居場所
あれから一週間が経った。
この一週間で何か起きたりすることはなく、至って平和な日々が続いている。このままぼーっと過ごしていてもいいのかちょっぴり不安だが、クロヴィス曰く情報収集に徹したいとのことなので、今はこれでいいのだろう。
今日も今日とて、ゼスさん達は訓練をしている。
朝からご苦労な事だ。ゼスさん曰く、先の戦いであまり活躍できなかったことを悔いているらしいが、俺からすればそんなことはない。しっかりと役割をこなしてくれたと思っている。
クロヴィスは相変わらず分身体を色んな場所へ向かわせて情報を集めているようだ。あの戦い以来、妙に力を入れているので何かあったのかと聞いてみたが、いつも通りさらっと流されてしまった。「クロエ様はお気になさらず」って言われると、逆に気になるんだよな。まあ、クロヴィスのことはなんだかんだ信頼している。今は話す必要がないと判断してのことだろうから、時が来るのを待とう。
そしてヨルムンガンドだが、相変わらずに好き勝手している。
一応客人扱いということにしているが、そろそろ鬱陶しくなってきたところだ。レティシアさんが来てくれれば彼の首輪を引っ張ってもらえるんだが、いつになることやら。他の竜王も姿は見せないし、そのことについてヨルムンガンド自身も興味がなさそうだった。しかし、彼はこのままずっと屋敷にいる気なのだろうか。うるさくなければ戦力としては申し分ないのでありがたいんだけど、如何せん一々声がでかいからなぁ。時々気まぐれでゼスさん達と一緒に訓練しているようなので、彼らからは感謝されているようだけど。
にしても、今日はいい天気だな。
自室の窓から差し込む暖かな日差しが、俺に昼寝をしろと誘惑してくる。
「――クロエ、少しいいか?」
自室からボーっと外を眺めていたら、誰かが部屋の扉をノックした。
声の主は分かっている。なので、俺は警戒することもなく、
「いいですよ」
そう応えると、オレリアさんが中に入ってきた。
その手には洋服が握られている。最近部屋にこもって服作りに専念していたようだが、ようやく完成したみたいだ。
「クロヴィスから色々と教えてもらってな。ようやくキミに似合いそうな服が完成したんだ。本当なら帝都の実家から作った服を持ってきたいところだがそういうわけにもいかないからな。それに、これはリュドミラじゃなくてクロエのために作った服だから、着てくれると嬉しい」
「もちろんいいですよ。約束しましたしね」
俺はオレリアさんから服を受け取り、まじまじと観察する。
クロヴィスとは趣向が違うようで、カジュアル路線の服だった。
でも、どちらかというと俺はこっちの方が好きかもしれない。
クロヴィスの服は手が込み過ぎていて着るのがもったいないというか、もはや芸術の域だからお人形とかに着せておいた方が映える気がするのだ。反面オレリアさんの服は実用性に富んでいる。動きやすく、それでいてオシャレ具合も丁度いいときた。
「どうかな……? クロヴィスの作る服と比べると幼稚かもしれないが……」
「全然そんなことないですよ? 私はこっちの方が動きやすくて好きかもです。すぐに着替えますね」
「そうか……! で、では、私は外で待っているよ」
そう言って、オレリアさんはそそくさと部屋から出ていった。
俺はすぐに衣服を脱ぎ、作ってもらった服を着る。
カジュアルの中にもふんわりとした甘さが足されたファッション。長すぎず短すぎないスカートに控えめに施されたフリルが可愛らしいブラウス。動きやすいように伸縮性の良い素材を使っているところから、オレリアさんの気遣いを感じられる。サイズもピッタリだ。
クロヴィスの服とは違い、シンプルな構造の服なのですぐに着替えることが出来た。
ほんと、こういう服がいいよ。欲を言えば、もうちょっとカッコいい感じの方が嬉しいかな。
「着ましたよ、オレリアさん」
部屋の外で待っているであろうオレリアさんに声をかけた。
「失礼する……」
何故か慎重に入室してくるオレリアさんに俺はクスっとしつつ、着ている服が見えるように一回転した。その後、控えめにポージングしたりして気づいた。人前でモデルみたいなことしててちょっぴり恥ずかしいということに……。
「ど、どうでしょう……? 似合ってますか……?」
「か、可愛いよ……! 凄く似合ってる……!」
言って、オレリアさんは俺の手を握りしめてきた。
そして、興奮気味に色んな角度から俺の姿を見てくる。
その手にカメラでもあったら、シャッターが止まらなくなってそうな勢いだ。
でも、オレリアさんが嬉しそうでよかった。
「私の傍にいてください」と、俺はあの時オレリアさんに伝えた。
もちろんオレリアさんは悩みはしたが、最終的にはここに残ることを選んでくれた。
オレリアさんは真面目な性格なので、帝国のことを気にしてはいたが、最終的には自分の気持ちに素直になることを選んでくれたのだ。そのことが俺はとても嬉しかった。
「ああ、本当によく似合っているよ。クロエは素材が良いから、どんな服でも似合うとは思うが……やっぱり自分が作った服を着てくれいるというのが一番嬉しいな。――っと、そういえば、サイズとかは大丈夫か?」
「ピッタリです。でも、どうして私の身体の寸法が分かったんですか?」
「クロヴィスに聞いたんだ。彼ならクロエの身体の寸法は網羅しているだろうからね」
「そ、そうですね……」
俺は言いつつ苦笑いした。
クロヴィスは昔からこの身体……エリーゼさんと付き合いがある使徒だ。それに、魔界で採寸できなかったとしても、この世界で抜け殻状態だったこの身体は採寸し放題だったことだろう。大の大人が眠っている幼女の身体を採寸しているところを想像したらちょっとキモイけど、この際そこには突っ込まないでおくか。
「クロエ、これからも私の作った服を着てくれるか……?」
「はい。喜んで」
俺がそう言うと、オレリアさんは笑顔になった。
つられて俺も頬が緩む。
「私は今、生れて初めて魔族でよかったと感じているよ。この血のせいで何もかも失ったと思っていたから。でも、この血のおかげでこうしてキミといる選択が出来た。きっと人間のままだったら、私は魔神であるキミと共にあることを願わなかっただろう。だから――」
オレリアさんは手を伸ばし、
「これからも、よろしく頼む」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
俺達は握手をした。
魔神として彼女の居場所になろうと、心の中で誓うのだった。