暗躍する者
最前線から少し離れた場所で、エリベルト・クレスターニは焦燥感に捕らわれていた。標的であった剣聖オレリア・ブランウェンが何者かに連れ去られ、安否がわからない状態に陥ったからだ。
計画を遂行するために準備していた結界も、何者かにあっさりと破壊されてしまった。未知の存在の出現に、エリベルトは苛立ちを隠せないでいた。
「いったい何者なのだ! あの結界はエルドラの精鋭魔術師部隊を操って作り上げた代物だぞ! 攻撃魔術程度で破壊できるはずがない!」
身をひそめ、戦場を横目に見ながらエリベルトは吐き捨てた。
あの結界で、剣聖はヨルムンガンドとの戦闘で亡き者になるはずだった。もしヨルムンガンドが出現しなくとも、逃げれぬ結界内で邪竜達と戦い疲弊してくれれば、そこをエリベルトが討つ予定だったのだ。その計画が頓挫した今、次の行動をどうするべきか。エリベルトは頭を悩ませていた。
「貴様も何とか言ったらどうだ、マリエル」
エリベルトは隣に立っていた魔術師風の女性に声をかけた。
マリエルはフードを目深に被っているせいで、素顔が露わになっていない。
何とも怪しげな女性だが、今回の計画に必要不可欠な協力者だ。
「……フフ、実に面白いじゃないか。私が作り上げた傀儡式結界をああも簡単に破壊されるとはね。心が躍るよ」
「何を悠長な……。オレリアもどこへ連れていかれたか把握できていないんだぞ。このままでは計画がご法度になる」
「安心しろ。剣聖の居場所は部下たちに捜させている。すぐに見つかるだろうさ。しかしだな、私の興味はもう他のモノに移っているんだよ」
「あの黒い小娘のことか」
ヨルムンガンドと対峙している黒い少女。いや、幼女と言った方が正しいかもしれない。背丈は低く、年齢も10歳やそこらだろう。
だが、その女は突然現れてエリベルト達の計画をことごとく破壊している。
何者かもわからぬが、あの黒い少女は明らかにエリベルト達の敵であった。
「どいつもこいつも邪魔ばかりする……! 1年前のあの時もそうだ。ブランウェン家の次女……純血のくせに、混血の姉を守るために死んだ愚かな娘……! あのガキが賢ければ今頃剣聖の名は私のモノだったというのに……!」
エリベルトは吐き捨てるように言った。
オレリアの妹であるリュドミラ・ブランウェンを傀儡化し、抵抗できない彼女を殺害させる計画。だが、結果は失敗に終わった。
「ああ、あの時のやつか。あれは失敗だったな」
「まさかリュドミラ・ブランウェンが貴様の傀儡魔術に抵抗して自害するとは思わなかった。自分が操られ、姉であるオレリアを殺そうとしていたことに気づくとはな」
「フフ、もう少しドラマティックに演出すればよかったかもしれないね」
妖しく笑うが、その素顔は陰でよく見えない。
不気味なやつだと、エリベルトは思う。歳もまだ20そこそこだろう。金で雇ってもう1年以上になるが、未だに底が知れない。何を考えているかも読めないのだ。
ただ、必要な時に必要な働きをしてくれるので、エリベルトはマリエルを重宝していた。
傀儡魔術という特殊な術を扱える奇異な存在。この大陸でそんな術者はそういない。
「あの小娘は傀儡に出来ないのか?」
「ああ、無理だろうね。前にも説明したが、強者に私の傀儡魔術はきかない。一般兵とか多少強いやつとかなら操れるが、ヨルムンガンドとやりあうようなやつは無理さ」
「それもそうか。誰でも傀儡に出来たなら貴様に勝てる者はいなくなるだろうからな」
「そういうこと。便利な術であることには変わりないけどね」
そう言って、マリエルは小さな紙をエリベルトに渡した。
「これは……?」
「部下が突き止めた剣聖の居場所だ。どうやら何者かに匿われているようだな」
「さすがに仕事が早いな。あとはここに行って――」
と、エリベルトが言いかけると、マリエルは踵を返した。
「どこへ行く――?」
「今回の契約はここで終了だ。これ以上お前に付き合っていたら命がなさそうだからね。ここらでお暇させてもらうよ」
「な……! 待て――」
エリベルトがマリエルに手を伸ばす。
が、その手は空を切った。
闇に包まれ、マリエルは消えてしまっていた。
「消えた……か。相変わらず身勝手な奴だ。まあいい。予定通り報酬分の仕事はしてくれたわけだしな。あとは例の魔導ギガントを利用してオレリアを葬り去るだけだ」
計画は色々と瓦解したが、結局のところオレリアを遠征の戦場で亡き者にできればいいのだ。そして、一般兵士たちに自分の方がオレリアよりも強いのだと思い込ませればいい。イレギュラーのせいで計画通りスマートにこそいかなかったものの、まだ諦めるには早すぎる。
「クク、待っていろよ……」
エリベルトはマリエルから渡された地図を握りしめ、1人ほくそ笑んだ。