異世界労働 THE FINAL
エルドラ領の魔導兵器製造工場で働き始めて2週間程が経った。
あれからグエンさんの調子はずっと悪いままだ。
咳き込む頻度も、先日と比べると増えたように思える。
さすがに心配だ。横で作業しているゼスさんとレベッカさんもグエンさんの身を案じているようだった。
「グエンさん、ほんとに大丈夫ですか? 休みを取った方がいいんじゃ……」
俺はライン作業しながら、グエンさんに声をかけた。
その間もグエンさんは手を止めずに作業を続けている。
延々とボルト締めしているグエンさんの表情は、あまり良くない。
「心配はいらんよ。いつものことじゃ。ゲホッ……、明日には治っているじゃろうて」
「ですけど……」
昨日も似たようなことを言っていた。
明日には治っている、一晩寝れば良くなる、と。
結局、グエンさんの体調は変化がないどころか見るからに悪化している。
俺達を心配させまいとしているのだろうけど、その心づかいが余計に俺達を不安にさせていた。
「クロ助の言う通りだぜじーさん! 一日くらい休めって。その間の仕事は俺達が代わりにやっておくからよ!」
「ええ。アタシ達に任せてグエンさんは休んだ方がいいわ。過酷な労働環境なんだし、老体には堪えるでしょ」
「ううむ……しかし……」
グエンさんは迷っているようだ。
班長として、そして年長者としての責任を感じているのかもしれない。
俺の元上司にも見習ってもらいたい精神だ。ヤツらは隙あらば部下に仕事と責任を押し付けていた。まったくもって性根の腐った連中だった。
「――何を喋っている。無駄な会話は慎めと言ったはずだぞ」
見回りの監視員が俺達の現場にやってきた。
彼らは帝国の人間で、俺達魔族の労働を監視する役目を担っている。
この工場地帯には、数多くの魔族が仕事をしている。それらをまとめ監視するのが彼ら監視員の仕事だ。
「ああすんません。でも丁度良かった。グエンさんを一日休ませてあげて欲しいんだ。見ての通り体調が悪いみたいでよ。ずっと働いてきたんだから少しくらい別にいいだろ?」
監視員の人間にゼスさんが声をかけた。
しかし、監視員の男は眉根を寄せ、
「ダメに決まっているだろう。お前たちは何のためにここにいる? 帝国のためにその身を費やすためじゃないのか? そこの老いぼれが一日労働しないだけでどれだけの生産が落ちると思っているのだ」
「ちょ……たったの一日でしょ! 生産のカバーはアタシ達でやるってば! だから休ませてあげてよ!」
今度はレベッカさんが声を上げた。
しかし、監視員の男は首を横に振った。
「お前たちがいくら頑張っても魔族1人の仕事の埋め合わせは出来んだろう。それに、ただでさえ今は邪竜の影響で兵器の製造に時間をかけられんのだ。今は1人の欠けも許されないんだよ」
「で、ですけど、このまま働けばグエンさんが倒れてしまうかもしれません! そうなると長期的に見て損失があるのでは――」
今度は俺が反論する。
グエンさんはベテランだ。その人材を失うことは工場の損失にもつながるだろう。俺がさっき言った通り、グエンさんが倒れて働けなくなるより、1日休養を与えて長期的に生産ラインに加わってもらった方が効率はいいはず。
だが、監視員の表情は険しいままだった。
なんだか俺達をゴミを見るかのような目で見てくるのがとても不愉快だ。
「倒れたら次の魔族を補充すればいいだけのこと。誰のおかげで魔物の脅威から守ってもらえていると思っている。誰のおかげで衣食住に困らずにこの人間様の街で生活出来ていると思っているのだ。お前たちはいくらでも替えのきく道具だということを忘れるな」
「……っ」
圧倒的な格差。それを感じてしまった。
人間と魔族はそういう関係。使われる側と使う側。
能力の低い種族であるがゆえに、最低限度の人権しかなく奴隷のように扱われる。どこの世界でも、似たような構図が出来上がるものなのか。そう思わずにはいられない。
横を見るとゼスさんもレベッカさんも歯を食いしばっていた。
我慢しているんだ。監視員の言うことは紛れもない事実。
ここで反抗すれば、職を無くし生きていく場所も失くしてしまう。
心のどこかでは、諦めているのかもしれない。
産まれた時からそういう待遇なら、自然とそうなっても不思議じゃない。
悔しいし、言い返したいが、そう刷り込まれてきた彼らの心は諦めの感情が先に湧くのかもしれない。
でも、俺は違う。
この世界のことをまだよく知らないド素人だ。
だから彼らのように諦めた感情は持ち合わせていない。
ガエル・ワイズマンには言えなかったけど、こうなりゃやけくそだ。
「私達のことを替えのきく道具とか、好き放題言ってますけどね、魔族全員が団結して一斉に労働を放棄したら困るのはあなた達なんじゃないですか? そうなれば工場の稼働は停止します。魔導兵器は人間が暮らしていくためにも必要なもののはず。それらを作るために働いているんだから、私達魔族だって人間にとって必要な存在でしょう! それを道具だとか言われるのはあまりにも不愉快です!」
俺が叫ぶと、監視員の男は露骨に顔をゆがめた。
相手が苛立っているのが伝わってくる。
そうか、こうして思っていることをぶつけるのって、結構気持ちのいい物なんだな。今まではずっと我慢してきたから、こういう気持ちは初めてかもしれない。
「チッ、魔族風情が偉そうに。少しお灸をすえてやる必要があるみたいだな」
そう言って、監視員の男は懐から拳銃のような武器を取り出した。
あれは魔導武器の一つだ。他の生産ラインで造られているが、見たことがある。
「魔力を込めた空砲だ。急所以外にあたれば死にはしないだろうが激痛で床をのたうち回ることになるだろう。クック、人間様に逆らうとどうなるかみっちりと教えてやる」
銃口が俺の方へと向けられる。そしてあの監視員の顔、これは躊躇なく引き金を引くな。
……クソ、やっぱりこうなるのか。
勇気をもって言葉にしても、力がなければ、能力がなければ意味がない。
こうやって無理矢理に力でねじ伏せられるのがオチだ。
この世界でも俺は搾取される立場でいるのか。
悔しいけど、今の俺には何の力もない……。
「クロ助!」
「クロっち!」
叫ぶゼスさんとレベッカさん。
逃げ道はなく、どうしようもない。
痛みに耐えればいいんだろ。ムカついて叫び散らしたのは俺だ。
なら、俺がその報いを受けてやる。
「――――!」
そして、銃声が工場内に響き渡った。
俺は咄嗟に目を閉じていた。
だが、痛みがない。
恐る恐る目を開けると、俺の目の前でグエンさんが倒れいていた。
「ど、どうして……」
まさか、俺を庇って……。
「チッ、バカが。急に飛び出てくるから変なトコにあたっちまっただろうが……」
倒れているグエンさんはピクリとも動かない。
まさか、あたり所が悪かったのか?
元々老体で弱っていたし、もしや――
「グエンさん! 大丈夫ですか!?」
俺は咄嗟にグエンさんにかけよった。
しかし、グエンさんからの返事はない。
ゼスさんとレベッカさんもグエンさんに駆け寄ってきた。
皆で名前を呼ぶが、やはりグエンさんの反応はなかった。
口元に手を当てると、呼吸をしていないことがわかった。
グエンさんは死んでいる。脈もない。
「運が悪かったな。どうやら頭に直撃したらしい。死んじまったみたいだな、そのジジイ」
「――ッ!」
ゼスさんが勢い任せに監視員に飛び掛かろうとする。
しかし、レベッカさんがそれを止めた。
「どうして止めるんだレベッカ! あいつ、グエンのじーさんを撃ち殺しやがったんだぞ!」
「ダメよゼス! 落ち着いて! ここであの男に殴りかかっても何にもならないわ! アンタまで殺されるかもしれない!」
「知るかよそんなことは! クロ助だってあいつにガツンと言ってやったんだ! 俺も一発ぶん殴らねえと気が済まねえ!!」
「やめてゼス! お願いだからやめて……!」
我を忘れたゼスさんと、それを必死に止めようとするレベッカさん。
俺は、もしかしたらとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
言い返さなければよかった。言うだけなら簡単で心もスッキリする。だけど、その後のことをどうなるか、もっと考えるべきだった。
俺はバカだ。大バカ野郎だ。
俺のせいでグエンさんが死んでしまった。
俺が感情に任せてあんなことを言わなければ、こんなことにはならなかった。俺はなんてことをしてしまったんだ……。
「――何事かね」
と、何者かが新たに表れた。
声の主は見覚え上がった。ガエル・ワイズマンの傍にいたあの家臣だ。
確か名はセレスタンだったか。俺を助けようとしてくれた人だ。
「こ、これはモーリア大臣。どうしてこのような場所に……」
監視員が慌てて対応する。
こんな環境の悪い労働施設の中にお偉いさんが来ることは珍しいことなんだろう。
「そこの娘に用があってきたのだ。しかし、これはいったい何があった? その者は死んでおるのか?」
モーリア大臣付き添いの人間がグエンさんの脈を確認する。
付き添いの男は首を振り、
「亡くなっているようです」
「なんと……。キミ、事情をきいてもよいかな?」
そう言って、モーリア大臣は監視員の男に話を聞いた。
俺を撃とうとしたら庇って出てきたグエンさんに魔力空砲があたってしまったこと。怯えた様子で説明をしていた。
「……なんと愚かな。魔族と言えど、我らには必要な存在ぞ。それをそんなしょうもないことで撃ち殺すなど……。監視員とはいえ、やりすぎではないかね」
「で、ですが大臣……。私も初めから殺すつもりはなくてですね……。そこの小娘を躾けようと――」
「黙れ」
モーリア大臣の声が低くなる。
急に怒りが現れ、監視員も委縮してしまった。
「言い訳は後できこう。おい、彼を連れて行きなさい」
モーリア大臣の付き添いの男が、監視員の男を拘束する。
監視員の男は諦めているのか、抵抗はしなかった。
手際よくモーリア大臣の付き添いの男は拘束作業を完了し、工場から出ていった。
そして残されたのはモーリア大臣と俺達だけ。
まだ興奮しているゼスさんに、それをなだめ続けているレベッカさん。そして、半ば放心状態の俺。これからどうなるのか、皆目見当もつかない。グエンさんは死んでしまったし、この第5班は崩壊してしまうのだろうか。
「災難だったね。しかし、クロエくんには我が屋敷に来てもらう」
「え……?」
俺は顔を上げた。
屋敷に来てもらうとはどういうことだ?
もう、ここで働かなくていいのか?
「初めからそのつもりだったのだ。閣下の傍にはおいておけなかったが、私の屋敷ならば話は別だ。給仕に付添人、色々と仕事はある。君はまだ若い。私の屋敷で成長してから仕事を探すといいだろう」
「で、ですが……私だけ行くなんてことは……」
俺はどうしてもグエンさんを放っていくことが出来なかった。
それにゼスさんとレベッカさんも、短い間だったけど良くしてくれた仲間だ。そんな彼らをおいて俺だけ屋敷でのうのうと暮らすなんて出来ない。
「よかろう。ひとまずそこの老人は丁重に弔うとしよう。そこの2人もウチの屋敷で雇うと約束する。これでどうだね?」
「そ、それは……」
事態が急すぎて頭が追い付かない。
本当にこのモーリア大臣について行っていいのか。
でも、こんなところで労働するよりかはきっと2人も豊かに生活できるかもしれない。
「あの、モーリア大臣。申しわけないんですけど、少しだけ時間をくれませんか……? グエンさんのこともありますし、お二人にも話も聞かないと……」
俺がそう言うと、モーリア大臣は手を顎に当て逡巡する。
しかし、ややあってから口を開いた。
「ふむ。考える時間は必要、か。――では先に、そこの老人の弔いをするとしよう。それからゆっくりと考えるといい」
「……! ありがとうございます――!」
そうして、唐突だが俺は労働施設を後にすることになるのだった。