さて、今から行う最終試験はこれまでとは異なる内容になる。二人一組のバディを組み試験官と戦うというのが通例だったが、今回はそうじゃない」
レイラさんがそう発言すると、周りがざわつき出した。
予想していた試験内容ではないと、直前で告げられたら誰だって動揺する。エルーさんを見ると、明らかに狼狽していた。
「なに、ルールは簡単だ。私の背中に誰か一人でも触れさえすればいい。しかも従来の2対1ではなくお前達全員の10対1で、だ。簡単だろう?」
レイラさんがそう言うと、受験者達はさらに騒がしくなった。
「10対1だって!? しかも誰か一人でも試験官に触れればいいなんてさすがに舐められてないか?」
「全くだ。まだ冒険者の資格を持っていないとはいえ、それなりの武芸者が集っているんだぞ。2対1ならまだしも10対1なんて楽勝にも程があるぜ」
「気負って損した気分だわ。ここに残っているのは試験を突破した者達だし、今回の試験は楽なようね」
受験者達が口々に言った。
皆、10対1と聞いて難易度が下がったと思っているのだろう。
そんな中、エルーさんだけは気を引き締めたままだった。今までの経験上、最終試験が甘いものではないと知っているからだろう。それに相手はあのAランク冒険者のレイラさんだ。10人がかりでも触れないかもしれない。
「ふふ、だがもちろん制限時間と脱落の条件は設けさえてもらう。制限時間は20分。そして君達も私と同様に背中に触れられればその時点で退場だ。それと、判定はこの魔導具を使う」
レイラさんはベルトのようなものを取り出した。
よく見ると、ベルトの帯の中心辺りに、薄い紙のようなものが備わっている。
「ベルトについているセンサーを背中に回し、装備する。そして、センサーに何かが触れれば自動で装備者を拘束する仕掛けだ。魔導的な仕掛けだから身体に害はない」
横で待機していた他の試験官が全員にベルトを配る。
重量は思った以上に軽い。ベルトについていた薄い紙のようなものはセンサーなので、触れないようにして身体に装備しないとな。
「分かってはいると思うが気をつけて装着するように。誤ってセンサーに触れればその瞬間に拘束されるぞ」
注意喚起するレイラさん。当たり前だが、始まる前に拘束されたらつまらないだろうからな。
慎重にベルトを装備し、試験の準備を整える。
辺りを見ると、皆準備を終えているようだった。
レイラさんは受験者達を見渡し、「よし」と呟いた。
「準備はいいようだな。ステージはこの広い会場全部だ。壁には魔導防壁が敷かれているから遠慮なく魔術は放っていいぞ。それと――」
レイラさんはニヤリと笑い、
「私を殺す気でこい。でないとお前たちに勝機はないだろうからな。では……試験開始だ――!」
レイラさんが宣言すると、受験者の3人が一斉に彼女に突撃した。
恐らく事前に打ち合わせしていたのだろう。装備を見るに剣士枠の武闘派のようだ。対面が最も油断しているであろう初っ端に仕掛けるとは、これも策の内か。
「さすがに10対1は舐めすぎだぜ試験官さんよ! それになぁ! こっちは3人いれば十分だぜ!」
槍を持った受験者の男が正面から突きを繰り出した。
残りの2人も両サイドに展開し、それぞれの攻撃手段で包囲した。
にしても急造のチームにしてはあまりにも息が合い過ぎている。どうやら知らない者同士で組んだわけじゃなさそうだな。知り合いなのか戦友なのか知らないが、今日会ったばかりの3人ではなさそうだ。
「活きがいいのは嫌いではないが……」
レイラさんの姿が消えた。
というより、高速で移動して3人の背後に回り込んだようだ。
「な――!?」
「いったいどこに――!」
「後ろか……!」
「――その程度の攻めでは私を獲ることは出来んぞ」
一瞬の出来事だった。
レイラさんが瞬く間に3人の背中に触れた。
たったそれだけのことだったが、彼らは何もすることが出来なかった。
動きが速すぎて見えなかったのだろう。それだけ力量の差があるということか。
レイラさんに剣を抜かせることすらできなかった。
3人のベルトは起動し、彼らは魔導製の縄に締め付けられてしまった。
その様子を見ていた受験者達は、唖然としているようだった。
3人の攻撃は、素人の連携ではなかった。それでも、レイラさん相手には何の意味もなさなかった。その事実が残された受験者達に絶望を植え付けたのだ。
「どど、どうすれば……」
「エルーさん、落ち着いてください。まだ終わったわけではありません。時間もまだたくさんあります。それに、こっちには7人も仲間が残っているんですからまだ立て直せるはずです」
と、言ってはみるものの、いい作戦が思いつかない。
アブソーブリングを外してしまえば決着をつけるのは容易だが、目立ちすぎてしまうとランクが高く設定されてしまう恐れがある。重要なのはヴェロニカさんと同ランク帯に収まることだから、下手に力を使うことはしたくない。
だが、縛りのせいで試験を落ちてしまっては元も子もないことも事実だ。
どこかのタイミングで枷を外して、自然な形でレイラさんの背後に回り込む。これがベストだろう。
無論、今の俺の戦力でどうにかできればそれに越したことはないが。
あの強さじゃ、なかなかどうして厳しいものがあるな。
「さて、ここからどうするかね。治癒士が1人に魔術師が3人。残りは俺含め剣士か。試験をパスするには試験官の背中に触れるのが絶対条件。逃げ続けるだけでは勝機は掴めない。となれば――」
「攻めよう……! きっと、守ったって勝てっこないし……!」
「俺も彼女の意見に賛成だ。他の者はどうだ?」
アントニオさんが聞くと、皆頷いた。
攻めて勝機をつかみ取る。それしかない。
守りは何も意味をなさない。受験者は皆、それを理解していた。
「よぅし、そうと決まれば――」
アントニオさんはアックスを背負いなおし、構えた。
恐らく何度もアタックは出来ないだろう。今はレイラさんも様子見している段階だからいいが、本格的に俺達を取りに来たら一瞬でやられてしまうかもしれない。
「休む暇なく攻撃を仕掛けるぞ。魔術師達は後方から俺達の援護を頼む。治癒士は魔術師に魔力の供給をしてくれ。そんでクロエと……そこのお前、俺についてこい!」
「僕はロイドだ! まったく、自己紹介をしている暇がないとはいえそこのお前呼ばわりとはね……。まあいい、君こそ後れを取らないでくれよ」
「だっはっは! さすが冒険者を志すだけはある、威勢がいい! よし、準備はいいな? さあ、行くぞ――!」
アントニオさんの号令で、俺達は一気に地を蹴った。
先ほど創造した刀で俺も攻めに加わる。
ロイドさんの武器はチャクラムだが……早速それをレイラさんに向けて投擲した。が、簡単に避けられてしまう。だが、動きを少しでも制限できたのは意味がある。
「ちぃ、さすがに正面からの攻撃は楽に躱されるか……!」
眼鏡をクイっとしながらそんなことを言うロイドさん。
チャクラムの一撃の後、背後から援護射撃が飛んできた。
魔術師達の魔術だ。氷の槍や火の玉、岩の礫などがレイラさんに向けて飛んでいく。さすがに3人ともなると物量が凄い。これは避けるのは厳しいはずだから受け止めてきそうだが……。
「いい連携だな。だが……!」
レイラさんはシールドを展開し、魔術による一斉攻撃を完全に防いでいた。それに、まだまだ余裕な表情をしている。剣も使っていないし、これがAランク冒険者の実力か。
「横ががら空きだぜ――!」
と、アントニオさんが立て続けに大振りの一撃をレイラさんに繰り出した。前方の魔術攻撃に気を取られて、横から急に現れたアントニオさんに一瞬対応が遅れたようにも見えたが――
「魔術攻撃の余波に紛れて接近してきたか。なかなかやるが、まだツメが甘いな!」
レイラさんは後ろに飛び退き、アントニオさんの大斧の一撃を回避した。
「狙いは悪くないが、背中を取れなければ意味はないぞ――……! なに!?」
だが、その直前に、俺はアントニオさんから目配せをもらっていた。
連続攻撃の〆は俺のようだ。一撃を回避した後に生まれるこの絶好のチャンスを、見逃すわけにはいかない。
「ふ……っ!」
アントニオさんの背後に隠れていた俺が、突撃の勢いを落とさずにレイラさんの背後に回り込む。狙いは背中のセンサーだ。これに触れさえすれば試験は突破できる。無理に斬りこむ必要もない。
「……!」
魔力の制限のせいで身体の動きが鈍い。
その感覚のズレを、俺は一瞬で把握してしまった。このスピードではレイラさんの背後は取れない。仮に取れても防がれてしまうだろう、と。
初めはセンサーに触りに行く予定だったが、これは一度相手に手を使わせた方がいいな。ロイドさんも立て直しが終わるころだろうし、攻めを継続するには俺がレイラさんと打ち合った方がいい。一対一で剣を交えることが出来れば、レイラさんにも隙が生まれるはずだ。
「ほう。小さい身体のくせにいい攻撃だ。この私に剣を使わせるとはな……!」
俺の刀はレイラさんの剣とぶつかっていた。
さすがの抜き身の速さだ。まあ、受け止めてくれると思ったからこその斬撃だったのだが――。
「アントニオさん、ロイドさん!」
「わかっている!」
「おう!」
俺の方に気が向いたその瞬間を、味方は見逃さなかった。
さらには魔術師達から魔術の援護射撃も飛んできた。
これだけの一斉攻撃、レイラさんといえども瞬時に対応は出来ないはずだ。
「……やはり後衛の連中が面倒だな」
レイラさんはそう呟き、消えた。
前衛での役割がある俺達の前からその姿を消し――
「魔術師連中から叩くとしようか」
気づけば、レイラさんはエリーさん達の目の前にまで移動していた。
咄嗟に杖を構え魔術を発動しようとするが、レイラさんのスピードの前では無意味だろう。
「すまないがここで消えてもらう――!」
エルーさんの背後に一瞬でレイラさんが回り込んだ。
ここからではカバーが間に合わない。いつもだったら問題なく助けに迎える距離だが、魔力が抑えられている今、エルーさんを助ける術がなかった。
「……ッ! あたしだって――!」
唐突にエルーさんの大きな魔女帽子がふわりと浮いた。
視認しづらい波動のようなものがエルーさんから発生し、それが衝撃波となりレイラさんを襲った。
「……ほう、やるな。魔力を瞬時に練り上げ衝撃波を放つか。しかしその額の宝石……。お前はハイエルフ族だったんだな」
「別に隠していわけじゃなかったですけどね。帽子と髪のせいでエルフの特徴である部分が隠れていただけなので」
「ふ……。道理で魔力の扱いに長けているわけだ。それと、近接戦での対応策も用意していたのは評価に値する」
「実戦試験では苦労させられましたからね……! 皆――!」
エルーさんの呼び声に応えるように、他の魔術師達が一斉に魔術を放った。しかし、さすがにレイラさんも読んでいたようで、すぐに態勢を整えられる。
「惜しい……! だけど、まだ終わっていない――!」
ロイドさんがレイラさんに向けてチャクラムを投げる。
間髪入れないロイドさんの攻撃は、レイラさんの剣で叩き落とされてしまった。
「いい攻めだ。今回の受験者は優秀な人材が多いようで私も嬉しいぞ」
「おーっと、俺を忘れてもらっちゃ困るな!」
アントニオさんがすかさず追撃を行う。
そして俺も一緒に刀を振るった。
同時攻撃だ。簡単にはいなせないだろう。
「はは……! さすがだといいたいところだが、まだ甘い!」
アントニオさんはレイラさんの魔力弾で吹き飛ばされ、俺は剣で受け止められてしまった。二人同時攻撃でも冷静に対応してくる。さすがは凄腕の冒険者だな。
「ったく、Aランク冒険者ってのは化け物かよ」
吹き飛ばされたアントニオさんは特に深刻なダメージは負っていないようだった。まあ、あれだけ身体が大きくて逞しいのだからちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしないか。
だけど、それもずっとは続かないだろう。
どこかで決定打を入れる必要がある。
それに気になるのは、恐らくだがレイラさんはまだ本気を出していないことだ。これは試験だから本気を出す必要もないんだろうが、このまま舐められっぱなしも面白くない。
そうは思いつつも、試験の時間は過ぎていく。
何度も攻撃を仕掛けるが、レイラさんのセンサーに触れることは出来なかった。このままではタイムオーバーになってしまう。残り時間も多くはない。皆の体力と魔力と気力も張りつめていたせいでかなり消耗してしまっている。
一か八か、レイラさんを超える機動力を得るために魔力を高めるしかない。しかしそうするとアブソーブリングが耐えられないかもしれない。などと、考えている場合でもないのだが。ここで終わってしまっては協力してくれたエヴリーヌさんにも申し訳ないしな。リスクを背負ってでも、試験を突破してみせる。
「アントニオさん、ロイドさん、もう一度だけレイラさんの注意をひいてもらえませんか」
「どうしたクロエ。俺もまだ諦めていないが何かいい案でもあるのか?」
「いえ、そういうわけではありませんが、私の全魔力を機動力に回してレイラさんの背後を取ります。これでダメだったら私ではもうどうにもなりません」
「最後のトライというわけだね。いいだろう。今の剣士枠の中で最もスピードがあるのはキミだ。僕とこの大男じゃ絶対に彼女の背後を取るなんて出来ないだろうからね。理論的にもキミがセンサーを取りに行ってくれる方がいい」
「おいおい、俺は大男じゃなくてアントニオだ。アントニーって呼んでくれていいぞ」
「……まったく、意趣返しにも気づけないとは脳細胞まで筋肉で出来ているんじゃないか君は。まあいい、どちらにせよもう時間はない。これで最後のアタックだ。クロエくんを僕は信じるよ」
「はい。ありがとうございます」
「ようし、これが最後のチャンスだ。少しでも長くあの女の気を引いてやるとするか。クロエ、お前を信じるぜ」
作戦は決まった。
やることは初めから何も変わらない。
連携を駆使してレイラさんの背後を取る。
これで届かないのなら俺達の実力不足なだけだ。
冒険者になる資格がなかったというだけのこと。
これは試験だからな。だけど――
「ここで退くわけにはいきません――!」
さっきと同じようにアントニオさんの背後に身を隠し、機会を伺う。
魔術師達も、俺達の動きに合わせて援護射撃を行ってくれた。
もう何度か行った連携だ。練度なんて無いに等しいけど、寄せ集めのチームで戦うにはこれしかない。
「オラぁ! パワーなら負けないぜぇ!」
「相手の動きを予測して……ここだ――!」
良い感じにレイラさんの動きが制限されている。
この短時間でここまで連携を取れるようになるとは思いもしなかった。
諦めずに何度も立ち向かった成果だな。
「時間的にこれが最後の攻撃だよね……! あたしも全力で魔術を――!」
魔力を使い果たすレベルの魔術が、後ろから飛んでくる。
エルーさん達も最後のトライなのだと理解しているようだ。
となると、俺の役割は責任重大。何が何でもレイラさんの背後を取る。
「諦めない姿勢は素晴らしいが、同じことの繰り返しでは私には勝てんぞ!」
レイラさんの言う通り、やっていることは最初と同じだ。
だが、今回は少しだけ違う。それは、俺のスピードが先ほどまでとは段違いだということ――!
「――っ!」
魔力を脚に回し、レイラさんの背後へ回り込む。
アントニオさんの重撃、ロイドさんの正確な投擲、そして魔術師達からの援護射撃。全てを捌き切った後には強者と言えど多少なりとも隙が生まれる。
「やはりお前が取りに来るか……! だが、結果は同じだ!」
レイラさんの剣が揺らめく。
さっきまでの俺なら、ここでセンサーは諦めて刀で応戦していた。
だが、何度も繰り返したおかげでレイラさんの速さは読めている。
魔力の出力をどの程度上げれば届くのか、計算するには十分の試行回数だった。
「なに、スピードがさっきまでとは違う……っ」
「これなら……届く――っ!」
ギリギリのところで、俺の指先がレイラさんのセンサーに触れた。
そして、会場に鳴り響くブザー音。
制限時間終了の音か、それとも……。
「……ふ。私の負けだな。良い連携だった」
鳴り響いたのは、レイラさんのセンサーに触れた証であるブザー音だった。そして、その数秒後に試験終了の鐘が鳴り響く。
ギリギリだが、届いた。
その代償か、右腕のアブソーブリングにヒビが入ってしまった。
致し方なかったとはいえ、エヴリーヌさんには申し訳ないことをしてしまったな。
「や、やったのか……?」
呆けた顔で突っ立っているロイドさん。眼鏡がずれているのにも気づいていないようだ。それと、いつもならフラグが立ちそうなセリフだが、今回は大丈夫だろう。
「オイオイマジかよ……」
素直に驚いているアントニオさん。
信じると言ってくれたはずだが驚きすぎだろう。
「勝てたの……? あたし達……」
エルーさんも目を丸くしている様子だ。
他の皆も信じられないという感じで立ち尽くしている。
数秒くらい静まり返っていたが、アントニオさんの雄たけびで一気に喜びが爆発した。
「ウオォォォォォォォ!! よくやったぞ、クロエぇ!!」
こちらに物凄い勢いで大男が突っ込んでくるもんだから、俺は咄嗟に、
「ひぃ……ッ」
変な声出た。
逃げようと思ったけど、さっきの反動で脚に負担がかかっていたようだ。尻もちをついてしまった。決してアントニオさんにビビッて倒れたとかではない。
気づけばアントニオさんに一人胴上げされていた。
皆も俺のところに集まってくる。
「よくやってくれたな! 僕はキミなら出来ると信じていたよ!」
「クロエちゃんありがとう! 本当にありがとうぅぅ……!」
エルーさんは泣きながら俺に抱き着く。
他の受験者からももみくちゃにされながら……俺は為すすべなく諦めた。
まあ、試験はこれで合格したのだから、ひとまずはよかった。
あとはランクの発表を待つのみ。
……にしても、俺はいつ解放されるのだろうか。
まあ、いいか。