冒険者ギルド
エルドラの街で昼食を済ませた俺達は、冒険者ギルドへとやってきていた。さすがに冒険者ギルドだけあって亜種族の方達もちらほらとみかける。獣耳が生えていたりとか体格が明らかに人間とは異なる人とか耳がちょっと長いとか尻尾が生えているとか様々だ。
やはりというべきか、ヨルムンガンドはキョロキョロと辺りを見回して傍から見れば不審者のようだ。目立つ体躯をしているので、さらに注目を浴びている気がしてならない。
「ここには色んな人間がいるのだなクロエよ! さすがは冒険者が集う場所! それで、ここにぬしの捜し人がいるのだろう?」
「ええ。目立つ紫髪の持ち主なので、居れば一目で判りそうですが――」
そう言いながら、俺はギルド内を見回すがそれらしい人物はいない。
まあ、ずっとこの場所にいるというわけでもないだろうからしょうがないか。エルドラに滞在しているという事実がわかればそれだけでも収穫だ。
「クロエ様。受付に行ってエルドラで活動している冒険者の名簿を拝見させてもらいましょう」
「そうですね。ひとまずそうしましょうか」
というわけで、受付に向かう。
カウンターには、1人の女性が立っていた。肩まで伸ばした黒髪を奇麗に切りそろえており、体格も平均的。服もギルドの制服で、なんというか、ザ・受付嬢という身なりである。
この世界でも、冒険者ギルドとはかくあるものなんだな。
イメージ通りでありがたい。
「すみません。エルドラで活動している冒険者の名簿を見せて欲しいのですが――」
「あら、可愛らしい依頼者さんですね。いいですよ、ちょーっと待ってくださいね~」
受付のお姉さんは後ろの棚から名簿を取り出し、カウンターに並べた。
「はい、どうぞ。冒険者ランクも記載されているので、参考にしてくださいね」
「ありがとうございます」
俺は名簿を1冊手に取り、ヴェロニカさんの名前を探す。
クロヴィスも他の名簿を確認してくれている。
そして、さーっと目を通していると、すぐにヴェロニカさんの名前を見つけた。
ヴェロニカ・シュトルンツ。冒険者ランクはDとある。
さすがに力を失っている状態ではランクも低いようだ。
「早速見つけたようですね。となると、あとはヴェロニカ様本人を見つけるだけですが、ギルドにいないとなると活動中の可能性もありますが――」
と、クロヴィスが喋っている途中で後ろから気になる会話が聞こえてきた。
「――おいおい嬢ちゃんよぉ、魔族の分際で冒険者気取りたぁ良い度胸じゃねえの」
振り返ると、ガラの悪そうな男がフードを目深に被った人に絡んでいるところだった。どうやらフードの人は依頼の掲示板を眺めているようだが……こちらからでは顔までは確認できない。
「顔を隠してたってわかるぜ? その妖しい赤眼は隠しようがねえもんなぁ?」
「…………」
絡まれているにも関わらず、フードの人は無視を決め込んでいる。
ああいう手合いに慣れているんだろう。微動だにせずに掲示板を吟味しているようだ。
「おいおい、無視すんのか? 人間様が声かけてやってんのに生意気な野郎だな……!」
しびれを切らした男が、フードの人を掴んだ。
しかしその直後、その男は一瞬で転倒していた。
フードの人が体術で軽くあしらったのだ。
「いってぇ! てめ、なにすんだコラ――!」
「……チッ! ――アタシに、触れんな!」
ガラの悪い男が再度掴みかかろうとするが、結果は空しく同じ結末であった。二度も転ばされ、さすがの男も呆気に取られている。
周りの連中もそれをみてはやし立てる。
他の冒険者たちから注目の的になってしまったのが嫌だったのか、フードの人はその場から立ち去ろうとした。が、すぐにガラの悪い男が性懲りもなくフードの人の服を掴んだ。
「待てやテメェ……、魔族のクセに人間様に恥かかせやがって、ただで済むと思うなよ」
ガラの悪い男がドスのきいた声でフードの人を脅す。
さらに最悪な事に、男の仲間らしき連中が2人集まってきた。
「加勢が必要のようだな」
「ケケケ、旦那も物好きですねェ」
「アンタら……っ」
さすがに多勢に無勢か、フードの人にも焦りが見える。
受付のお姉さんも頭を抱えてはいるが、すぐに止めに入るって感じじゃなさそうだ。というより、女性1人じゃどうしようもないか。
「ああもう! いるのよね、ああいうタチの悪い冒険者……!。周りも盛り上がっちゃってるし、困ったわ……。私1人じゃ止められないし……」
はぁ、とため息をつく受付のお姉さん。
これが人間同士の争いなら俺も見て見ぬ振りが出来たが、フードの人はどうやら魔族らしいからな。同胞の危機ならば、ここはちょっと武力介入せざるを得ない。
「――なら、私が止めてきますね」
俺は受付のお姉さんにそう言って、何食わぬ顔で騒ぎの起こっている方へ向かおうとした。
「ちょちょちょお嬢ちゃん!? 巻き込まれたら危ないわよ!? それにとめるっていったって相手は大人の男よ!?」
騒ぎの方へ向かおうとして俺を、受付のお姉さんが引き留めてきた。
まあ確かに、見た目はこんななので心配されるのは御尤もだが――。
「フフ、大丈夫ですよ。クロエ様はただのお嬢ちゃんではありませんので」
俺の代わりにすかさずクロヴィスがフォローを入れてくれた。
さすがはクロヴィスだ。わかっている。
「クハハハ。あんなちんちくりんではクロエの相手にもならんわ。なんなら我が一ひねりしてきてもよいのだぞ?」
「それはやめてください」
俺はヨルムンガンドの提案を一蹴した。
さすがに物理で片づけるのはよろしくない。暴力反対である。
「そうか。まあ、我もあんな雑魚とやりあう趣味はないのでな。任せたぞクロエよ」
「わかってます」
先程も述べたがフードの人は魔族だ。なら、俺達の同類である。それだけでも争いに介入する理由にはなるはずだ。
「――さーて、これで逃げれんねえなぁ? 体格差のあるな男たちに取り押さえられたら、いくら身のこなしが軽かろうとどうすることもできねえだろ。クク、手始めにその陰気臭いフードの中身を拝んでやるとするか……」
と、柄の悪い男がフードを掴もうとした。
その直後、俺は【不可視の茨】の極小版を発動し、男の身体をからめとった。その結果、男の動きは止まりプルプルと震えだす。
「な、なんだこれは……! 身体が動かねぇ……!」
「こっちもだ……! どうなってやがる……!」
始めに因縁つけてた男に加え、フードの女性を取り押さえていた仲間2人にも術を施しておいた。目には見えないので、相手は急に体が動かなくなって焦っているようだ。ここまでは計画通りである。
「な、なにが起こったの……? でも、今なら――!」
屈強な男達の拘束を抜けたフードの女性が、すかさずその場を離脱した。
軽い身のこなしで騒ぎの渦から逃げ出すフードの女性。その瞬間、俺と一瞬目が合った。
「――!」
明らかに俺の顔を見て驚いているような反応をしたが、すぐに視線を外して逃げていった。
あの感じ、まさか……。
「くそ……! いったい何だってんだ!?」
未だに何が起こっているか判らないガラの悪い冒険者たち。
フードの女性も逃げ切ったし、そろそろ解放してやるか。
俺は術を解き、彼らを自由にした。
「うお! き、急に動けるようになった……? いったい、どこのどいつが邪魔しやがったんだ――」
言いながら、男達は冒険者ギルド内を見渡し始める。
そして、俺の方を見て、視線が止まった。
「おい、そこのガキ。その片目の赤色、お前も魔族だな」
言いながら、男は俺の方へと歩いてくる。
魔族っぽいだけで因縁つけてくるとは、いかにも三下がやりそうな行いだなぁ。
「魔族を助けるってことは同じ魔族の可能性が高いよなぁ? ちょっとツラ貸してもらおうか――!」
と、男が容赦なく俺の胸ぐらをつかもうと手を伸ばした瞬間――
「申し訳ございません。その小汚い手でクロエ様に触れるのはどうかご容赦願いたいのですが――」
クロヴィスが男の手首を瞬時に掴んだ。
しかも、なんかメキメキと危ない音をたてている。
これは相当な力が入っているな……。いつも通りの表情だがなんだか怒っているようだ。それに、少しでも加減を間違えれば、男の手が折れるだろう。
「な、なんだテメェは……! 離しやがれ……!」
「そういうわけにはまいりません。ですので一つ取引をしましょう。私が手を離す代わりに、あなたはクロエ様に一切手を出さない。条件を飲んでいただけるのであればすぐにでも解放いたしますよ」
「チィ……! お前もよく見たら普通の人間じゃねえな!? 魔族と田舎者の亜人風情が舐めやがって……ッ。オイ、オマエら!」
男は仲間に指示を出した。
仲間達はクロヴィスへ向かい、その手を離させようとするが……。
「立場をわかっておらぬのは貴様たちのようだな。あまり我を怒らせない方がよいぞ? お前たちがどうなるかわからんからな」
今度はヨルムンガンドがその大きな手で2人の男の頭を鷲掴んだ。
見た目の圧からか、仲間の2人は顔が青ざめ始めている。
「ひ、ひぃ……! なんだこいつ……っ。身体がでけぇ……!」
「それになんて力だ……っ。身体がびくりとも動かねぇぞ……!」
「く……ッ。そいつもお前らの仲間だってのか……!?」
「ええ。それで、どうされますか?」
男は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、舌打ちした。
苛立ちと悔しさから、歯ぎしりをしている。
だが、圧倒的な力量の差を見せつけられ、男は諦めたかのようにがっくりと頭を下げた。
「わ、わかったよ……。その魔族のガキには手を出さねえ。これでいいんだろ」
「聞き分けの良い方で助かりました。私もあまり人を殺めたりしたくはないですからね」
「ひ……っ」
クロヴィスが笑顔でそう言うと、男たちは顔面蒼白になって逃げ去っていった。
しばらくギルド内はざわついていたが、すぐに戻った。
変に目立ちたくはないので、一安心だ。
「……す、すごいのねあなたたち! あいつらの動きを止めてたのってやっぱりあなたの魔術よね!? いや~、あの連中ギルドでやりたい放題やってたから迷惑してたのよ。追っ払ってくれて助かるわ~!」
わざわざカウンターの内側から出てきて、受付のお姉さんは俺の手を握ってブンブンしてきた。
「い、いえ、私は何も……」
「謙遜しなくていいのよ! 見た目に反して強い魔族もいるものなのねぇ~! 認識を改めなきゃって思ったわ! にしても近くで見ると本当に可愛いのね~! もしよければ、頭撫でてもいいかしら?」
「頭ですか……? えっと、少しだけなら、いいですけど……」
「やったー! ありがとー! よしよしよし~!」
やけにテンションが高い受付のお姉さんに絡まれ続けること数分。
ようやく解放されたのは、フードの女性が逃げ去ってから結構な時間が経ってからだった。