来訪者
エルドラでの邪竜防衛戦から一ヶ月が経った。
あれから特に何か起きることもなく至って平和な毎日を送っていた。
そんなある日、ベレニスさんが屋敷に伝言を告げに来た。
内容は、ガエル・ワイズマンが俺と会いたいというものだった。
もちろん初めは悩んだが、ベレニスさんの頼みでもあったので承諾した。
そしてそれから数日後。約束の日がやってきた。
屋敷の外に高級そうなクルマが一台止まっている。
屋敷の二階から外の様子を眺めていると、クロヴィスが声をかけてきた。
「クロエ様。来たようですね」
「ええ。一応相手は貴族であり領主ですから失礼のないようにお出迎えをお願いします」
「かしこまりました。では、応接室の方へ通しておきましょう」
それだけ俺に告げ、クロヴィスは外へ出ていった。
しばらくしてから、クロヴィスが外に出ていく姿が見えた。
邸内から外の様子を盗み見しつつ、ガエル・ワイズマン達が屋敷の中に入ってくるのを確認する。
いつかはまた相まみえるかもと思っていたが、予想よりも早かったな。
ちょっぴり緊張するけど、魔神として恥ずかしくない対応をしなければ。
「さっき扉の音がしたぞ。誰か屋敷に来たようだが……クロエよ、誰なのだ?」
と、唐突に背後から声をかけてきたのはヨルムンガンドであった。
屋敷にやってきたのはキミが襲っていた街の領主だよ、って言ってあげたかったが、こいつの性格上、特に気にすることもないだろうな……。
というわけで、普通に答えるとしよう。
「エルドラの領主ですよ。ギルンブルク帝国の貴族、ガエル・ワイズマンです」
「ほお! 領主ということはこの街の王様か! 我も会いたいぞ!」
しまったと、言ってから気づいた。
キラキラした目でそんなことを言うもんだから、どうしたものかと悩む俺。
このヨルムンガンドという男がガエル・ワイズマンと邂逅したら、面倒なことになる予感しかしない。邪竜の王ってバレたら報復されても文句は言えないからな。子分の邪竜達がエルドラの一部を壊滅させてるわけだし……。
「ヨルムンガンド、今回は遠慮してくれませんか。あなたとガエルが会うと厄介なことになりかねないので」
「何故だ? 初めて会うというのに厄介なことになるのか?」
首を捻るヨルムンガンドくん。
マジで自覚ないんだなこの男は。直接じゃないにしても、自分の子分達がエルドラに大打撃を与えたって一ミリも理解してない。
「なんというか、その……」
「む、ハッキリ言わんか。何故厄介なことになるのだ」
「ええとですね……」
この頭お花畑になんて説明したらいいだろうか。
困った。俺がどう言おうが駄々をこねる未来しか見えない。
と、俺が頭を悩ませていると、
「おい、ヨルムンガンド。クロエを困らせるな」
丁度いいタイミングでオレリアさんが現れた。
今では血の影響も落ち着いたのか、元々の銀髪に黒炎ノ王の影響で真紅色のが混ざっている。銀に赤のメッシュが入っているみたいでこれはこれで奇麗だ。
「オレリアさん。朝の鍛錬から戻ってきてたんですね」
「ああ。一段落したから休憩がてらな。それはそうとヨルムンガンド。いつもクロエに迷惑をかけている自覚があるのか?」
「む……。別に我だって毎回クロエを困らせてるわけじゃないぞ。今回はただこの街の王に会いたいって言っているだけだぞ」
「まったく、それがクロエを困らせていると言っているんだ。お前の子分の邪竜達がエルドラを攻撃したんだぞ。邪竜達の王であるお前が攻撃した側の街の王様と会ってみろ。気まずくなることくらいわかるだろう」
おお、さすがオレリアさんだ。
言いにくい事をハッキリと言ってくれた。
「……むう。確かに、考えてみればそうかもしれん。でも、我が直接攻撃したわけじゃないし……」
「お前が邪竜達の王という時点でアウトだ。バレたらなにかと面倒だと分からないのか。ほら、駄々をこねる暇があるなら私の鍛錬に付き合え」
「ぬぬぬ、仕方ない。今回は諦めてやるぞ。我もクロエを困らせたいわけではないしな」
残念そうにしながらも、ヨルムンガンドは諦めてくれた。
「ありがとうございます。オレリアさんも――」
「なに、礼はいらんさ。丁度鍛錬の相手が欲しかったところだからな。――さ、行くぞヨルムンガンド」
そうして、オレリアさんはヨルムンガンドを引き連れ屋敷の裏手から外に出ていった。
これで面倒なのは消えた。
あとはガエル・ワイズマンとの会談に臨むのみ。
「あの時の俺とは違う……。よし――」
俺は意を決し、応接室へ向かうのだった。