思惑
クロヴィスの屋敷へ向かう途中、帝国兵を数人発見した。
人気のない住宅街の中で、避難誘導でもしていたのだろうか。
ちなみにここから目視できる帝国兵は全員で4人だ。1人だけ雰囲気の違う帝国兵がいる。彼らの上役だろうか。
そんな帝国兵の集まりを物陰から訝し気に俺が見ていると、ベレニスさんが口を開いた。
「あの服装が他と違う男性は今回派遣されてきた部隊、その副長ですね。避難所でクロエ様にお話したエリベルト・クレスターニという男です」
「あの人が……」
まだ若いな。30歳くらいだろうか。整った顔立ちに、どこか気品も感じる。
剣聖オレリアもまだ若いって話だし、帝国軍人は年齢層が低いのだろうか。
「なんだか気になりますね。様子を見てみましょう」
俺達は咄嗟に隠れた物陰から、エリベルトとその部下であろう兵士達を観察する。どうやら何か話しているようだが、ここからでは聞き取れない。
「ここからでは会話の内容が聞こえませんね。接触をはかりますか?」
「いえ、隠れてここから彼らの会話を盗み聞きしましょう」
俺は自分の耳とベレニスさんに、聴覚を強化する魔術を発動した。
「聴覚を強化しました。ベレニスさんも聞こえますか?」
「はい。ありがとうございます」
ベレニスさんにもしっかりと術が施されていることを確認し、俺はエリベルト達の会話に聞き耳を立てる。これで少しでも戦闘状況の情報なんかを手に入れられればラッキーだが、さて。
「エリベルト様、ここら一帯の民間人の避難は完了しました。これからどうしましょうか?」
「そうだな。ここまでは計画通りだ。あとは我らが剣聖様が邪竜との戦闘で弱るのを待つだけ……。クク、ようやくあの混ざりものから剣聖の称号を奪えるというもの」
ニヤリと笑うエリベルトは、ここからでも不気味に見えた。
なにか企んでいる。そんな感じだ。
「長い間エリベルト様はよく耐えてきた思います。弱小貴族のブランウェン家の分際で剣聖の名を名乗るその大罪。決して許されることじゃないですからね」
「ああ。それに、剣の腕も私の方が上だ。しかし皇帝陛下も見る目がない。名門クレスターニ家の嫡男である私を差し置いてあの小娘に剣聖の名を授けるのだからな。だが、それもここまでだ。オレリアは邪竜との戦闘で死に、剣聖の名はこの私、エリベルト・クレスターニが頂く」
「エルドラまでの道中で仕込んでいた例の毒薬もきいているようですし、いくらあの女が強かろうとここまでですな。それに、今回の部隊はクレスターニ家の息がかかった兵士ばかり。連携も上手くは取れないでしょう。敵は自軍にもいる……まさに四面楚歌状態というわけですな」
俺は聞き耳を立てたまま、彼らの会話の内容を瞬時に理解する。
帝国側の事情は詳しくないが、どうやらエリベルト達はオレリア・ブランウェンから剣聖の名を奪うために色々画策しているようだった。
「クロエ様。クレスターニ家はワイズマン家に並ぶ上級貴族です。剣術師範の名門でもあり流派も抱えているくらいの家ですので、剣聖の名は喉から手が出る程欲しいのでしょう」
ベレニスさんが小声で説明してくれた。
「そういうことですか。大体話は読めてきましたね」
しかし、彼らがさっき言っていた混ぜものとは何のことだろうか。その言葉が妙に引っかかる。それとなんだろう、俺は大事なことを見落としているような……。
「しかし、かの邪竜王ヨルムンガンドが出てくるとは好都合でしたな。毒薬を盛らなくともあの小娘では歯も立ちますまい」
「ああ、例の三大竜王の一角か。だが、所詮ドラゴンはドラゴンだろう。オレリアは勝てぬかもしれんが私ならば倒せるさ。やつは実質1人だが、私には大勢の仲間と例の魔導兵器がついている。――ま、1人でだって私の剣でねじ伏せてやるがな」
「さすがはエリベルト様。臣下としてこれ程心強い事はありませんよ」
「フフ、私の剣の腕はお前も知るところだろう。剣聖の名に相応しいのは私だということを証明して見せよう」
帝国が一枚岩ではないというのは、国という大きな枠組みなのだから容易に想像できる。
だが、なんというかこいつらは好きになれないな。正々堂々と剣聖という名をかけて勝負すればいいのに、小賢しい手段を用いて称号を奪おうとしている。せこい連中にしか見えない。
「……あ」
と、俺はそこで思い出した。
なんですぐに気づかなかったんだろう。あのエリベルトと似た服装をした帝国兵の人物を俺は1人知っていたことを。
そう、裁縫店で出会った銀髪のお姉さんだ。
兵士に指示を出していたから、階級の高い人くらいに思っていたが、部隊の副長と近い服装をしているということは、あの人もかなりの高階級ということになる。それこそ、部隊長クラスの。
そして、この大部隊の部隊長は今話に上がっている白銀の剣聖オレリア・ブランウェンその人のはずだ。もし、あの銀髪のお姉さんが白銀の剣聖その人で、エリベルト達の罠に嵌められているのだとしたら、それは見過ごせない。彼女はとても優しい人だった。短い時間の会話だったが、そう感じたのだ。
しかし、まだあのお姉さんが剣聖であると確信は得られていない。実際に主戦場に赴いて剣聖の姿を見ることが出来れば話は変わる。ここは行動を起こす時だな。
「ベレニスさん。予定を変更しても大丈夫ですか?」
「それは構いませんが……彼らを見張るのですか?」
「そうしたいところなんですけど、少し確かめたいことができました。確認が出来次第、動き方を考えます」
「なるほど。承知いたしました。お付き合いいたします」
ベレニスさんは素直に俺の意見に従ってくれた。
屋敷からは離れてしまうが、向かうとしよう。
邪竜防衛線の最前線、剣聖オレリアの元へ。