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最前線




 主戦場へ近づくにつれ、邪竜達の量が増えてきた。

 襲い来る火の粉は払いつつ、俺とベレニスさんは急ぎ剣聖オレリアの元へ向かう。そしてその道中で、クロヴィスと出会った。といっても、このクロヴィスは分身体だ。本体は屋敷の防衛にあたっているとのことで、情報を集めるために分身体を外に放っていたらしい。俺達が遭遇したのはその中の一体ということだ。


「分身体の私であっても、意識は繋がっておりますのでご安心ください」


 分身体クロヴィスは俺に対してそう説明する。


「戦闘においては非力ですが、離れた場所からの意思疎通は可能です。状況を把握しつつ、対応を模索するにはこうしたほうが効率がいいのです」


「便利な能力ですね。心強いです」


「クロエ様にそう言っていただけるとは光栄の至りでございます。それで早速なのですが、情報を共有しておきたいと思います」


 一度俺達は立ち止まり、クロヴィスの言葉に耳を傾ける。


「この戦、色々と思惑が蔓延っているようなのです。単純に邪竜を撃退すればいい、という問題でもなくなってまいりました。実は――」


 そして、クロヴィスは先ほど俺達が盗み聞きした内容と似た情報を口にした。副隊長であるエリベルト達の陰謀。そして邪竜王ヨルムンガンド出現の報せ。どうやら彼も、分身体を使って同じ話を聞いていたらしい。通りであの後すぐに合流できたわけだ。


「――というわけなのです。帝国内部でも、色々と複雑な事情がある、ということなのでしょう。特に貴族がらみの因縁は根が深いようです。帝国という国の成り立ちを考えれば当然といえば当然なのでしょうが……」


「難しい問題ですね。ですが私は――」


 俺はあの銀髪のお姉さんに無事でいて欲しいだけだ。

 そう言いかけたが、まだそうと決まったわけじゃないので口には出来ない。

 今は一刻も早く剣聖の元へ行くことが先決だな。


「いえ、なんでもありません。先を急ぎましょう」


 俺の個人的な都合に付き合わせてしまって、申し訳なく思う。

 だけど、きっとこの二人なら事情を説明してもついてきてくれる。そんな気がした。


 主戦場へ一気に駆け、いよいよその場所が近づいてきた。 

 辺りは、前回の襲撃で壊滅したエルドラ領の北部郊外。

 瓦礫の山と人と邪竜の成れの果てが転がっている。


「これが戦場……」


 戦えば誰かが死ぬ。

 それはわかっていたことだったけど、実際に見ると覚悟が鈍る。

 だけど、俺には誰かを殺すことのできる力が宿っている。これからはそういった選択もしていかなければならないのだろう。力を持つということは、その責任も背負わなければならないと、エリーゼさんは言っていた。その意味を、俺はきっとこれから知っていくことになるんだろうな。


「主戦場が見えてきましたね。それに、あれは――」


 ひと際異彩を放つ邪竜が一頭。戦場の空を支配していた。

 すぐに分かった。あれが邪竜王ヨルムンガンドか。禍々しくとても強いオーラだ。黒色の体躯に紫色の棘。体長は他の邪竜の3倍以上ある。まさしく群れのボスだ。


「邪竜王は魔導キャノンの一撃を魔力シールドで難なく防いでいるようですね。やはり、普通の竜種とは格が違うということでしょうか。――クロエ様、どうされますか?」


「近くまで行きます。剣聖オレリアの姿をこの目で確認したいんです」


「わかりました。クロエ様の指示に従います」


 そうして、俺達は邪竜たちを払いのけつつ、剣聖オレリアが戦う戦場へと向かった。


 魔導兵器の音、兵士たちの怒号、邪竜の鳴き声が入り混じる戦場。

 慎重に歩みを進め、時には帝国の兵士を手助けしつつ、目的の場所へとたどり着いた。丘の下では、今なお激しい戦闘が繰り広げられている。


「あれが……白銀の剣聖オレリア・ブランウェン」


 煌めく刃が舞うその姿は、美しくすらあった。

 戦場に咲く一輪の花のように、彼女はそこにあった。


 見間違うはずもない奇麗な銀髪。

 裁縫店で声をかけてきたお姉さん、その人が最前線で戦っていた。


「やっぱり、裁縫店で会った銀髪のお姉さんがオレリアさんだったんですね……」


「クロエ様は剣聖をご存じだったのですか?」


「ええ。実はですね――」


 ざっと経緯をベレニスさんと分身体クロヴィスに説明した。

 裁縫店で出会った銀髪のお姉さんのこと。そして、彼女も裁縫が好きで服を作るのが趣味だということ。二人も、まさか裁縫店に来るような人が剣聖だとは思わなかっただろう。それは俺も同じだ。


「――これは私の勝手な想いですが、あの人には死んでほしくない。例の陰謀が確かなら、オレリアさんがヨルムンガンドに勝てたとしても、あのエリベルトって人が何らかの手段で彼女にとどめを刺しに来るはずです。出来ればそれも阻止したい」


「まさか、クロエ様がすでに剣聖と接触していたとは予想外でした。剣聖の趣味が服を作ることだというのもいささか意外でしたが――。そうですね、クロエ様が彼女を救いたいと願うのなら、我々はその意思に従うのみです」


「ありがとうございます、クロヴィス」


 仲間のありがたみを噛みしめながら、俺は最前線の状況を確認する。

 想像通り、最も矢面に立っているのはオレリアさんだ。その後方から魔導キャノンや魔導バリスタによる援護射撃が行われている。さすがに一兵卒では邪竜とタイマンは張れないようだな。ここでそれが出来るのは剣聖の称号をもった彼女だけのようだ。


「ヨルムンガンドは高みの見物のようですね。災厄級の魔物が上空に居座っているこの状況、帝国兵たちの心境はさぞかし穏やかではないことでしょう」


 ベレニスさんは上空を見上げながら言った。

 確かに、最大の脅威が敵の後ろに控えていては気になってしょうがないことだろう。しかし、それ以上に兵たちの動きが鈍いのは、やはりエリベルトの息がかかった者達だからか。命の危険がある状況で命令に忠実なのは、エリベルトがオレリアさんよりも強いと信じているからかもしれない。

 

「空の敵に攻撃する手段は限られていますからね……。魔導兵器による遠距離攻撃か、もしくは魔術師による魔術攻撃か。さすがに、歩兵単体では空を飛べる邪竜を相手にするのは厳しいみたいですね」


 そういやさっき助けた一家が言っていたな。エルドラには優秀な魔術師部隊がいると。その部隊はどこで何をやっているのだろうか。これだけ大規模の戦が行われているんだから、出張ってきてもおかしくないはずだが。


 制空権を取り戻すために、魔術の広範囲攻撃で押し返す策とか有用な気がするがどうなんだろうか。魔導兵器だけでは追い付いていないようだし、魔術師の需要は高そうに思えるが……。


「クロエ様、ヨルムンガンドに動きが……」


 ベレニスさんに言われ上空を見ると、ヨルムンガンドが上空から下りてきた。そして、戦場に向けて咆哮した。激しい風圧が帝国兵達を襲う。衝撃で魔導兵器がいくつか転倒している。咆哮だけでこの威力、竜王の名は伊達じゃないということか。


『――愚かな人間よ。何故抗う……?』


 ヨルムンガンドが問いかける。

 その先にいるのは、オレリアさんだ。


「民を守ることが私の使命だからだ――!」


 剣を構え、オレリアさんは高らかに応えた。

 先ほどまで毒を盛られた状態で邪竜達の相手をし続けていたからか、身体が震えている。


 今にして思うと、裁縫店で出会った時から顔色が悪かったのは風邪なんかじゃなく毒のせいだったんだな。致死量ではなさそうだが、やはり見るからに辛そうだ。


『クハハ、面白い。魔に属する貴様が人間を守るか。実に滑稽なことだ。しかし、その身体でよく戦う。自分でも気づいているのだろう? 己の身体が毒に侵されていることに。――しかもその毒は我ら邪竜や他の魔物のものでもない。人為的に作られたものだぞ』


「……それがどうしたというのだ。体調が悪いからという理由で戦場から逃げ出すわけにはいかない。誰かに毒を盛られていたからとて同じだ。今は民を守るために戦うことが最優先……。私はあの子と誓ったんだ。この剣は誰かを守るために振るうと。それが例え、三大竜王の一角だろうと変わりはしない――!」


 オレリアさんはふらつく身体でヨルムンガンドに刃を向けた。

 彼女は気づいていたんだ。毒を盛られていたことに。

 それでも戦場へと赴いた。本当に、強い人だ。


『理解に苦しむな。その身体で我に勝てるとでも思うたか』


 再びヨルムンガンドが咆哮した。

 それだけでオレリアさんのボロボロの身体は吹き飛んだ。

 もはや受け身も取れない程消耗しているのか、オレリアさんはそのまま地面に叩きつけられてしまう。


「ぐぁ……っ!? くぅ……、まだ、だ……」


 傷つきながらも、オレリアさんは立ちあがった。

 これ以上は危険だ。いくら剣聖といえど、あの身体ではヨルムンガンド相手に勝負にならない。


「クロエ様、それは……?」


 ベレニスさんが俺に聞いてくる。

 俺は、先ほどから【第三の眼サード・アイ】という術を発動していた。

 オレリアさんが侵された毒の成分さえわかれば、治癒のしようがあると考えたのだ。【第三の眼サード・アイ】は対象の状態を分析アナライズする能力も持っている。これでオレリアさんがどういう状態なのかを知ることが出来るはずだ。


「それは【第三の眼サード・アイ】ですね。【第三の眼サード・アイ】は対象の状態を分析できる術……。クロエ様、まさか毒の成分を解析しようと……?」


「はい。この距離でもギリギリ範囲内で助かりました。一応この魔力の眼を飛ばすことも出来ますが、それではヨルムンガンドに勘付かれる恐れがありましたから」


 だがこれで、オレリアさんが盛られた毒の成分が判った。

 ポイズンリザードの毒を主成分とし、意図的に毒の効果を薄めたもののようだ。

 恐らくエリベルトの配下にその手の専門家でもいるんだろう。複数回摂取させることでじわじわと効果が出るタイプのようだ。


「クロヴィス。レベッカさんをここに呼ぶことは可能ですか?」


「お任せください」


 すぐにクロヴィスは屋敷にいるであろう本体に意識を戻した。

 これで、準備は整った。あとはオレリアさんを救うだけだ。

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