異世界労働
俺が送還されたのは、いわゆる魔導兵器製造工場だった。
そこには俺と同じ魔族たちが、カスみたいな給料とクソみたいな待遇で働いていた。毎日毎日ボロ雑巾になるくらいまでこき使われ、これではただの奴隷だと言わざるを得ない状況だ。まともな休みなんてものはなく、最低限生きていけるだけの物が与えられるだけだった。
そんな労働施設での生活も、早いもので1週間程が過ぎていた。
仕事はきついけど同じ班の魔族の人とは仲良くなれた。同族だからか、みんな俺に優しくしてくれた。ここでなら、辛いけれどやっていけるかもしれない。そんな風に思えてすらいた。
まあ、そう思えているのも、生前の経験があるからだろう。
見た目は幼女だが社畜生活には慣れているのだ。悲しいことに。
「クロエちゃん、今日もお疲れ様。ここでの仕事は慣れてきたかい?」
一日の労働の終わりに、俺達第5班の班長であるグエンさんが声をかけてきてくれた。
グエンさんはもう歳で、俺からしたら祖父みたいな存在だった。白髪に、しわの寄った皮膚。の割には腰は曲がっておらずしっかりとしている。彼はこの工場でもう何十年も働いているベテランだ。仕事のやり方なんかも全てグエンさんから学んだ。
「はい。グエンさんのおかげで一通りの流れは覚えました。ですけど、この魔導兵器から漏れ出る排気臭にはなれませんね……」
俺達が工場で造っているのは、都市防衛のための魔導装置。
で、その装置から出る臭いがこれまた臭いのだ。アンモニア臭というか、硫黄の匂いというか、それらをもっと不愉快な臭いにしたものがこの排気臭であった。
「さすがに臭いはワシでも慣れんのぅ。この鼻につく独特な異臭、エーテル循環機からのものじゃろうが、フィルター越しでもこのキツさは頂けん。どうにかして臭いを消すことが出来ればいいんじゃろうが、人間のお偉い方はワシらのことなど何とも思ってないだろうからの。魔族に産まれたことを恨むしかあるまい」
「グエンさん……」
顎髭をなぞりながら、グエンさんは寂しそうな眼をしていた。
グエンさんには孫がいるらしく、その子も違う工場で働いているのだとか。お互い休みがないので、久しく会えていないらしい。魔族には休日すら与えられないのがエルドラの労働環境だった。
「はっは、可愛い顔が煤まみれで台無しじゃ」
言いながら、グエンさんは俺の頭を撫でてくる。
最初は嫌だったが、今じゃなんだか本当のおじいちゃんのようで嬉しかったりする。向こうも、お孫さんのことを想っているのだろうか。
「ゲホッ、ゲホッ……。さあて、着替えて寮に帰ろうかの。今日は終わるのが遅くなってしもうた。もう日付も変わる頃合いじゃ」
言われて工場内の時計を見ると、0時前だった。
思い返せば、今日だけで18時間もの労働をこなした。
生前の時もこれくらいは普通だったが、肉体労働となると話は変わる。
「あの、グエンさん。咳、大丈夫ですか? 昨日くらいから特にひどいですけど……」
「ああ、心配いらんよ。ここ最近特に忙しかったらの。煙でも吸い過ぎたんじゃろう」
「それならいいんですけど……」
正直、労働環境は劣悪だ。生前の世界なら労基が喜んで突撃している。
俺のような若い身体ならばまだいいが、グエンさんのような年寄りにはかなり過酷なはず。このまま変な病気とかにならなければいいのだが……。
「おーい、じーさん達! 早く着替えなよ!」
「早くしないとアタシら先に帰るわよ!」
更衣室の方から同じ5班のゼスさんとレベッカさんが声を上げた。
あの二人も当然魔族だ。だが、グエンさんと違いまだ若い。
ゼスさんが青髪の男性で、レベッカさんは緑髪の女性だ。
二人はいつも言い合ったりしている間柄だが、仲は良い。喧嘩するほど……という程でもないが、ウマが合うのだろう。兄弟のようにも見える。
「では、ワシらも上がるとしようかの」
「はい」
それから、更衣室で着替え終わり、認証カードを通して俺達は工場を後にした。
外は夜風が寒い。
異世界に来たというのに、やってることが生前とまるで変わらないことに、半ば諦めつつ帰路へつく。魔神というなんだか強そうな種族に転生したのに、残念過ぎる。
第5班の皆は同じ寮に住んでいる。
工場と寮は都市部から離れた場所に、ひっそりと立ち並んでいる。
労働者は魔族ばかりだから、皆同族ということになるのだろうか。
第5班で適当に喋りながら、寮への道を進む。
すぐそこなので、大体5分くらい歩けば到着だ。
「では、ワシは一足先に部屋に戻るとしようかのぅ。おやすみじゃ」
そう言って、グエンさんは先に戻っていった。
残されたのは俺とゼスさんとレベッカさんである。
「んじゃ、今日もお疲れさんってことで――クロ助成分補給開始ぃ!」
ゼスさんが俺の頭をがしがしと撫でまわしながらそんなことを言ってくる。ちなみにクロ助とは俺の愛称らしい。クロエだからクロ助。何とも安直なネーミングセンスだ。まあ、嫌いじゃないけども。
「あー! ずるい! アタシもクロっちに触る!」
今度はレベッカさんが俺の頬を触り始めた。お分かりだろうがクロっちとは俺の愛称らしい。何とも安直な以下略。
「いつも思うんですけど、私を触るのって楽しいですか……?」
ここは寮だからいいが、工場内でこうもベタベタ触られるとさすがに恥ずかしいものがある。と言いつつも慣れてきた自分が恐ろしい。弄繰り回されながら呆れ顔している幼女ってどうなんだろうか。
「小動物みたいで可愛いからな! 癒されるんだよな!」
「そうそう! 労働の疲れが吹き飛ぶわ~!」
「そ、そうですか……。それならよかったです」
まあ、俺の見た目的に子供だしな。彼らからしたら娘みたいに思えるのかもしれない。不本意ではあるが、ここは甘んじて受け入れるとしよう。こんなことで彼らの活力が補充されるのならば安いものだ。
それからしばらくこの身を捧げていた。
無心でされるがまま。
――――――んん。
数分もすれば飽きて手を放してくれた。
ゼスさんもレベッカさんも満足げな顔だ。
「にしてもこんなに可愛いクロっちを施設で働かせるなんて本当に人間たちは最低よね。ほんとに腹立つというか」
「まったくレベッカの言う通りだ。そりゃ俺達魔族はは弱っちいから人間様に守ってもらわないと魔物に襲われて死んじまうけど、だからってこの仕打ちはひでえよな」
「そうですよね。差別反対って感じです」
魔族は弱い。この世界では下位の種族だ。
まだ詳しくは知らないが、この世界では常識らしい。魔力は少なく、肉体もひ弱で魔物に襲われたらひとたまりもない。それが魔族。特徴は目が赤い事。それ以外は特にない。体のつくりは普通の人間と同じである。
「人間みたいに魔導兵器を作る知能もないしな~。生れた時から人間とは区別されてきたから、慣れてると言えば慣れてるけどよ。それでも人間どもにはやっぱりムカつくわな」
「もちろんアタシもそう思っているわ。でも、この世界を支配しているのは人間族だから仕方がないのよね。あー、急に魔族も強くならないかな~」
「ははは……」
急に魔族が強くなるなんて夢物語のような話だ。
もし、そんなことが起きたら、どうなるんだろうか。
魔族たちが一斉に反旗を翻してストライキ的な?
それ以前に支配体系が変わるかもしれない。
魔族が人間を支配する世界になる。
……なんて、そんなことが起きるわけないか。
「いっそのこと例の邪竜とやらが街を滅ぼしたら面白そうなのにな」
「バカじゃないのアンタ。そんなことになったらアタシ達も死んでるわよ」
「だよなぁ。そうなったら困るか。俺達が生きていく場所がなくなっちまう」
「前回の襲撃は大したことなかったみたいだし、帝都の援軍とやらも間に合いそうね。ま、その援軍の力で無事邪竜を討伐できればいいんだけど」
「えっと、邪竜ってそんなに強いんですか?」
俺がそんなことを訊くと、ゼスさんとレベッカさんは目を丸くさせた。そして、俺もしまったと後悔する。俺がこの世界に転生したことをこの2人は知らない。邪竜は既に何度かこの街に襲撃に来ている。知らないのは変な話だ。
「おいおいクロ助。邪竜のヤバさは最初の襲撃の時に見ただろ。あの何でも焼き付くす黒炎のブレス。鋭いかぎ爪に牙。人間どもが災厄級って言ってんのも頷ける。あんなのとまともにやったら俺達魔族はひとたまりもないぜ」
「まあ、クロっちはまだ子供だから。それに最近この街に来たばかりかもしれないじゃない。て言ってもそこらへんまだ詳しく聞いてないからアタシもわかんないんだけどさ~」
「確かにな。なら、今度時間がある時にじーさん交えて色々話すとするか。同じ5班でこれからやっていくわけだし、お互いのことはもっとよく知っておいた方がいいだろ」
「そ、そうですね……」
乾いた笑いが出てしまう。
俺の境遇をどう説明すればいいのか。禁断魔術とやらによって別世界から転生してこの世界に来ましたって2人に説明して信じてもらえるだろうか。最悪、与太話だと一蹴されるかもしれない。となると、やはり適当にそれっぽい話をでっちあげるしかないな。
「さーて、それじゃあ解散しますかね。明日も早いんだからすぐに寝ろよ」
最後にゼスさんは俺の頭を一回撫でて、自室へと戻っていった。
「それじゃねクロっち。また明日」
「はい。おやすみなさい」
レベッカさんも自室へ戻っていく。
俺もあてがわれた部屋へ向かった。
今日もよく働いたものだ。勤務時間で言えば生前の時と変わらないかもしれない。といっても、こっちの業務内容は肉体労働系なので、体力的なキツさで言えばこっちの方が格段に上なんだろうけど。
ただ、それにしてはあまり身体がきつくならない。
身体は幼女だし、体力はからっきしかと思っていたがそうでもないようだ。これも魔神の器だからだろうか。魔術とか使えないけど体力はめっちゃある的な?
「まあいいか。考えてもわかるわけでもなし」
ひとまず思考を放棄した。
シャワーを浴びてから、明日に備えて休むとしよう。