意外な場所で
銀髪のお姉さんの部下は、やはり帝国の兵士だった。ということは、あのお姉さんも帝国兵だったのだろう。一つ気になるのは、その服装だ。シェルターを守っている兵士達と恰好が違った。なんだかちょっと偉い人だったのかもしれないな。まあ、今となっては、だが。
「シェルターって、結構広いんだなぁ……」
帝国の兵士の人に案内された俺は、近くのシェルターの中にいる。
今なお、けたたましいサイレンの音は鳴り響いている。
このエルドラの街に邪竜が来たというのは、間違いないようだ。
「魔導シールドが持ってくれればいいが……」
「噂では帝都から援軍が来ているとか。もしかしたら今回は討伐まで持っていけるかもしれないぞ」
「邪竜の襲撃もこれで何回目だ……? 最近はなかったから、油断していたな」
「これ以上被害が増えなければいいんだが……」
シェルターの中で、色んな人の会話が聞こえてくる。
俺はとりあえず言われたとおりに避難したのだが、これからどうしたものだろうか。一度屋敷に戻りたいが、この騒動で俺のような子供が街を歩いていたら兵士に捕まるのがオチだ。
いっそのこと魔術を用いて強行突破するのも手だが――。
「クロエ様……?」
と、急に声をかけられ、俺は顔を上げた。
そこには見知った人物が立っていた。
「べ、ベレニスさん……!」
俺が異世界に転生してから初めて出会ったメイド服の美少女がそこには立っていた。やはりというべきか、眼は赤い。クロヴィスの眷属らしいので種族は同じ悪魔なんだろうが、解放前なので外見は目の色以外人間と同じだ。
「お久しぶりですね、クロエ様。主であるクロヴィスより聞き及んでおります。クロエ様が魔神として覚醒なされたこと、心より嬉しく思います。それと屋敷での失礼をお許しください。全ては我が主の計画ゆえ――」
「い、いえいえ、事情はきいていますので大丈夫ですよ。それに――おかげさまで……っていうのも変かもしれませんけれど。クロヴィスの計画通りに事は進んでいるみたいです」
「ふふ、主もさぞお喜びかと存じます。しかし、その後の計画は少々雲行きが怪しいご様子。今このエルドラ領には、帝国の七武人の1人、白銀の剣聖オレリア・ブランウェンが派遣されています。帝都製の魔導兵器も運び込まれていましたので、エルドラ領の戦力はかなり上がっているようですね」
それに、ベレニスさんは事情を全て知っているはず。彼女との情報交換は常にしているとクロヴィスは言っていたからな。
「クロヴィスから計画は聞いているんですよね。まあでも、この事態をエルドラと帝都の力で解決できるのであればそれはそれで問題ないような気もします。クロヴィスの言う帝国に恩を売る作戦は、また練り直しになるかもしれませんけど……」
邪竜の手から、魔族である俺達がエルドラ領を救う。
そして、魔族の強さを帝国に見せつけること。それがクロヴィスの狙いだった。しかしそれは、エルドラ領が邪竜に対して劣勢でなければ成り立たない。
「色々とまだ情報が錯綜しています。そして未だ白銀の剣聖の戦力は計り知れません。15歳という年齢で剣聖の称号を戴いた武人であることは有名な話ですが――その後の約5年間で彼女が戦場で敗北を喫したことはない。全戦全勝の戦績で剣聖の名を汚すことなく戦い続けているのです」
「……剣聖オレリアは、本物の強者ということですね」
俺がエリーゼさんから叩き込まれた剣技と、どっちが上だろうか。
機会があれば、手合わせ願いたいものだ。
「はい。今回の邪竜討伐に関しても、現状剣聖有する帝国軍が負けるとは考えにくい。それに、派遣部隊の規模もでかく強大です。特に副長のエリベルト・クレスターニは剣聖に次ぐ剣の実力者と言われています。魔導兵器の件もそうですが、帝国は盤石の布陣で邪竜討伐に臨む気でしょう」
「……となると、今回はやはり大きく立ち回ることはない、か。そういえば、クロヴィスが言っていた邪竜のボスというのは――」
と、俺がそう言いかけた瞬間。
外から大きな音が鳴り響いた。
恐らく戦闘が始まったのだろう。次々と魔導兵器の発射音も聞こえてくる。
いよいよ都市部にも邪竜の侵攻が始まったというわけか。
「始まったみたいですね……」
「そのようです。それと、先ほどクロエ様が言いかけていた邪竜のボスですが、気になる点があるとすればそこですね」
「気になる点、ですか?」
「はい。これに関しては憶測の域を出ないのでハッキリとは言えませんが……邪竜がエルドラ領に侵攻を始めた理由に使徒が関係しているかもしれないのです。竜種は縄張り意識が強く、されに上位存在にはたてつかない。クロエ様は使徒の中に竜神族の長がいるのをご存じでしょうか?」
「ええ、知ってますよ。実際に会ったことはないですけど……」
「ご存じでしたか。ならば話は早いですね。竜神族とは、竜種の中で最も高位の種族です。邪竜のような下位のドラゴンとは違う神聖な種。邪竜たちが住処の渓谷を離れたのは、使徒であるレティシア様が赴いたからかもしれません」
「竜神族の長、でしたか。ですけど、力は失っていますよね? 仮に赴いていたとしても力がないのなら返り討ちにあっていそうなものですが……。この世界では、魔界からの転移者を魔族と総称してますけど、竜神族も例外ではないのでは?」
「もちろんそうです。しかし、その高貴なオーラに邪竜たちが怯えてしまったのではと私は考えています」
「なるほど……。ということはやはり、原因を作ったのは身内に関係している可能性があるということですか……」
恐らく、クロヴィスが言いかけていたのはこのことだったのだろう。
邪竜たちも、問題なく住処で暮らしていたはずだ。それが急に近くのエルドラ領にまで襲撃しに来たとなると、住処で暮らせなくなった何らかの理由があるということになる。その理由が、使徒によるものである可能性があるというのは、考え物だ。
まだ完全にそうだと決まったわけではないが、確信を持てるまで頭に入れておく必要はありそうだな。
「ちなみにですが、クロエ様はこれからどうされるおつもりで?」
「そうですね……一度屋敷に戻ってクロヴィス達と合流したいところですけど――」
魔導兵器の音が絶え間なく外から聞こえてくる。
ここらはエルドラ領でも都市部に近い。住民も多くいるし、何としてでも防衛をしなければならないだろう。協力することもやぶさかでないが、どうするべきだろうか。
「一度外に出て様子を確認します。屋敷に戻れそうなら戻り、無理そうなら適宜対応するしかなさそうですね」
「わかりました。私もクロエ様と共についていってよろしいでしょうか?」
「もちろん。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます。クロエ様がいらっしゃれば安心ですね」
やんわりとほほ笑むベレニスさん。
やはり奇麗な人だ。先ほどの銀髪のお姉さんもそうだが、異世界は美人のレベルが違うな。当然、全員が全員美形というわけではないけども。
「では、守りの兵士に見つからないように外へ出ましょうか」
「はい。お願いしますね、クロエ様」
そうして、俺とベレニスさんは共に行動することになった。
ベレニスさんはまだ解放前だ。彼女を邪竜の脅威から守ることを最優先に動くとするか。