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なんだよ、結構ツルツルじゃねえか……




 長い長い夢を見ていたような気がする。

 黒い少女の壮絶な戦いの記録。

 それが誰なのかは判らないが、とても凄い物語だった。

 しかし、意識が現実世界に覚醒すると、その内容も朧気になる。


「…………」 


 俺はゆっくりと目を開けた。

 いつ寝たのか、よく覚えていない。

 なんだかふわふわしている。雲の上にでもいるかのようだ。


「――ぁ」


 小さく声を出す。

 そしてやはり、俺の声は少女のもので。

 徐々に眠る前に何があったかを思い出してきた。

 そう。俺は異世界に転生したようなのだ。

 身体が思うように動かなかったため、ベレニスというメイドさんにこの部屋まで連れてこられた。そして、急激な睡魔に襲われそのまま眠ったのだ。


「……時間も経ったし、身体も動くかな」


 ひとまず上体を起こした。

 それから慎重に下半身に力を入れる。

 すると、しっかりと俺の意思に同調し動いてくれた。


「これなら……っ」


 自分で歩けるかもしれない。

 ゆっくりとベッドから下り、地面に立つ。

 ……うん、大丈夫そうだ。

 ちゃんと立てるし歩ける。

 ようやく一人前の人間として一歩を踏み出せた。


「って、俺は人間という種族ではないんだった」


 ベレニスさん曰く、魔神――。

 まだ魔神という種がどのようなものなのか理解していないけど、戦力的価値を見出されて召喚されている。となると、やはり魔法とか魔術とかを使って戦えると考えるのが妥当だろう。


 しかし、やはり何度念じても魔法なんて使えそうもない。

 死ぬ前の自分と、身体の感覚としては何ら変わりがないのだ。

 違うことと言えば声が女の子になっていること。

 そして立ってみて分かったが、視線の位置がやたらと低い。


「身長、縮んでるっぽいなこれ」


 今の自分がどのような姿なのか。

 これは確認せざるを得ない。


「この部屋に鏡とかあるかな」


 俺は化粧室っぽい所へ行き、扉を開けた。

 すると、中には洗面所があり、もちろん鏡があった。

 そして、俺は鏡の前に立つ。

 立ったのだが――。


「…………おいおいおい、お人形さんか? 顔のパーツ、整いすぎだろ……」


 鏡に映る自分は、お人形のように愛くるしい見た目をした幼女であった。

 髪の長さはセミロング。若干ゆるふわ系で肩下くらいまでの長さだ。

 髪色はなんだっけなこれ。ダークシルバーってやつか。

 瞳も奇麗で宝石のようだ。

 服装は質素だが、気品を感じさせる黒いワンピース。

 自分で言うのもなんだがとても可愛い。


「てか、声で想像はついていたけどやっぱり女の子になってしまったのか、俺……」


 見た目と喋り方のギャップが酷過ぎる。

 これは一人称もそうだが、考えないといけないな。

 まあ、職場での言葉遣いが一番しっくりきそうだ。

 一人称も普通に『私』で通していたし、丁寧口調だった。

 うん。それでいこう。どうせ誰かと話すときはいつもそうだったしな。

 1人の時は……今まで通り普通でいいか。

 

「そういや身体とかどうなってるのかな……?」


 生まれてこの方女の子の身体なんてじっくり見たことがない。

 そりゃネットが普及していた時代だったから画像では何度も見たことあったけど、生となったら話は変わる。


 加えて自分の身体なら触り放題!

 と思ったが、視線を落とすと視界を遮るものはなく。

 見事に幼女然としたお胸様だった。

 多少の膨らみはあれど、感触を楽しむことは出来なさそうだ。


「ま、まあいいや。いつか大きくなるかもしれないし」


 胸の感触はその時楽しめばいい。

 それに、ないといっても全くのゼロじゃない。

 確かにそこにはあるのだ。神聖なる膨らみが。


「これはこれで可愛らしくていいかも? でも、魔神っていう割には普通な外見だなぁ。角が生えてるとか、肌が黒いとかもっと怖い外見を想像していたけど、人間と何ら変わらないんだな」


 もう一度まじまじと自分を見る。

 やはり滅茶苦茶可愛い。俺が想像する魔神には見えない。

 こんな子が自分の娘だったら嬉しいだろうな。

 まあ、結婚することもなく死んだんだけども。


「……そういえば、下はどうなってるんだろう――」


 なんだかすごくいけないことをしようとしている気がする。

 でも、自分の身体なのだ。確認することは別に悪い事じゃないはず。


「と、とりあえず触ってみよう。うん、別にやましいことは何もない。自分の身体を触るだけなんだからな……!」


 俺はそう決めて、ゆっくりと下腹部に指を伸ばした。

 ゴクリ、と。生唾を飲み下す。

 やはりというべきか、本来あるべきものがそこにはない。

 あるのはそう。スジのみだ。何なら毛もない。


「――なんだよ、結構ツルツルじゃねえか……」


 と、俺がふざけた風に言っていると、唐突に扉の方からノックの音が聞こえてきた。


 俺は身体をビクっと震わせ、そそくさと手を戻す。

 いけないことをしていたわけじゃないのに、何故か罪悪感に襲われた。

 初めて味わう感触にドキドキしながらも、俺は冷静を装い扉に向かう。


「クロエ様。ベレニスです。目覚められましたでしょうか?」


 ノックの主はベレニスさんだった。

 知らない人じゃなくて一安心だ。

 というかもう俺の名前はクロエってことになっちゃったんだな。

 見た目にも合ってるからクロエという名で別にいいけれど。


「は、はい。起きてます」


「では、開けますね」


 そう言って、ベレニスさんは部屋に入ってきた。

 今日もメイド服である。今は視界も良好でよく似合っているのが分かる。


「おはようございます、ベレニスさん」


「おはようございます、クロエ様。それで、体調の方はいかがでしょうか?」


「あ、はい。今のところ問題なさそうです。下半身も動きますし……」


 しかし、魔神的な力の波動は一切感じない。

 至って普通の人間の身体である。


「その様子ですと、やはり魔神としての覚醒には至っていないようですね」


「みたいです……。となると、やはり私はダメだったんでしょうか?」


「――残念ですが、これだけ時間が経って変化がないとなると……。しかし、そもそもこの召喚の成功率はかなり低いものでした。魔神とはそれだけ強力な存在。簡単に召喚できるとは思っていませんでしたので」


 淡々と喋るベレニスさん。

 力もなく、ただの幼女である俺は何の価値もないのでは……?

 これからどうなるのか先行き不安です……。


「クロエ様。少し、お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「全然いいですよ。むしろ色々と聞きたいくらいです」


 この世界の事をもっと知っておきたい。

 俺が元いた世界とは常識だって文化だって違うはずだ。


「では。まずはこの場所の説明をしておきますね。この部屋は貴族であるワイズマン家の宮殿……その離れに位置します。禁断魔術による召喚の儀は離れの地下で行われていました。そして、ワイズマン家が仕える国の名はギルンブルク帝国。今いるこの場所は、その東の要の一つであるエルドラ領になります」


「ギルンブルク帝国、ワイズマン家に、エルドラ領……」


 頭の中で情報を整理する。

 俺は貴族のワイズマン家によって召喚された。

 そして現在の場所。ここはギルンブルク帝国の東にあるエルドラ領と。


「エルドラ領の領主であるのがワイズマン家です。そして、ワイズマン家は帝国貴族の一角になります。簡単に説明すると、帝国の中でも強い権力を持ち領地を任されている一族ということです」


「貴族……」


 帝国貴族の一角であるワイズマン家。

 なんだか場違いなところに召喚されてしまったようだ。

 平民である俺には縁遠い場所だな。日本に貴族制度はなかったけども。


「そのガエル・ワイズマンという方が当主なんですか?」


「その通りです。約1年ほど前にガエル様の父君が亡くなられ、今は息子であるガエル様ご本人が当主としてワイズマン家を牽引しています」


「なるほど。ではこのエルドラを治めているのがそのガエル・ワイズマン様、ということですね」


「おっしゃる通りです。――ふふ、クロエ様は聡明な方なのですね。理解が早くて助かります」


 小さく笑うベレニスさん。

 初めて彼女の笑う姿を見た気がする。とても奇麗だ。


「そして今からお話しするのが、本題になります」


 ピリ――と空気が変わる。

 ベレニスさんの表情が真剣なものになり、ほんとに大事な内容はこれから話すことなのだと感じ取れる。俺も覚悟して聞いた方がよさそうだ。


「――エルドラ領は今、邪竜と呼ばれる脅威に晒されているのです」


 真顔でそんなことを言うベレニスさん。

 しかしだ。邪竜ときたか。これまたファンタジーだな。


「邪竜、ですか」


「はい。邪竜です。クロエ様はご存じないかと思いますが、災厄級の魔物と言われています。巨大な体躯に全てを焼き尽くす黒炎のブレス。災厄級の名は伊達ではなく、前回の襲撃で、街の3分の1が崩壊しているのです。このままではエルドラ領が地図から消えるのも時間の問題。クロエ様が禁断魔術によって召喚されたのも、その邪竜が原因なのです」


「な、なるほど。魔神としての力でその邪竜とやらを撃退するために私は召喚された……的な感じでしょうか……」


「はい。そうなりますね」


「……ですけど、私は失敗してしまったわけですよね」


「そうですね」


「……」


「……」


 数秒間、ベレニスさんと見つめ合ってしまった。

 俺は恥ずかしくなり視線を逸らす。

 そして、口を開いた。


「…………あの。この街、大丈夫なんでしょうか……?」


 もし、頼みの綱が俺の召喚だったとしたら、今のエルドラ領は窮地だったりしないだろうか。


「一応、帝都から精鋭部隊が救援に来る予定です。いわばクロエ様の召喚は苦肉の策。禁断魔術に成功し撃退できれば御の字。でなければ予定通り救援が来るまで防衛に徹する。それがガエル様のご判断です」


「な、なるほど。私はとりあえず召喚してみて、成功すればラッキー……くらいな存在と」


「……おっしゃる通りです。もちろん、多少は期待はされておりました。が、縋ってまではいないということです」


 ベレニスさんの視線が冷たく感じる。

 俺が眠っている間に、当主と何かあったのだろうか。

 それとも、俺の考え過ぎだろうか。

 どちらにせよ、俺は役立たずの失敗作だったというわけだ。

 これからどうなるのか、気がかりでしかない……。


「また数日以内に邪竜達の襲撃があると予測されます。街の主要部には魔導兵器による防衛手段を用意しておりますが、全てを防ぎきるのは不可能でしょう。ですが、クロエ様が気に病む必要はありません。これも運命。失敗したのは残念でしたが、次の策を用意すればいいだけのこと」


 ベレニスさんは一度大きく息を吸いこみ、そして吐いた。

 そして、懐から何かを取り出す。

 見たところ、指輪のようだが……。


「クロエ様。これをお受け取りください」


「これは……?」


「お守りのようなものです。指輪ですので、指にはめておいてもらえると助かります」


「わ、わかりました――」


 特に断る理由もないし、俺はベレニスさんから受け取った指輪をはめた。

 まあ、このアイテムをつけることで力が漲る、なんてことはなく。

 本当にただのアクセサリーのようだ。


「よくお似合いです。では、早速ですが謁見の間へ向かいましょうか」


「はい――」


 いよいよご対面ということか。

 果たして俺の運命やいかに――。


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