後悔と責任
戦いの後、俺達は無事に屋敷に帰って来ていた。
空き部屋のベッドにオレリアさんを寝かせた後、皆それぞれ休息なり後処理なりをしていた。そんな中、俺は一人、オレリアさんが寝ている部屋でボーっと月夜を眺めていたりする。
今夜は奇麗な月が出ている。まあ、あれが生前と同じ月かどうかは怪しいが、とにかく似たような光景が空には映し出されていた。星々もキラキラと輝き、疲れた心と身体を癒してくれるかのようだ。
「オレリアさんはまだ起きないか……」
あれから数時間が経つが、ベッドで眠っているオレリアさんは、まだ目を覚まさない。初めて出会った頃のような奇麗な銀髪は、血の影響で赤髪と混ざり合いメッシュのようになっていた。これはこれで奇麗だ。こめかみの少し上から生えた漆黒の角も、黒炎ノ王の血によるものだろう。
オレリアさんの外見は完全に魔族だ。
人間とは違う存在に変貌してしまった。
「今思えば、もう少し早く手を貸すべきだったよな……。そうすれば、黒炎ノ王の血に飲まれることもなく、オレリアさんは人間の姿のままでいれたかもしれないのに……」
言葉にしてみても、何も変わりはしない。オレリアさんは魔族の姿になってしまったのだ。
今頃後悔しても、もう遅いな。
これからどうするか、俺もオレリアさんと向き合っていかなければならないだろう。
剣聖としての責務もあるだろうし、このままでいるわけにはいかないはずだ。
「――クロエ様」
振り向くと、そこにはクロヴィスがいた。
どうやらこれは本体のようだ。
「どうしました?」
「一応、諸々の処理が終わりましたのでご連絡をと。それと、分身体がですが、ベレニスもエルドラ宮殿に送り届けて参りました」
「そうでしたか。ありがとうございます。そういえば、ヨルムンガンドは大人しくしていますか?」
少し前に合流したヨルムンガンドだが、普段は人の姿でいるつもりのようなので屋敷の客室を与えている。着いたばかりの時はうるさかったが、静かになったということはそういうことだろうか。
「ええ。彼なら疲れて眠ったようです。明日までは静かでいてくれるかと思います」
「はは……なんだか騒がしい人が増えちゃいましたね。使徒であるレティシアさんのことも気になるところではありますが……」
ヨルムンガンドの主であるレティシアさんは、竜神族と言われる上位の種族だ。いわゆる神性種族という分類なのだが、格で言えば魔神と近いらしい。それなのにエリーゼさんの元についていたということは、やはりどこか思うところがあってのことだろうか。
「レティシア様は、すでに三大竜王を全員従えているとのことでした。もし、素直にクロエ様の下につく気がないのであれば、厳しい戦いになるかもしれませんね」
「ヨルムンガンド級があと2人ですか……。それは厄介かもです」
三大竜王の誰が一番強いのかは知らないが、ヨルムンガンドレベルのドラゴンがあと2人いるというのは、脅威以外の何物でもない。
ただ、エリーゼさんから聞いているが、使徒の中でもレティシアさんの性格は穏やかな方だと言っていたので、即戦闘なんてことにはならないだろう。それに、今は彼女は力を失っているはず。だからこそヨルムンガンドをこちらに寄こしてきたんだろうしな。
「まあ、レティシア様のことですから、殴りこんできたりはしないでしょうが……。ヨルムンガンド様もこちらにいらっしゃるわけですしね」
「時が来たら、その時に考えますか。今は目の前のことを――」
言って、オレリアさんを見る。
魔族の血のせいで苦しんできた彼女が、これ以上不幸になる姿は見たくない。俺に出来ることなら、可能な限りしてあげたいくらいだ。まあなんというか、少なからず責任を感じているわけで。
「クロエ様が気に悩む必要はないと思いますよ。あそこで力の解放をしていなければ、オレリア様は血の呪縛に捕らわれていたでしょうから。彼女もきっと、クロエ様に感謝しているはずです」
「そうだといいんですけどね……」
彼女の知らないところで俺が勝手に力を解き放ったのは事実だ。
それをオレリアさんがどう思うのか、それはまた別の話だろう。
「一度入浴でもして、気を紛らわせてはどうでしょう? お疲れでしょうし、少しは気分も晴れると思いますよ」
「そう、ですね。気にし過ぎてもしょうがないですもんね」
背負い過ぎるのもつかれるだけだ。
わかってはいるけど、そういう性分なので仕方がない。
「その間オレリア様は私が見ておきますので。ゆっくりとくつろいできてください」
「ありがとうございます、クロヴィス」
クロヴィスの言う通り、気分転換は必要だな。
よし、準備して三階の大浴場へ行くとしよう。