冒険者協会へ
あれからエヴリーヌさんは何度も屋敷に足を運び、実験を繰り返した。
そしてようやく、俺の魔力を抑えこむことに成功したのだ。
冒険者資格取得試験の日が丁度今日の午後からだったので、ギリギリ間に合った。これを逃していたら次の試験は結構先になっていたかもしれない。
「これで魔力の測定値は問題ないだろう。だが、まさかここまでやらなければ抑え込めないとはね……。クロエ君、キミの魔力量は本当に想像を絶するな」
「はは……。私も改良を重ねたアブソーブリングを身体に五つもつけなければならなくなるとは思いませんでした」
俺は今、何度も強化を施したアブソーブリングを身体に5個も身に着けている。首と、両腕と両足にそれぞれ一つずつだ。服を着れば隠せるが、リングが見えていると中々に不格好である。リング一つ一つで見ればそうでもないが、さすがに同じ形状のものを身体に5つも身に着けるのはダサいな。
「さすが、帝国で【博士】と呼ばれているお方だ。この短時間でクロエ様の魔力を抑えこんでしまうとは。感服いたしました」
クロヴィスも素直に驚いているようだった。
でも、本当にエヴリーヌさんは頑張ってくれたと思う。ウィンウィンとは言っていたが、俺の方に多く利があるように思えてならない。禁断魔術の件といい、彼女には頭が上がらないな。
「私にもプライドというものがあるからね。にしても疲れたよ。睡眠時間を削りに削ったからね……。ふわぁ……、これはクロエ君を抱きながら眠らなければこの睡眠不足を解消できないかもしれないな……」
などと言いながら、エヴリーヌさんは俺を抱きしめソファへダイブした。
振りほどくのは簡単だが、ここまで本当によく頑張ってくれたし、これくらいは我慢しよう。こんなことで疲れが取れるのなら、寝るまでの間くらい抱かれてあげてもいいか。
「クロエ君は最高の抱き心地だねぇ……」
「あはは……それはよかったです」
フカフカのソファはすぐにエヴリーヌさんを眠りへと誘う。
「もう、だめだ……瞼が、重い……。――すー、すー……」
「――…………って、本当に寝るの早!」
というかこの寝入るスピード、もはや気絶していると言っても過言ではないような。しかし、逆に考えればそれだけの睡眠を削ってこの魔導具を造ってくれたということに他ならない。ありがたい限りだ。
エヴリーヌさんが眠る少しの間だけ抱かれていたが、さすがにいつまでもこのままの状態はきついな。頃合いを見て抜け出すとしよう。
「――よいしょ……っと」
俺はエヴリーヌさんの拘束から抜け、窮地を脱した。
あのままでは抱きつ潰されるところであった。逃げて正解だ。
「完全に眠っていますね……。クロヴィス、客室に移動をお願いできますか?」
「ええ、もちろんです」
そう言って、クロヴィスはエヴリーヌさんを抱きかかえた。
「では、客室のベッドに寝かせておきます。その後、冒険者協会へ向かいましょうか」
「わかりました。クルマのとこでまってますね」
クロヴィスと一旦別れ、俺は屋敷の駐車場へと向かった。
冒険者協会のエルドラ支部へ徒歩で行くとかなりの時間がかかってしまうので、試験の受付時間に間に合わなくなる。故にクルマ。まあ、運転手はいつもクロヴィスなんだけど。
俺もこの身体じゃなければ久しぶりに運転したいところである。
生前は免許も持っていたけど、クルマを運転する機会はあまりなかったからな。操作法が同じならこの世界の運転もきっと大丈夫なはず。問題は背丈のみ。
「――そうだ、一度試しに運転席に座ってみようかな」
そう決めて、俺は勝手にクルマの運転席に座った。
エンジンの始動には魔力を使う。たしか、この丸いやつに手を触れて魔力を注げば――。
「お、ちゃんと始動したみたいだ」
ブロロンという音をたて、エンジンが始動した。
どうやらAT車のような感じだ。恐らく仕組みも似ている。
「ブレーキとアクセルにギリギリ足が届くくらいか……。これじゃあ危なくて運転は難しそうだな」
う~ん、残念だ。
まあ、敷地内で動かすくらいなら問題はないだろうが……。
「さすがに止めとこ……」
事故でもあったら大変だ。
もしクルマが壊れでもしたらまずいしな。
大人しくクロヴィスを待っていようじゃないか。
「……ん? そういやこれ、どうやってエンジンを切るんだ?」
エンジンの始動には魔力を注いでやるだけでよかったが、切るにはどうすればよいのだろう。この球体ユニットに何かするのだろうか。
「よくわからないボタンを触れるわけにもいかないしなぁ……。まあ、動いているわけじゃないし、このままクロヴィスが来るのを待つとしようかな」
と、俺がそう決めると、すぐにクロヴィスがやってきた。
本当にタイミングのいい男である。
「――お待たせいたしました。……おや、何故クロエ様が運転席におられるので?」
「少し触ってみたくなっちゃいまして……。それと、エンジンの始動は問題なく出来たのですが、切るにはどうすればいいんでしょうか?」
「ああ、それでしたら――」
言って、俺が座っている運転席に割り込むような形で身体を車内に入れてきた。少々窮屈だが、文句を言える立場ではないので大人しく切り方を聞くとしよう。
「このボタンを押しながらユニットに触れればエンジンを切ることが出来ますよ」
「なるほど。試してみます」
ボタンを左手で押しながら右にある球体ユニットに触れる。
すると、スゥン、とエンジンが切れた。
異世界ならではの技術で感心する。押すだけではダメだというところが謎だが。
「しかしクロエ様。エンジンの始動も同じ方法なのですが、どうやって始動したのです?」
「えっ? そうなんですか? 球体ユニットに触れるだけで始動したんですけど……」
俺が困惑していると、クロヴィスは「ああ」と頷き、
「……なるほど、そういうことですか。このボタンには魔力のブースター機能が備わっています。クルマのエンジンをつけるには、一気に魔力を注ぐ必要があるのでその補助のためですね。クロエ様の場合、魔力の量もそうですが、どのくらいの量を一気に放出すればいいかわからなかったはず。恐らくいつもの感覚で触れたのでしょうが、そのいつもの感覚というのが普通の人の何倍も注ぐ量が多かったのでしょう」
「な、なるほど……。ですが、切るのにまた触れるというのはどういう……?」
「内部の機構を遮断するのにまとまった魔力が必要なだけですよ。原理は同じです」
「そういうことでしたか。やっぱりこの世界の常識は違いますね」
動力が違えば機構も変わってくるのは当然か。
それでも、根本的なところは似ているということは、知的生命体の科学技術が行きつく先は皆同じということなのかもしれない。
「では、そろそろ向かいましょうか」
「ですね。行きましょう」
俺は運転席から下り、クロヴィスに席を渡した。
その後助手席に乗り込み、いざ冒険者協会へ。