赤の密会
ギルンブルク帝国のとある場所、とある一室にて。
エリベルト・クレスターニからマリエルと呼ばれていた人物が、誰かを待つかのようにして立っていた。瀟洒な室内は、皇族の所有物を思わせる。まるで離宮のような場所であった。
ややあって、部屋に何者かが入ってくる。
中に入ってきたのは、まだ年端もいかないような金髪の少年だった。
歳にして、10歳くらいだろうか。ただ、彼が着ている服は、皇族が身に着ける礼装である。その点から、この少年がギルンブルク帝国の皇族だと見て取れた。
「やあ、マリエル。ご苦労様だったね」
少年は軽い調子でソファに腰かけた。
そんな彼を見て、マリエルは肩を竦めつつ向かいのソファに座った。
「まったく、今回はほんとに大変だったよ。リュ……と、今はエルヴィン皇子と呼んだ方がいいのかな?」
「そうだね。今の僕はエルヴィン皇子の身体を借りているわけだし、彼に敬意を表してそう呼んでおくれよ」
「了解だ。じゃ、エルヴィン皇子、今回の件の報告をするとしようか」
「ああ、よろしく頼む」
何者かに身体を乗っ取られているらしいエルヴィン皇子は、肘置きに肘を乗せ、顎を手の甲に置いた。
「結果から話すと、あの男を利用してのオレリアの黒炎ノ王化には成功したよ。ただ、彼女は他の陣営に取られてしまった」
「……? 他の陣営だって? どこかの国ではないのかい?」
「そうだね。国ではない。今の時点ではまだ、ね」
エルヴィン皇子は目を細めてマリエルを見た。
「含みのある言い方じゃないかマリエル。それにどこか楽しそうだ。使徒としての適性があったオレリアを手中に収めることは出来なかったようだけど、それ以上に愉快なことが起きたようだね?」
「ああ、その通りだとも。聞いて驚くなよエルヴィン皇子?」
マリエルもニヤニヤと笑い、勿体ぶる。
エルヴィン皇子はやれやれとため息をつきながら、
「そうやって勿体ぶるのはキミの悪い癖だよマリエル。僕の気は長くないことくらい知っているだろう?」
「おお、怖い怖い。我らの主は怒らせるとおっかないからねぇ。それじゃあ端的に。――この世界で黒の魔神が復活したよ」
マリエルがそう言うと、エルヴィン皇子もニヤリと笑った。まるで、黒の魔神の復活を誰よりも待ち望んでいたかのように。その笑みからは狂気すらも感じる程だ。
「ふふ、それは素晴らしい報せだねマリエル。この僕を封じ込めた忌々しいあの魔神がこの世界でついに復活を遂げたか。ようやくここでの生活も楽しくなってきそうだ」
「そういうことさ。ま、オレリアを黒の陣営に取られたのは痛手だったが、魔神が近くにいちゃしょうがない。魔神を倒せるのは魔神だけ。そうだろう?」
「その通りさ。――現状、向こうもまだ戦争をやろうって段階じゃないはずだ。復活したばかりならまだ使徒も揃っていないだろう。これから時間はたっぷりあるからね。ゆっくりと、ゆっくりと興じていこうじゃないか」
まだ見ぬ仇敵へと思いを馳せるエルヴィン皇子。
彼の視線の先には、何が見えているのか。何を考えているのか読めないその表情からは、見る者に不気味さを感じさせる。
「そういえば七武人に欠員がでてしまったが、どうする気だい?」
マリエルは尋ねた。
「そうだね、六武人に名前を変えてやってもいいんだが、そういうわけにもいかないだろうね。帝国の武力の象徴でもあるわけだし、国民たちの反感を買うのも面倒だ。適当な声明を出して新たな七武人を選定するとしようか」
「皇子のお眼鏡にかなう人物がいるといいけどねぇ。オレリアのような逸材はそうそういないだろう?」
「この大陸で帝国は広大な土地を有している。強さに飢えているやつなんて腐る程いるさ。ま、オレリアが特別だったのは認めるよ。あの子は黒炎ノ王の血を有していただけじゃなく、彼女自身の強さも魅力的だった。僕の使徒に相応しい女性だったからね」
エルヴィン皇子はクックと肩を震わせた。
敵陣営に有望な人材を取られたことは不愉快ではあったが、そのことが気にならないくらい黒の魔神復活の知らせが、彼の心を昂らせていた。
「それはそれとして、マリエルはしばらく帝都で休んでくれて構わないよ。エリベルトのお守も疲れただろう。たまには羽を伸ばしてくれ」
「お心遣い感謝しますよエルヴィン皇子。――赤の魔神の使徒として、必要なときはいつでも呼んでくれ」
「ああ、その時は遠慮なくそうさせてもらうよ。クク、これから楽しくなりそうだ――」
大陸最大の国、ギルンブルク帝国。
その中心で、大きな渦が巻き起ころうとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
この話をもって第一章は終了になります。
第二章はしばらく書き溜めてから投稿しますので、それまでお待ちいただけると幸いです。