検証
翌日。
エヴリーヌさんは予定通り昼過ぎくらいに屋敷にやってきた。
いつも通りの白衣姿と相変わらずの目の下のクマである。
毎日の平均睡眠時間を聞いたらやばい回答を得られそうだ。
「ようこそお越しいただきました。エヴリーヌ様、魔道具の方は無事に完成されましたか?」
クロヴィスがエヴリーヌさんを案内しながら聞く。
「ああ。設計上問題はないはずだ。とはいうものの、やはり検証試験は必要だからね。ありがたく実験させてもらうよ」
「もちろんです。では、こちらに」
ひとまず客間に案内し、そこで実験をすることになった。
早速エヴリーヌさんは袋から腕輪のようなものを取り出した。
あれが例の魔導具か。見た目は普通の腕輪っぽい。
「これが装備者の魔力を抑えつける機能を持った魔導具、通称アブソーブリングさ。普段から装備していても違和感のないよう外見に多少気を使っているが、どうだろう?」
「確かに魔道具って言う割にはオシャレですね。はめていても恥ずかしくはなさそうです」
ファッションと呼ぶには少々無骨だが、逆にその飾り気のなさがオシャレ感を出しているというか。とにかくこれ1つ腕に装備していても変ではなさそうだ。
「では、早速始めようか。実験といってもその腕輪をつけるだけでいい。しっかりと計測装置も持ってきたからね。どの程度魔力を抑えられるのか、試してみようじゃないか」
言いながら、エヴリーヌさんは俺にアブソーブリングを渡してきた。
若干重いが、苦になる程ではないな。
「では、つけますね」
俺はアブソーブリングを右腕につけた。
その後、エヴリーヌさんが俺の腕に魔力測定器から伸びるコードを取り付けた。これで俺の魔力がどの程度宿しているのか数値として表示されるはずだ。
「さ~て、準備は完了した。計測開始だ」
エヴリーヌさんが魔力測定器のスイッチを押した。
すると、ゲージの針が左右に小刻みに動き出した。モニターにもデジタルで数値が変動している。
しばらく見守っていると、ピーという音と共に計測が中断した。
数値も安定していないし、デジタル表記の方は変な文字が出ている。
「む……。測定エラーか。もう一度試してみよう」
そう言って、エヴリーヌさんは測定器をリセットしてから再度測定を開始した。しかし、結果は先ほどと同じくエラーが表示された。
「むむ、変だな。壊れてはいないはずだがどうしてエラーが出るのか。もしかして、魔導具が装置に干渉しているのか……?」
画面を見ながら、エヴリーヌさんは首を傾げている。
しかし、これでは検査結果が不明でどちらにしても冒険者の資格を手に入れられないかもしれない。
「仕方ない。一度アブソーブリングを外してから測定してみようか。まあ、測定器は壊れていないと思うのだが……」
「物は試しですね。わかりました」
俺はアブソーブリングを外し机に置いた。
そして、何も装備していない俺の腕にエヴリーヌさんは再度コードを張り付ける。
「よし。じゃあもう一度だ」
言って、エヴリーヌさんは魔力測定器の始動ボタンを押した。
すると、今度はエラー音ではなく測定器のファンが異常に回り始めた。
アナログ表記の針は荒ぶって、デジタル表記のディスプレイはなんかバグっていた。そして挙句の果てにはボンという音をたてて完全に沈黙してしまった。
「…………なるほど」
エヴリーヌさんはは魔力測定器を観察し、何やら一人で納得しているようであった。
「一応確認だが、クロエ君、魔力を込めたりはしていないかい?」
「は、はい。特に何もしないで自然体のつもりでしたが……」
「だろうね。ということは、だ。恐らくクロエ君の魔力量が膨大過ぎて測定器がオーバーヒートしてしまったんだろう。一回目の実験はアブソーブリングをつけていたからなんとか壊れずに済んだが、二回目は素の状態だったために機械がもたなかったんだろうね」
「そ、それじゃあ私のせいで測定器が……。す、すみませんでした……」
「はっはっは、キミが謝ることじゃないよ。私がクロエ君の魔力を見誤っていたのが原因さ。常人よりかは遥かに多いだろうと踏んで実験を願い出たが、私の想像を優に超えていたようだ。となると、リングのパワーを上げなければならないな。もしくは装備する量を増やすかだが……」
エヴリーヌさんは腕組みをして思考する。
魔神の魔力はいったいどれくらいの量があるのだろうか。正直な話、いくら魔術を行使しても息切れする感じがしない。まさか無限とは言わないだろうから、限界はどこかにあるはずだが未だ見えてこない。
だが、これ以上エヴリーヌさんを付き合わせるのも気が引ける。
魔力測定の関門を、どう突破するべきかまた考えなくてはならないな。
などと、俺が考えていると、エヴリーヌさんが口を開いた。
「すまないがクロエ君、少し時間をくれないか? アブソーブリングを改良し、装備の数も増やしたい。どうにか君の魔力を測定範囲内に収めるよう私も尽力しよう」
「い、いいんですか? エヴリーヌさんにこれ以上迷惑をかけるわけには……」
「何を言っているんだいクロエ君。これは私からお願いしたことだよ。それにウィンウィンだと言ったろう? 私にもちゃんと利があるのさ。なにより、キミという存在をもっと知ることにも繋がるからね。魔神という種は私にとっても興味の対象なんだ。1週間もかけて儀式を成功させたんだから、それくらいの報酬を私がもらっても罰は当たらないと思うのだがね」
「そ、そういうことでしたら……。協力、お願いします」
「ああ。任せてくれたまえよ。シャルダンの名に懸けてキミの魔力を平均値内に収めることを約束しよう。では、また近いうちに顔を出すよ」
そう言って、エヴリーヌさんは荷物を片し始めた。
クロヴィスも作業を手伝い、測定器をケースに収め終えた。
「クロエ様のためにお力を貸していただけること、私からも感謝を。禁断魔術の件といい、エヴリーヌ様には借りを作ってばかりですね」
「はは、気にするな。好きでやっていることだよ。ああそれと、見送りは不要だ」
そう言って、エヴリーヌさんは屋敷から去っていった。