VSガエル・ワイズマン
試合も残すところあと一戦になった。
最後はエルドラ領領主であるガエル・ワイズマンとの試合だ。まさかこんな展開になるとは思いもよらなかったが、やるからには相手を見極めるように努力はしてみようと思う。
ガエルと対峙し、観察する。
大きな体躯に黒い短髪、隆起した筋肉は長年の鍛錬の賜物だろう。
貴族でありながら自らを鍛えてきたのは、周りから舐められないようにそるためだろうか。立場に甘えて過ごしてきたというわけではなさそうだ。
「では、お二方、準備はよろしいですか?」
クロヴィスの問いかけに俺とガエルは頷いた。
「それでは、始め――!」
クロヴィスの合図で、ガエルとの模擬戦が始まった。
相手の得物は無難に剣だ。カイウスと違い、細身の至って普通の長さの剣である。
俺も魔力の刃を抜き、対峙する。
少しの間、向かい合って緊張が走るが――
「ゆくぞ……」
ガエルは上段に剣を構え、俺に向かって肉薄してきた。
俺は咄嗟に背後に飛び退く。
想像以上に踏み込みが早い。領主だからと鍛錬を怠っているわけではないのは間違いなさそうだ。
「我の攻撃を難なく避けるか。さすがの反応スピードだ。あの時とはやはり別人か」
「言っても信じられないでしょうが、私は精神世界でとても長い時間鍛錬をしてきました。魔神として肉体も覚醒していますので、あの時の私と思わない方がいいですよ」
「フン、前の試合を見てそのくらい理解しておるわ。さあ、もう一度だ」
言って、ガエルは剣を構え襲い掛かってきた。
魔力の刃では実体剣は受け止めきれない。故に、もう一度回避しようとしたが……。
「速い……っ!?」
さっきの攻撃よりもスピードが上がっている。
予想を上回る速度で踏み込んできたので、回避が一瞬遅れてしまった。
「…………」
ぱらぱらぱらと俺の前髪が少量だが宙を舞う。
多少は油断していたとはいえ、髪の毛だけだが、自分が斬られたことに驚きを隠せない。
「どうした、次は掠めるだけではすまんぞ」
「……そうみたいですね」
応えつつ、俺は魔力の刃を消滅させる。
どうやら相手は一流の武芸者のようだ。
毎日鍛錬をし続けている者の太刀筋なのは間違いないだろう。
故に、純粋に興味が湧いた。
ガエル・ワイズマンという男が、どれくらいの腕なのか。
そして、彼の本当の姿を知りたいと思った。
剣で打ち合えば、少しはわかるだろうか。
そう思い、俺は異空間から刀を引き抜いた。
オレリアさんとの戦いで用いた【黒曜丸】ではない。あれは切れ味が鋭すぎてガエルの剣ごと両断しかねないので、今回使うのはただの刀だ。
「何もない所から刀を抜くとは、不可思議な術を使う。さすがは魔神といったところか。だが――」
再度ガエルが真正面から突っ込んできた。
やはり先ほどよりも踏み込みが早くなっている。
俺という存在を見極めるかのように、段階を踏んで速度を上げているのか。
ギィン――
刃と刃がぶつかり合う音が鳴り響く。
「……今度は受け止めたか」
「ええ。そもそも、魔力の刃では実体のあるその剣を受け止めることはできませんから。物理的に受け止められる刀を持った今、あなたがいくら踏み込みを速くしようと、私にその剣が届くことはありませんよ」
「抜かしおる。ならば、物は試しというもの。もう一度行くぞ――」
そうして、再度ガエルの剣を受け止める。
真っすぐな剣だと思った。何を考え、何を想い剣を振るっているのか。
領主として街を守るために鍛え上げたのだろうか。
それとも、もっと他の何かを守るために――。
考えながら、俺はガエルの剣を受け止め続ける。
しかし、どうして守るための剣だと思ったのだろう。何かを壊すための剣の可能性もあるというのに、そっちは一切考えなかった。この一撃一撃に込められた想いがそうさせるのだろうか。
「魔術に長けただけの存在というわけではないようだな。我の剣を軽々と受け止め、呼吸一つ乱しておらぬか。魔神とは、ベレニスの言う通りとてつもなく強大な種のようだ。これなら――」
ガエルはそこまで言って、その後を続けることはなかった。
そして、自身の剣を鞘に納めた。
「ともかく、これ以上は時間の無駄のようだ。残念ながら我の負けだな。クロエの言う通りこれ以上やっても我の剣がそなたに届くことはないだろう」
「理解してもらえたようでなによりです。ですが、どうしてこんなことをしに? 領主自ら赴く必要はあったんですか?」
「我が直接確認しなければ意味がないのだ。魔神という存在に対する、興味もあったことなのでな。これほどまでの実力者ならば、ヨルムンガンドを退けたというのも頷ける。もしかすると、帝国の七武人も貴様の相手にならぬかもしれんな」
と、ガエルが言うと、その後ろからカイウスが、
「それはさすがに言い過ぎですよガエル様! 大陸最強を誇る武人たちですよ? それがこんな小娘に負けるとは到底思えないですって!」
「カイウスよ。戦ってみてクロエの底の知れなさを感じなかったのか? それが判らぬのであればまだまだ三流ぞ」
「確かに俺は手も足も出なかったですけど……」
「はっはっは、カイウスくんはまだ若いからねぇ。勢いでモノを言うのも若い者に許された特権さ」
「いやいやいや、若いって言いますけどエヴリーヌさんも年齢は俺と大して変わらないっすよね?」
「ん? そう見えるかい? ならばやはりキミはまだまだ若いねぇ。あっはっは」
愉快に笑うエヴリーヌさんに、納得のいかなそうな視線を向けるカイウスくん。でも確かに、エヴリーヌさんはまだまだ全然若く見える。20代くらいだと思うんだけど、違うのだろうか。
「――してクロエよ。そなたはこれからどうするつもりなのだ? 魔神として、クロエという魂としてどのようにこの世界で生きる?」
唐突に、ガエルが尋ねてきた。
「私は――」
先代黒の魔神であるエリーゼさんの意思を継ぐ。
それは当然のことだが、俺自身はどう思っているのだろう。
実際にこうして問われてみて、言葉に詰まってしまった。
この男に、先代のことを説明しても意味がないだろうな。
なら、魔神としての生きざまに加えてクロエとしてこれからどうしていくのかを、言葉にした方がいい。
「魔神としてはもちろん、魔族達のためにこの世界に在るつもりです。ですが、それ以前に私は私のことを想ってくれる仲間達のために在り続けたい。種族なんか関係なく、この力と時間はその人たちのために使いたいと考えています」
「……なるほどな。正直なところ、上に立つ者としては甘い考えだが――」
言って、少しだけだがガエルは破顔した。
「我もその気持ちには同意する。領主としては、間違っているかもしれないがな。だが、そなたの思想、嫌いではないぞ」
偉そうにそんなことを俺に言い放ち、ガエルは踵を返した。
もう用は済んだとばかりの行動である。
「それで、満足はしていただけましたか?」
「ああ。我らに付き合ってもらったこと、感謝する。それと……その力を正しきことへ使うことを祈っている」
最後まで偉そうな態度で、ガエルは仲間を連れ去っていった。
しかし、彼の真意は見抜けなかった。
わかったのは、どうやら根っからのクソ野郎ではなかったということくらいか。剣を受け止めて、ガエルの誠意が少しは見えた気がする。
「お疲れさまでした、クロエ様。見送りの方は私の方でしておきますので、今はお休みください」
「ありがとうございます、クロヴィス。言うまでもないと思いますが、一応相手は領主ですから失礼のないようにお願いしますね」
「ええ、お任せください」
一礼して、クロヴィスは去っていくガエル達の元へ向かった。
「――さすがでございました、クロエ様。ですが、クロエ様はあの者に追放され工場に来たと聞きます。本当にあれでよろしかったので?」
俺に声をかけてきたのはグエンさんだった。
追放のことを話していたので、心配してくれたのだろう。
「はい、色々と思うところもありますけど、別に悪い人ってわけでもなさそうですし。それに、向こうにはベレニスさんもいますからね。仕返しをする気はありませんよ」
「クロエ様が納得されておるのであれば、ワシはなにも言うますまい。差し出がましいことを言ってしまいましたな」
「いえ、グエンさんなりの気遣いだということは理解しているので大丈夫ですよ」
「痛み入りますじゃ」
グエンさんもまた一礼して離れていった。
だがまあ、グエンさんの言う通り、最初は仕返ししてやろうと思ったのも事実。
だけど、やめた。ガエルもまた、色んなものを背負っているのだとわかった。立場があり、そうせざるを得なかったのだと。今はそういうことにしておこう。それに、やられたからやり返すのでは、みっともないしな。