お肌重ねて
お風呂。それは聖域であり身体を清める場所でもある。
大浴場という名がついているだけあって、浴槽はかなり広い。この面積なら何人くらい入れるだろうか。軽く20人くらいは入れそうだ。町の銭湯レベルには広い気がする。
「これでサウナなんかあったりしたら完璧だったんだけどな」
欲を言えばジャグジーとかもあるとグッドだ。
まあ、さすがにそこまでは言い過ぎだろうけども。
でもなんでだろう。お風呂に来ると、色んなことを考えていた頭が思考を停止してしまう。リラックスするというのは、こういうことなんだろうなーとか、考えてみたりして。
「とりあえず身体洗お」
いきなり浴槽にダイブするのは、マナー違反である。
みんなで共有する浴槽なのだから、奇麗な身体で入らないといけない。
と言っても、この屋敷に住んでる女性は少ないのだが。
俺は風呂椅子に腰かけ、シャンプーを手に出した。
少し馴染ませてから頭を洗う。男の時は全く気にしていなかったが、女になってからは髪が長いせいもあってシャンプーする時に気を遣うようになってしまった。トリートメントなんかも普段は使ってなかったのに、一丁前に使用してたりする。まあ、これで髪がどう変わるのかは知らない。要は雰囲気が大事になのだ。
「……?」
眼を閉じてわしゃわしゃ髪を洗っていると、浴場の扉が開く音がした。
レベッカさんだろうか。こんな遅い時間にお風呂に来るなんて珍しい。
丁度目を閉じて髪を洗っていたので、目視で確認が出来ない。
入浴者はどうやら俺の方に近づいてきているようだが――。
「……」
隣に座ったようだ。
でも様子がおかしい。レベッカさんならすぐに声をかけてきそうなものだけど……。
俺は頭を洗い流し、隣を見る。
まさか野郎が入ってきたりはしないだろう。浴場はちゃんと男女で分けられているわけだしな。
「え……っ」
すると、そこにはさっきまで眠っていたはずのオレリアさんがいた。
しかも当然、裸である。引き締まった良い身体で、しかし出るところは出て女性らしいプロポーションだ。
俺は咄嗟に目を逸らした。
というか、どうしてオレリアさんが風呂にいるんだ。
さっきまでばっちり眠っていたのに。
まさかこの一瞬のタイミングで起きてお風呂に来たというのか。
思考がグルグル回る。
オレリアさんと二人きりで話すチャンスだというのに、裸のせいで違う方で緊張してしまっている。身体は幼女だが、中身は男なので仕方がない。いつかは慣れないといけないって思うけど、こればっかりはさすがにすぐにどうこうできる問題でもない気がする。
「クロエ、すまなかった……」
ジッと前を見つめて、オレリアさんはそう言った。
「暴走していた時、身体は乗っ取られていたが意識は辛うじて残っていたんだ。私はこの手でエリベルトを殺し、関係のない兵士達も手にかけようとした。帝国軍人として、あるまじき行為をしてしまった」
「オレリアさん……」
「それに私は、キミとその仲間まで殺そうとした。炎に飲み込まれた時、いくら抗おうとしても、この身体は私の言うことをきいてくれなかった。でもあれは、私の怒りから生み出してしまった怪物だ。私の意思が弱かったばっかりに、キミ達には迷惑をかけてしまったことには変わりない。だから謝罪させてほしいんだ」
ゆっくりとこっちを向いて。
オレリアさんは俺に頭を下げてきた。
謝ろうとしていたのは俺だったのに、まさか向こうから謝罪をされるとは思っていなかったので、少々面食らってしまっている。
そしてなにより、オレリアさんがこっちを向いて事によりその豊満なボディが眼前に露わになってしまい、素晴らしく目のやり場に困っている。恐らく彼女から見た俺は、キョドっているように映っているだろう。こればっかりは許してほしい。
「い、いえ……。わ、わたしこそその、ごめんなさいでした……。もう少し早く手を出していればあんなことにはならなかったかもですし、それに、勝手にその姿にしてしまって……」
若干支離滅裂になりながらも、言いたい言葉を紡いでいく。
まさか裸同士でこういう話をすることになるとは思わなかったので、テンパり気味である。
「いや、キミが謝ることなんてないさ。全部私の責任だ。それに、巻き込んだのは私の方だよ。本当にすまなかった。――それと、ありがとう。私を救ってくれて。キミがいてくれなかったら、私はきっとあの場所で仲間達を全員殺してしまっていた。謀られていたとはいえ、同じ帝国人。守るべき相手に剣を向けた時点で、私はもう剣聖失格だ」
「それは……。で、でも、あれは仕方なかったと思います。妹さんの仇が目の前にいて、冷静になれる方がおかしいですよ。オレリアさんはたまたま黒炎ノ王の血のせいで暴走しただけで、普通の状態だったら殺してなんかいなかったと思います」
俺がそう言うと、オレリアさんは少しだけ微笑んだ。
「フフ、私よりも私のことを判っているみたいだね。でも、この血がなかったとしても、私はエリベルトをこの手で殺していたかもしれない。それほどまでにリュドミラは私の全てだった。他の誰もが消えても、リュドミラさえいてくれればそれでいいとすら思っていたくらいだ。――でも、今になって考えてみたら、あの子も本当は私みたいな穢れた存在が姉であったのは嫌だったかもしれないな……。周りからもずっと、嫌味を言われ続けていただろうし……。私が剣聖の称号を戴いてからも、エリベルトのように気に食わなく思う連中は大勢いたから……」
俯くオレリアさん。
後ろ指を指されながらも、帝国のために剣を握ったのは貴族であったからというよりも、リュドミラ・ブランウェンという大事な存在を守りたかったのかもしれない。剣聖という称号があれば、名前が盾になってくれるのだと。だけど現実はそうじゃなかった。エリベルトのように、認めない人間が大勢いたのだろう。
「わ、私は……! オレリアさんは良い人だと思います……! だから、その……えっと、なんといいますか……」
悲しいかな、気の利いた言葉が出てこない。
俺なんて、会ったばっかりでオレリアさんに何かを言う権利なんてないのかもしれないけど、この胸に宿る想いは言葉にして伝えたかった。だというのに、ここにきて語彙力が足りない自分に腹が立つ。
「無理に言葉にしなくてもいいさ。なんというか、キミは優しいな。魔族って、そういうものなのか?」
「それは……どうでしょう。 私もまだ、魔族に……魔神になってからは日が浅いのでよくわかりません。でも、魔族だからといって、穢れてたりとか、悪人だとかではないことはハッキリと断言できます」
「そう……だな。キミみたいな優しい子が、魔族を率いているんだ。きっと、人間達の認識が誤っているに違いない」
そこまで言って、オレリアさんは何故か俺の背後に風呂椅子を置いて、そこに座った。
「背中を流すよ。あの男から、クロエの背中を流してやって欲しいと言われたわけだしな」
「あの男というと、クロヴィスですか」
オレリアさんが風呂場に来たのはクロヴィスの提案だったか。
そりゃそうだよな。オレリアさんはこの屋敷のことなんて知らないはずだし、誰かが入れ知恵しないと大浴場になんか来ないはずだ。
「ああ。彼も魔族なんだな。悪魔族、だったか?」
「そうですね。ゼスさんは悪鬼、レベッカさんは鳥獣姫、グエンさんが剛腕巨人です」
「魔族にも色々種族があるんだな。私は今まで表には魔族の証が現れなかったからそこまで気にしてはいなかったんだが、これからは向き合っていかないといけないようだ」
バスタオルでゆっくりと俺の背中をごしごししてくれるオレリアさん。
非常に気持ちが良いのだが、俺はリラックスできる状態でもなく背筋をピンと伸ばしていた。一歩間違えてオレリアさんの豊満なアレが俺の背中にあたってしまうのではないかと、内心冷や冷やしている。
「……そういえばリュドミラも、キミくらいの身長だったな。こうして一緒にお風呂に入ることもあった――。何故だろうな。キミを見ていると、あの子のことを思い出してしまうんだ……」
「オレリアさん……」
ゆっくりと俺の背中を洗ってくれていた手が、徐々に止まっていく。
「――突然で悪いんだが、少しだけ、抱きしめてもいいか……?」
唐突にそう言われ、俺はビクっと反応してしまう。
だが、オレリアさんにとって俺は妹のように見えているようだし、少しでも彼女の苦しみを取り除いてあげられるのなら、言われるがままにしていよう。
「……いいですよ」
俺がそう言うと、オレリアさん背後から俺を抱きしめてきた。
暖かな感触が俺を包み込む。
あの時裁縫店で頭を撫でられたときに感じた彼女の優しさを、また肌で感じることが出来た。背中にあたるおっぱいの感触はまあ……素晴らしいとだけ言っておこう。そういう気分でもなくなってしまったしな。
「ありがとう、クロエ。ありがとう……」
オレリアさんの身体が震えている。
泣いているのだろう。妹さんのことを思い出して、今までため込んできた様々な感情が溢れ出ている。そんな感じだ。
願うことなら、この涙と共にオレリアさんが抱えてきた苦しみも一緒に流れてしまえばいい。そんなことを考えながら、俺はされるがまま抱きしめられていた。