スルトの血
変貌してしまったオレリアさんに向かって、ゼスさんとレベッカさんが攻撃を試みた。しかし、あの黒い炎のせいで近づけないようだ。さっきの感じだと、あの炎は普通の炎じゃない。非常に危険な炎だ。
「あっちぃ! この炎、普通じゃねえぞ!」
「なんか黒いし、ヤバそうね……」
一度後退したゼスさんとレベッカさんは、各々に黒炎の危険性を口にした。
どうするべきか考えていると急にクロヴィスが現れ、俺に声をかけてきた。
「――クロエ様。あれは黒炎ノ王の炎です。どうやら彼女は黒炎ノ王の血族に連なる者……。もしかするとあの方と同じ血を宿しているのかもしれません」
クロヴィスが言うあの方とは、使徒のことを指している。
黒の魔神の使徒の中に、黒炎ノ王の一族の者がいるのだ。
クロヴィスが懸念しているのは、オレリアさんが使徒の関係者ではないかということだろう。確かに、その可能性は高い。黒炎ノ王族は、神性種族だ。故に、数は多くない。
「わかっていますよ、クロヴィス。ですが、それとは関係なく私はあの人を救いたいんです。黒炎ノ王の血に支配されたオレリアさんを助ける方法、何かないですか?」
「そうですね……。オレリアさんは純粋な怒りで血の力を呼び起こしてしまった。それはいわばイレギュラーとしての覚醒のはず。覚醒も不完全になっているせいで黒炎ノ王の血に精神を乗っ取られていると考えられます。となれば、彼女の力を無効化し、クロエ様の手で再度力の解放を行えばあるいは……」
「なるほど。やってみる価値はありそうですね」
となるとやはり、あの状態のオレリアさんを倒す必要があるわけか。
今のオレリアさんを止めて、解放の術を行使する。
この戦いの終わりへの道筋は見えてきたな。
「ガアァァァァァ!!」
直後、黒炎が爆発した。
風圧でゼスさんとレベッカさんが吹き飛ばされてしまう。
その二人を、グエンさんが救出。さすがのフォローの速さだ。
「グエンさん、ありがとうございます!」
「お気になさらず! クロエ様はあの敵に集中してくだされ!」
「頼むぜ、クロ助……!」
「オレリアを助けてあげて、クロっち……!」
「――はい!」
二人を下げて、グエンさんは後ろに退いてくれた。
理解しているのだろう。あの相手に、自分達では役に立たないと。
そして同時に信じてくれている。俺が変貌したオレリアさんをどうにかしてくれるのだと。
生前の俺は、他人からの期待なんて、ただの都合の良い残業マン扱いでしかないと思っていた。だけど、今は違う。俺の元にいてくれるみんなの期待が、俺を後押ししてくれる。真の意味で信頼してもらえていると、その期待に応えたいって素直に思えるもんだな。前の俺じゃありえなかった。
「……っ」
魔力の刃を長く伸ばし、リーチを稼ぐ。
敵の懐に飛び込めば、暴走した黒炎の餌食になるだろう。
なればこそ、得物を長くし黒炎の範囲外から魔力の流れを断ち切る。
「炎の剣……レーヴァテインですか……!」
魔力の刃と、黒炎ノ王が操る炎の剣であるレーヴァテインがぶつかりあう。何者も焼き尽くすと言われているあの剣の炎は、不完全ながらも俺の魔力の刃をも喰らいつくした。
「魔力の生成物をも焼き尽くすなんて……」
俺の魔力の刃は、黒炎によって塵と化してしまった。
これでは刀身を長くしても意味がない。
やはり、覚醒したてとはいえ、血は同じということか。
「まさか、こんなところでエリーゼさんとの特訓が役立つとは思いませんでしたが――」
対使徒戦に向けて、俺はエリーゼさんと対策をしてきたのだ。
使徒の1人にオレリアさんと同じ黒炎ノ王の者がいる。その人との戦いにおいて有利に立ち回るために、俺はとある武器をエリーゼさんから託されていた。
「抜刀……」
俺は、異空間からその刀を抜き放った。
同時に、キィィン――という甲高い音が鳴り響く。
黒き炎に対抗するかのように、俺の握る刀の刀身もまた黒い。
「あ、あれは黒曜丸……! エリーゼ様の愛刀……!」
クロヴィスが驚くような、懐かしむような声を上げている。
この黒曜丸は、エリーゼさんがよく使っていた武器らしい。よく使っていただけあってクロヴィスもちゃんと知っていたようだ。
そしてこの黒曜丸は、魔力に高い耐性を持っている。
切れ味も抜群で、抜いていたらあの魔導ギガントですら断ち切っていたはずだ。黒曜丸の飾り気のないスマートな刀身が、今はとても頼もしい。
「ウガァァァァ!!」
黒炎が俺に襲い掛かってくる。
だが――。
「――――」
意識を集中させ、横一閃。
俺は黒曜丸で黒炎を切り裂いた。
「お、おおおお! すげえよクロ助! あの炎を切り裂いちまうなんて!」
ゼスさんが興奮気味に叫んでいる。
だが、まだ終わりじゃない。
オレリアさんの姿は、徐々に変貌していっている。
血が暴走し、本当の黒炎ノ王になろうとでもいうのか。
気づけば、オレリアさんのその身体は炎の化身と化していた。
あれが、黒炎ノ王の血に飲み込まれた者の末路か……。
あれじゃあもう、ただの化け物だ。
「クロエ様、急がなければオレリア様の意識が完全に消滅してしまう恐れがあるかと」
「そのようですね。悠長にはしていられませんか」
あの炎の化け物をオレリアさんから引っぺがす。
俺はすぐに飛び込み、黒曜丸を振るった。
刀の一振り一振りで、炎の鎧が剥がれていく。
さすがに魔力に耐性を持っているだけあって、黒曜丸はビクともしていない。
「ガアアアアァァァァ!?」
闇雲に黒い炎をまき散らすオレリアさん。
しかし、全ての黒炎はこの黒曜丸の一太刀で打ち消すことが出来る。
余裕のある時に【ネビュラ・ホール】も展開しつつ、敵の黒炎を着実に削り取っていく。
だが、膨張した化身は、今や3メートル程にもなっていた。
オレリアさんを取り込んだ炎の怪物の胸に、丸いコアのようなものが現れる。どうやら、あれが血の意思を凝縮させたものであるようだ。
「あれさえ破壊できればオレリアさんの中に眠る血の暴走を止めれるはず――!」
炎の猛攻を潜り抜け、そして――。
俺はコアを一刀両断した。
直後、コアから放出した粒子が舞い散った。
炎の化身は呻き声を上げ、崩れ落ちていく。
「……? これは、いったい……」
急に、頭の中に何者かの記憶が流れ込んできた。
これは、オレリアさんの記憶の情景か……。
妹であるリュドミラ・ブランウェンと、仲睦まじい日々を送っていたオレリアさん。周りから疎まれていた混血の自分を、リュドミラだけは気にせず愛してくれた。「お姉ちゃんの剣は、誰かを守る剣だから」――。リュドミラのその言葉を大事にしてきたオレリアさんは、民を守るために戦い続けてきた。
そしてあの日。エリベルトによってリュドミラは操られてしまった。
姉を殺すべく傀儡となったリュドミラは行動を起こすが、その途中で自分が何者かに操られていることは思い出す。朦朧とする意識の中、リュドミラは姉を殺すために授けられた剣で、自分の命を絶った。
オレリアさんは、大好きだったリュドミラが何故自害をしたのか。それが判らなかった。もしかしたら自分のせいで周りから悪く言われていたのかもしれない。そんな風に考えてもいた。自分のせいで妹が自害をしたかもしれないと思うと怖かった。そんなオレリアさんが亡きリュドミラにしてやれることは、彼女の言葉を胸に戦うことだけだった。だがその行為は、死んでしまいたいと、心のどこかで感じていたからかもしれない。
結局真実は残酷なものだった。
部下であるエリベルトの暗躍によって妹は命を絶った。
もしオレリアさんが普通の人間であったなら、リュドミラが死ぬこともなかったのだ。結局は、自分が穢れた血を宿していたことが全ての原因だった。そう言う風に、オレリアさんは感じていた。
「ガァ……アアァァァァア……」
炎の化身は倒れた。
今さっきの記憶の情景は、この化身を形作っていた源だったのかもしれない。オレリアさんの無念と、怒りと、自責の念。それらを糧に、黒炎ノ王の血が暴走してしまったのだろう。
次第に、黒炎は消えていった。
そしてその中から、オレリアさんが姿を現した。
歪に生えた角は、不完全に覚醒した証のようだった。
俺はゆっくりと、彼女に手を伸ばした。
今度は俺の手によって、彼女の力を解放する。
これで、血の暴走を飲み込まれなければいいのだが。
「ふぅ。……よし」
一度深呼吸してから、俺はオレリアさんに術を施した。