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黒き炎の制裁




 オレリアさんとエリベルトの戦いも、いよいよ佳境に入ってきた。

 相手の歩兵達も、グエンさん達がすでにほぼ制圧している状態だ。

 特製の魔導ギガントという、全高が優に10メートルはある鋼鉄の肉体相手に、剣一本で戦うオレリアさんはさすがだと言わざるを得ない。帝国の七武人の1人、白銀の剣聖の名は伊達ではなかった。


『いつまで粘るつもりだ……! もう体力も限界だろう! 諦めて私にやられるがいい!』


 肩部に装備されたマシンガンからの射撃がオレリアさんを襲う。

 しかし、その攻撃をオレリアさんは剣で弾いた。

 何という動体視力だろうか。もはや常人の域を脱している。

 その後も、オレリアさんは魔導ギガントの巨大な実体剣から繰り出される一振りを避けつつ、反撃を繰り返した。だが、相手は鋼鉄の身体。残念ながら、普通の斬撃は通用しないようだ。


「私は諦めが悪い女だ。魔導ギガントを操るのにも魔力がいるだろう。魔力は体力と同じで無限ではない。エリベルト、キミの方こそ諦めたらどうだ?」


『フハハハ! 甘いなオレリア! こっちは魔力タンクを大量に積んでいるんだよ! 貴様の体力が限界に達するよりも前にこちらの魔力量が尽きるなんてことはありえないのさ!』


「なるほど、相変わらず用意周到なヤツだな――!」


 オレリアさんも、魔導ギガントの装甲が薄い部分を的確に狙ってはいるが、決定打にはなり得てない。魔導兵器の一種であれば可動部のケーブル類を切断することで動きも止まりそうなものだが、用心深い設計をしているようであの巨体には隙間がほとんどない。動き回りながら攻撃もしてくる魔導ギガントの懐に潜り込んで、的確にそこを断ち切るのは、もはや神業だろう。


 それからも、オレリアさんとエリベルトの戦いは続いた。

 お互いに決め手に欠ける勝負だ。このままではオレリアさんの体力の方が先に尽きてしまいかねない。かといって二人の戦いに横やりを入れるのも憚られる。それに、オレリアさんの闘気はまだ健在だ。邪魔は野暮というものだろう。


『チィ! 本当にしつこいやつだ……! こうなったら仕方がない。エネルギーを大量に消費するからあまり使いたくはなかったが、奥の手を使うとしよう……』


 魔導ギガントが急に動きを止めた。

 一歩退き、そして、腰に装備してあった大型のビーム砲が駆動した。

 ゆっくりと持ち上がり、止まる。

 続いて、背中に装備されていたビーム砲も駆動し、前面に展開した。

 そして最後に、胸の砲口が開く。まるで、大型の大砲である。

 ゆっくりと魔力粒子が胸部に集まっていく。

 これは、ちょっとまずいかもしれないな。


「あれは……大型の魔導ビーム砲か――! こんな隠し玉を用意していたとは……ッ」


『その通り! 帝都の防衛システムと同じ原理の魔導ビーム砲だ! 魔力粒子を圧縮、再構築し強力なビーム光線を発射する! クク、この一撃でここら一帯は焼け野原になるだろうな! お前が射程範囲外に逃れようとするならば、背後にあるエルドラの街とその住民たちがどうなるかわからんぞ! ご立派な使命を持つ剣聖様だ。民を見捨て逃げるなんてことは出来んだろう……!』


「何を考えているエリベルト……! 帝国軍人であるお前が、守るべき民を人質にするというのか!」


『守るべき民? どうせ我々が助けてやった連中だ。我らがいなければ邪竜に蹂躙されていたのだから同じこと! こうして役に立てるのだから光栄に思うがいいさ!』


「そこまで落ちたか、エリベルト――!!」


 叫び、オレリアさんは魔力粒子をチャージしている魔導ギガントの胸部に斬撃を繰り出した。だが、鋼で構築されたボディを切り裂くことは出来ない。逆に刀身にダメージが入るだけだ。


『無駄だ! この魔導ギガントの装甲は暗黒鋼鉄デスメタル製の一級品だからなァ! 貴様のようなちゃちな剣の攻撃などビクともせんわ!』


「く……このままでは――! 何か手立てはないのか――!?」


 焦るオレリアさん。

 さすがにあの魔導ビーム砲の一撃をオレリアさんに受け止めさせるわけにはいかない。

 こうなったら、さすがに手を出さざるを得ないか。


「レベッカさん!」


 俺は鳥獣姫ハーピィであるレベッカさんを呼んだ。すぐさま俺の元へ来るレベッカさん。そして、俺の意図を組んでくれたのか、何も言わずに俺を空に連れて行ってくれた。


「クロっちならアレを止められるの……!?」


「試してみないと判りませんが……」


 言って、俺は上空から魔導ギガントに向け【ラ・エクレール】を撃ち込んだ。だが、想像通り、魔力シールドにより俺の魔術は防がれてしまった。


 あれだけでかい図体をしているのだから、魔術に対する備えはしているだろうと思っていたが、案の定だったな。高火力の魔術を撃つ時間はもうないだろうし、これは他のプランに変更する必要がありそうだ。


『ハハハハ! 魔術などこの特製魔導ギガントには効かんよ! さあ、あと数秒でお終いだ! 魔導ビームの熱線に焼かれて死ぬがいい!』


 魔導ビーム砲のチャージが溜まりかけたその瞬間に、俺はオレリアさんと魔導ギガントの合間に飛び降りた。


「――!? な、なにをするつもりだクロエ! ここにいたらキミまで巻き込まれるぞ!」


「私に考えがあります! オレリアさんは下がってください!」


「な――!?」


 俺はすぐさま【ネビュラ・ホール】を複数展開した。

 魔力的な攻撃ならば、これで吸収出来るはずだ。


「こ、これはいったい……?」


 数多の黒い球体を見て、オレリアさんは困惑している。

 彼女はこの球体が何なのかを知らない。だが、今はそれを一々説明している余裕はなかった。


「あれはクロ助の魔術だ! あとはクロ助がなんとかしてくれるから今はここから離れるぞ!」


「よ、よせ! 私は……!」


「いいから暴れんな! 力じゃ悪鬼オーガの俺に勝てねえだろうがよ!」


 ゼスさんがオレリアさんを無理やり担ぎ上げ、その場を撤退した。

 ナイスタイミングだ。さすが、いざという時には頼れるゼスさんである。


「クロっち! 大丈夫なんだよね!?」


「大丈夫ですレベッカさん! 私を信じて、今は下がってください――!」


「わ、わかったわ!!」


 上空にいたレベッカさんもその場を離脱した。

 これで、魔導ビーム砲の前に残されたのは俺だけだ。


 そして――。

 魔導ギガントから魔導ビームが発射された。

 鳴り響く轟音。甲高い音を伴い、図太い熱線が俺の方へと襲い掛かる。


『フハハハハハ! 何をする気かは知らんが、この魔導ビーム砲の火力で全て焼け死ぬがいい!』


 エリベルトの高笑いの中、俺は【ネビュラ・ホール】を展開し続けた。

 しかし、なんという魔力質量だ。咄嗟の展開で不完全だったとはいえ、【ネビュラ・ホール】が耐え切れずに震えている。


 魔力による熱線を吸収し続けた【ネビュラ・ホール】は、一つ、また一つと限界を迎えて消滅していった。だが、消滅するのなら再度展開すればいいだけの話だ。ビームの波動が消えるまで、俺が【ネビュラ・ホール】を発動し続ければいい。


『な、なんだと……! 魔導ビームが吸収されている……!? バカな! こんなことが、こんなことがありえるはずが……ッ!』


 次第に魔導ビームの出力は弱まっていった。

 そして、気づけば全てのビームを【ネビュラ・ホール】が吸収しつくしていた。もっとスマートな対処法もあっただろうが、咄嗟の判断だったため許してほしい。


「帝国が誇る最強の戦術兵器の一撃を……たった1人で防いだというのか……? クロエ、キミはいったい……」


 ゼスさんから下ろされたオレリアさんが、半ば呆けながら言葉を漏らしていた。


「だから言っただろ。クロ助ならなんとかしてくれるってよ」


「あ、ああ……。素直に驚いたよ。凄いんだな、魔神というのは」


「アタシ達のご主人様だからね! 可愛くて強い! 最強でしょ!」


 そう言ってくれるのはレベッカさんだ。


「そうだな。小さい身体なのに、ほんとうにすごいよ」


 オレリアさんはそう言って、こちらに戻ってきた。

 敵の最大の攻撃は防げたが、まだ戦いは終わっていない。

 眼前の魔導ギガントは、未だに駆動を続けている。


『この、小娘風情が……! また私の邪魔をするというのか……! ええい、忌々しい! あの時もそうだった……ッ! リュドミラ・ブランウェンを操り、オレリアを亡き者にするはずだったあの計画の時も! 何故毎回、貴様のような小娘にばかり阻まれる!』


 魔導ギガントが次の攻撃態勢に入った。

 だが、さっきの一撃で魔力粒子を使い込んでしまったのか、動きが鈍くなっている。


「……今、何と言った」


 シィン、と。

 空気が凍るような圧を感じた。

 そのオーラの持ち主は、今までにない程に殺気に満ちていた。


「リュドミラを操った……だと? エリベルト、その話は本当か……?」


 魔神である俺でさえ、オレリアさんから放たれる殺気に気押されていた。

 だが、エリベルトは興奮しているせいか、オレリアさんに異変に気付いていないようだった。もしくは、魔導ギガント越しに彼女を見ているから、そういう変化に気づきにくかったのか。


『ああ本当だとも! あのバカなガキを陥れ、傀儡魔術で操り貴様を殺させようとしたのだ! だがあのクソガキ、一瞬だけ自我を取り戻しやがってなぁ……勝手に自害しやがったのさ! 魔族との混血である穢れた姉を守るために自らの命を絶った愚かな娘ェ! それが貴様の妹だよオレリアァ!!』


 さらに煽るエリベルト。

 完全にスイッチが入ってしまっている。

 自分が、誰に向かって挑発しているのかを理解できていないのようだ。


「お前が……お前がリュドミラを死に追いやったのか……ッ!!」


『ああその通りだとも! 滑稽だったぞ貴様の妹の死に様はなァ!! まあ、穢れた一族にはお似合いの死に方かもしれんがなァ!!』


「……ッ!! ――エリベルトォォォォォォッ!!」


 大地が震えるほどの咆哮。

 オレリアさんから、圧倒的な波動が放出される。

 怒りによる魔力の暴走かと思ったが、もしやこれは――。


「オレリアさん……!」


 煙にまみれていたオレリアさんの姿が、変貌していた。

 奇麗な銀髪は、紅蓮のように燃え盛る炎髪にになり、こめかみの上辺りから天に伸びる黒い角が2本。握っていた剣には炎が纏わりつき、今にも辺りを燃やしてしまいそうな程だ。


『フハハハ! フハハハハハハ!! とうとう本性を現したな化け物め! 混血と言えど、所詮は魔族! 醜いその姿がお似合いだ!!』


「フゥー……フゥー……!」


 異形と化したオレリアさんは、ゆらり、ゆらりと獣のように獲物へと近づいていく。


 あれは危険だ。俺の直感がそう告げていた。

 近くにいるだけでびりびりと焼けてしまいそうな熱気を肌で感じる。


「クロエ様。ここは危険です。お下がりください」


「クロヴィス。わかりました……ここは一旦様子を見ます」


 魔族の力を自らの怒りで解き放ったオレリアさんは、燃え盛る黒炎を纏いゆっくりとエリベルトが乗る魔導ギガントへと近づいていく。今のオレリアさんは、怒りで我を忘れている。ここにいては俺も巻き添えを喰らいかねない。クロヴィスはそう判断して俺を下がらせたのだろう。


『魔族とはやはり醜き生き物よなァ! 人の皮を被った化け物風情が我ら人間様に勝てるはずがないのだァァァ!!』


 エリベルトが駆る魔導ギガントが、オレリアさんに向け小型バルカンを連射した。しかし、その弾丸は全て、オレリアさんに届く前に焼き切れてしまった。


『化け物の分際でェェェ!!』


 最早ヒートアップしたエリベルトは、相手がどれ程の怪物かも理解できていないようだった。実体剣による雑な攻撃でオレリアさんを牽制するが、燃え盛る剣によって全て薙ぎ払われてしまう。


『クソォォ! クソがァァァァ!!』


 やけくそな操作でオレリアさんに抵抗するが、全てが無駄だった。

 怒りによってタガが外れてしまったオレリアさんの前には、全てが無力であった。


「ガアアアアアァァ!!」


 黒き炎が魔導ギガントを包み込む。

 俺の【ラ・エクレール】でさえ簡単に防いだ魔導ギガントの防衛機能が作動していない。

 魔力切れでそもそもシールドを展開できないのか、それともオレリアさんの黒炎の威力が高すぎるのか、ここからでは判別がつかない。


『なんだこの炎は……!! 何故シールドが発動しない……ッ!?』


「ウガァァァ!!」


 本物の怪物のように、オレリアさんは本能のままに魔導ギガントの脚を炎剣で焼き切った。先ほどまで全く通じていなかった装甲を、いとも容易く断ち切ったのだ。


 魔導ギガントの脚が折れたことによって、デカブツの動きは止る。そして、前のめりに魔導ギガントは倒れた。黒炎が、このまま魔導ギガントごと焼き払ってしまいそうな勢いだ。


『こ、このままでは私も燃えてしまう……ッ! どうしてだ……特製の魔導ギガントが、人間である私が魔族に負けるというのか……!?』


 オレリアさんは、本能で魔導ギガントの操縦席へのハッチによじ登り、扉を粉砕した。

 そして、中にいたエリベルトを無理やり外に引きずりおろす。


『あ、熱いィィィィィ!? こっ、この化け物め! 私に触るなァ!』


「ガァァァァァァァ――ッ!!」


 オレリアさんは、そのままの勢いでエリベルトを地面に叩き落とした。

 恐らく、それだけでエリベルトの肉体は相当なダメージを負ったことだろう。生身の人間が、あの高さから受け身も取れずに落下すれば、骨折どころではすまない。


「あがぁ!? ぐぅ……! ハァ……ハァ……! ゴフ……っ」


 エリベルトは血を吐き、地面をのたうち回る。

 これ以上やれば、エリベルトは本当に死んでしまうだろう。

 オレリアさんがもし正気であるのならば、絶対にここまではしない。

 だが、今の彼女は明らかに正気を失っている。


 オレリアさんが愛していた妹、リュドミラ・ブランウェン。その少女を、あの男は操り自害へ追い込んだ。そして、この戦場でもオレリアさんを殺そうと画策し、挙句の果てには何の関係もない民をも巻き込もうとした。


 エリベルトは一線を越えてしまったのだ。

 彼はやり過ぎた。

 オレリアさんに殺されても仕方がない程の罪を、彼は犯してしまったのだ。


「や……やめろ……! ゴフ……ッ……ヒュー……ヒュー……。し、死にたくない……!」


 呼吸することさえ苦しそうなエリベルトに、オレリアさんは近づいていく。

 正直、もう放っておいても助からなさそうだが……。


「おい……! お前達、何を呆けている……! 私を、ゴホッ……助けないか……!」


 周りにいた歩兵達エリベルトはに助けを請うが、誰も動こうとはしなかった。それもそうだろう。エリベルトは彼らを巻き込んで殺そうとしたのだ。そんなやつを、誰が助けるというのか。まあ、それよりも今のオレリアさんに手出しする勇気のあるやつがあの中にいるとは思えないが。


「い、嫌だ……! こんなところで、死にたくない……っ」


「ウガアァァァァァ!!」


 黒い炎に包まれた剣が、エリベルトの身体を貫いた。

 そして、その黒き炎はエリベルトに燃え移り、一瞬で塵に変えてしまった。


 瞬間、辺りに静寂が走り――


「あ、ああ……エリベルト様が殺されたぞ……!」


「う、うわああぁぁぁぁ! 俺達も殺される……!」


 敵の兵士たちは阿鼻叫喚になっていた。

 武器を捨て逃げていく。

 だが、そんな彼らに対しオレリアさんは――


「―――――ッ!」


 逃がすまいと、兵士達に黒き炎を撃ち放った。

 正気を失っているとはいえ、これ以上はやり過ぎだろう。

 俺はすぐさま黒き炎に対して【ネビュラ・ホール】を展開する。

 ギリギリのところで炎を吸収できた。判断が少しでも遅れていたら手遅れだった。


「オレリアさん……! 目を覚ましてください!」


 俺は呼びかけるが、オレリアさんの様子に変化はない。

 それどころか、どうやら標的を俺に変更したようだ。

 殺気があふれ出ている。これはもう、力ずくにでも大人しくしてもらうしかないようだ。


 オレリアさんと戦いたくはないけど……仕方がない。

 それに、あの姿はエリーゼさんから聞いたことがある。

 もしかしたら、俺とは無関係というわけでもないのかもしれない。


 だが、それ以上に……。

 こんな姿のオレリアさんは見たくない。

 だから、俺が止める。


「今助けます……オレリアさん――!」


 黒炎の主との、戦いが始まろうとしていた。

 

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