VSエヴリーヌ・シャルダン
「――次の試合に移る前に……クロエ様、インターバルは必要ですか?」
クロヴィスは俺のことを気遣って尋ねてきた。
しかし俺は首を振った。
「いりません。すぐに次の試合を始めましょう」
魔力も体力も気力も全て万全である。
休憩は必要ない。
「次は私の番だね。ええっと、クロエ君だったか。禁断魔術によって定着させたその魂、非常に興味があるんだ。よければ色々と話を聞かせて欲しいのだけどどうだろう?」
「え、えっと、試合は……」
俺がそう言うと、目の前の白衣の女性は思い出したかのように柏手を打った。
「っと、そうだった。まずは試合からだったね。でも、私は魔術師だからこうやって面と向かっての試合というのは苦手なんだ。だからやり方を変えて、私の魔術をクロエ君が受けきることが出来たらそちらの勝利というのはどうだい?」
「私はそれでいいですけど――」
俺がガエルの方を見ると、
「エヴリーヌがそう言うのであれば我も構わぬ。それとエヴリーヌよ、まずはクロエに自己紹介をするがいい」
「フフ、そうだったね。私の名はエヴリーヌ・シャルダン。エルドラの魔術師団の団長を務めていたり、魔導兵器の開発や調整に携わったりしている者だ。ああ、キミをこの世界に転生させた例の禁断魔術も、私が主導で行ったのだよ。部下たちの魔力も総動員して取り組んだのに、儀式のせいで魔力を持っていかれて一月くらい眠ってしまったがね」
「そ、そうだったんですか……。それはなんといいますか……ありがとうございます……?」
俺がそう言うと、エヴリーヌさんは苦笑いした。
しかし、急に新しい事実が発覚したな……。
俺をこの世界に呼ぶために行われた禁断魔術だが、魔族達では魔力不足で行えなかった。だから人間達の手を借りたって話だったがまさかこの人が実際に行った張本人だったとは。
にしたって、一ヶ月も寝ていたってのはすごいな。
それだけ禁断魔術には魔力が必要だったんだろうけど。
「エルドラの魔術師部隊を支えておるのは彼女だ。実力は折り紙付きだぞ」
「そう持ち上げないで欲しいねガエル王。私は大した魔術師ではないよ。なにせ、引きこもって研究している方が性に合っているくらいだからねぇ」
言いつつ、エヴリーヌさんは俺の正面に立った。
その手には、杖が握られている。だが、普通の杖ではない。メカメカしい杖で、明らかに特製だ。
「こいつは魔導ワンドって代物でね。通常の杖の何倍も出力を高めてくれる優れものさ」
「魔導ワンド……見たことのない魔導武具ですね」
「こいつは私のオリジナルだからねぇ。この造形美、素晴らしいだろう? 一応今後量産視野に入れた品でね。私のお気に入りさ」
「量産出来るのであれば、魔導士部隊の戦力増強には欠かせない武器になりそうですね」
「いつかは帝国の魔術師部隊に配備されるかもしれないねぇ。まあ、そこら辺の事情は私にとってどうでもいいんだがね。――そこの審判の……ええと、クロヴィスくんとやら。魔術の発動タイミングは私の自由でいいかい?」
「ええ。構いませんよ」
「承知した。では――」
エヴリーヌさんが魔力を練り上げ始めた。ゆらゆらと彼女の白衣が揺れる。
魔導ワンドにエヴリーヌさんの魔力が注入されているかのようだ。見ただけで判る、あれはかなりヤバイ威力かもしれないな。
「――スゥ……」
チャージに時間がかかるのか、エヴリーヌさんは魔力を込め続けている。
魔力攻撃ならば、【ネビュラ・ホール】で吸収してしまうのも手だが、受けきるという条件ならルール違反になるだろう。となると、俺はシールドで受けきらなければならないということだ。というわけで、こちらもシールド用の魔力を練っておくとしよう。
「なあレベッカ。あの魔力、やばくねえか。なんというか、空間が歪んでいるようにも見えるんだが……」
「やばいのは見たらわかるわよ。クロっちは今集中してるんだから静かにしてなさいって」
「そ、そうだよな。クロ助が受け止めきれなかったら俺らにあの魔力が飛んでくるわけだもんな」
「そうよ。だから今は信じて見守るの」
背後からゼスさんとレベッカさんの会話が聞こえてくる。
俺が攻撃を受けそこなったら後ろにいるゼスさん達が危ない。
念には念を入れておこう。
「これくらいなら……」
俺は魔力で生成したシールドを展開した。
そこそこの厚さだ。これで並大抵の魔術なら防げるはず。
と思ったが、若干怖いのでもう一枚内側に張っておこう。
「さあ、クロエ君。いくよ――!」
エヴリーヌさんから、高出力の魔力弾が放出される。
属性付与もない、ただの魔力弾だ。だが、その威力は俺の想像を遥かに超えたものだった。
俺の魔力シールドとエヴリーヌさんの魔力弾がぶつかり合う。
ゴォオォォォォォという激しい音をたて、シールドを食い破ろうと魔術が襲い掛かる。
「く……っ!」
すぐさまシールドの強度を再調整する。
今はまだ大丈夫だが、エヴリーヌさんの魔力が尽きるまで耐えれる保証はない。事前に手を加えておいた方が良いと判断した。
にしてもなんて威力だ。高位魔術でもないただの魔力弾だよな。純粋に魔力量が尋常じゃないのか、魔力の質が高いのかわからないが、この一撃だけでエヴリーヌさんが魔術師としてかなりの腕だというのが伺える。
「ははは! 本当に凄いな魔神というのは! 私の特製魔力弾を防ぎ続けるとはねぇ! でも、これならどうだい!?」
エヴリーヌさんの魔導ワンドから、さらに分裂した魔力弾が放たれた。
さすがにこれ以上の耐久は厳しいか。というか、このままだと他の人にも被害が及ぶかもしれないぞ……。
「仕方ない……!」
俺はシールドの範囲を広げ、厚さも増強した。
だが、じりじりと後ろへ後退させられる。
やはり受け止めるというのは吸収するよりも大変だ。
そもそも、エヴリーヌさんの魔力量はどうなっているのか。普通の人間の要領を遥かに凌駕しているようにしか見えないぞ。
「これは驚いたよ……! これだけの魔術を防ぎ続けるとはね! これを使う予定はなかったが、試してみようか――!」
「……っ!?」
さらにエヴリーヌさんの魔導ワンドが変形する。
頭の部分が開き、中から宝石のような核が出現した。
さらに、白衣の裏側から魔導ワンドの末端にケーブルのようなものが伸びる。いったい何と繋がったというのか。嫌な予感しかしない。
「あははは! 予備のタンクを持ってきておいてよかったよ! その名の通りこれは私の魔力を貯蓄して貯めておいたものでね! さあ、ここからが本当の力比べだよ!」
「う……っ。さすがにこれ以上はマズイですね……っ」
このままシールドだけで耐え続けるのは厳しいか。
魔力もタンクから供給されているのであれば、まだまだ魔術は打ち尽くさないだろう。
「オイオイオイ! やっぱりやべえんじゃねえのか!?」
「た、確かにあの威力はマズイかもしれないわね……。でもクロっちなら大丈夫よ……!」
「うむ。クロエ様ならば問題なかろう」
エヴリーヌさんの魔力弾はどんどんと威力を増していく。
俺の魔力量的にまだ余裕はあるが、この威力の魔術を防ぐために広範囲にシールドを生成し続けるのは分が悪い。完全に防ぎきるなら、もう一段階上位の魔力シールドを展開する必要がありそうだ。
「さすがにこの攻撃を防ぎながら上位の魔力シールドを広範囲に生成するのは骨が折れますね……!」
威力と範囲を兼ね備えた魔力弾なので、シールドの強度はどうしても薄くなってしまう。かといって、シールドの範囲を狭めれば受け止めきれずに後ろにいる仲間達にも被害が及んでしまうだろう。
にしても、例の魔導ギガントから放たれたあのビーム砲よりも威力が高いな。一個人がぶっ放していい魔力弾の火力じゃないぞ。あの魔導ワンドが凄いのか、エヴリーヌさん自身が凄いのか知らないが、こんな隠し玉があるのならエルドラの防衛は安泰じゃなかろうか。
「……あ。しまった」
と、唐突にエヴリーヌさんが間抜けた声を上げた。
その直後、魔導ワンドの核が妖しい光を放ち始める。
なんというか、やはりというべきか嫌な予感しかしないんだが……。
「はっはっは! クロエ君、すまない。魔導ワンドが暴走を始めてしまったようだ。このままでは出力の制御が出来ないから私の魔力が尽き果てるまで魔力弾を放出し続けてしまうだろう。いやぁ、困った困った」
「そ、それって大丈夫なんですか――!」
「このままキミが防ぎ続けることが出来れば他に被害は出ないだろうが――。私は魔力が尽きて死ぬだろうねぇ。あっはっは」
「笑ってる場合じゃないでしょう!?」
くそ、なんて人だ。研究者というのは頭のおかしいやつばかりなのか。
ええい、とにかく早くあの魔導ワンドを破壊しないと手遅れになるぞ。
「クロエ様。こうなっては試合どころではありませんね。シールドの維持は私が代わりますので、あちらはお願いします」
と、クロヴィスが俺の元に現れて言った。
「わかりました! 少しの間お願いします――!」
魔力シールドの維持をクロヴィスに託し、俺は魔導ワンド目掛けて【ネビュラ・ホール】を大量に召喚した。これでシールドにかかる負荷は消え去ったが、これではエヴリーヌさんの魔力を空っぽにしてしまう。
「仕方ありませんね――!」
こうなったら黒曜丸で一刀両断にするしかない。
光速の抜き身で一瞬で破壊する――。
と思った矢先――
「フゥン!!」
「――な!?」
ガエルが魔力弾をもろともせずに魔導ワンドを叩き切った。
そのおかげで魔導ワンドは破壊され、魔力弾の放出も終わったが……。
「ガエル王……何故……」
「馬鹿者。優秀な部下を失うわけにはいかん。それと、その魔導ワンドの実用化は保留だ。魔力の暴走で兵達を失うわけにはいかぬからな」
「……そうだね。実験は失敗みたいだ」
言いつつ、エヴリーヌさんは砕けた魔導ワンドを手放した。
そして、こちらにやってくる。
「クロエ君もすまなかった。何を隠そうこの魔導ワンドはまだ試作機でね。まあ、こういう不具合も想定の内だったんだが、考えが甘かったようだ。さすがに魔力タンクまで持ち出したのはやりすぎだった。どうやら魔力の処理が追い付かなかったらしい」
「いえ……。ですが彼は大丈夫なんでしょうか」
一瞬だが、もろに腕に魔力弾を浴びていたんだが。
「ああ見えてガエル王は頑丈なのさ。といっても、腕のダメージは相当のものだろう。一瞬といえど、あの高威力の魔力弾に手を突っ込んだのだから」
「でしょうね。見たところ、痛がる素振りはなさそうですけど……」
「あればっかりは彼の性格だからなんとも言えないねぇ。私に心配をかけまいとしているんだろう。我慢強いとはいえ、本当になんというか、呆れた精神だ」
言いつつ、エヴリーヌさんは肩を竦めた。
「案外仲間想いなんですね」
「ああ。頑固な性格じゃなければもっと可愛げもあっただろうが。まあ、あれがガエル王だから仕方がないさ。それじゃ――」
エヴリーヌさんと入れ替わりでガエルが俺の元にやってくる。
見たところ、武装が砕け腕が火傷したようになっている。めっちゃ痛そうだ。俺だったら悲鳴を上げている自信がある。
「エヴリーヌを救ってくれたことには礼を言う。さっきの黒い球体がなければ我でも手の出しようがなかった」
「いえ、それよりも腕は……」
「心配はいらん。このくらいの傷、屁でもないわ」
「それならいいんですが。それで、予定通り最後の試合は行いますか?」
「無論だ。そなたさえよければすぐにでも始めよう」
「……わかりました」
その傷で戦うとする意志は見上げたものだ。
部下のために自分が傷ついてでも助ける行い。
この姿こそ、ガエル・ワイズマンの本当の人間性なのかもしれないな。
首を絞められて追放された恨みはあるものの、それだけでこの男のことを見極めるには早いようだ。