銀髪のお姉さん
少しだけ道に迷いもしたが、無事にエルドラの市街地にたどり着くことが出来た。まだ昼前だが、大勢の買い物客で賑わっている。色んな店が混在し、これはリスト通り買い物をするのも一苦労かもしれない。
「さてと、まずは何から買おうか」
俺は手に持ったリストを睨みつけた。
買い出しリストは、今日の夕飯の食材と明日の朝食の食材。そして日用雑貨などが箇条書きされている。
「几帳面な性格なんだなぁ、クロヴィスは」
まあ、見た目通りと言えばそれまでだが。
服装も執事っぽいし、ああいう礼装が似合う体格と顔立ちだし、そりゃ性格もそれっぽくなるってものだ。イメージとの相違点があるとすれば、あのナリで幼女の服を作る趣味があることか。残念なことにその幼女は俺のことなんだけども。
「よし、最初は雑貨から買おう」
リストを見ると、必要なのはボディソープとかのお風呂用品と、何故か裁縫道具であった。完全に趣味の買い出しだけど、お金もクロヴィスから貰っているし文句は言えないな。
「となると、向こうの方かな」
俺は人混みをかき分け、市街地の奥を目指した。
しばらく歩くと、それらしき小売店が並ぶ場所にやってきた。
ひとまずシャンプー類を買うため近くの日用雑貨店に入店。
「ここで正解だったみたいだ」
屋敷の浴場で見たものと同じメーカーのモノを手に取り、レジへ。
無事会計を終え、俺は店の外に出た。
手に持ったバスケットにはしっかりと購入した品物が入っている。
「一つ目のお使い完了っと。――にしても、やっぱりこの服目立つのかな……。視線を感じる……」
クロヴィス自作の服は、確かに可愛いし作りもしっかりしていて申し分ないが、少々派手なのが玉に瑕だ。俺の目が翡翠色と赤色のオッドアイなのも相まって、目立っているのかもしれない。
「気になるけど、ここは我慢だ」
俺から買い出しに行くと言い出したんだし、やることはしっかりこなさなくては。
というわけで、次は裁縫店だな。
生前の世界ではほぼ行ったことのない未知の世界だ。
布とかも売ってあるのだろうか。
などと考えながらそれらしい店にたどり着いた。
少々ファンシーな感じで緊張する。
こういうお店は、多分普通は女の子が行くものなので、抵抗がないわけではない。が、よくよく考えてみると今の俺は女の子であった。身体は。
「とりあえず中に入ろう……」
意を決してショップに入る。
想像通り中も中々にファンシーだ。
店内にいる客も女性ばかりである。
辺りを警戒しながら目的の裁縫道具を探す。
周りから見たら今の俺は不審者のように見えるかもしれない。
軽くビクつきながら店内を徘徊していると――
「そ、そこのキミ――!」
唐突に声をかけられ、身体が硬直してしまう。
ゆっくりと振り返ると、そこにはなんと、銀髪美少女が立っていた。
それと独特な服装をしている。まるで軍隊の士官のような……。
「わ、私ですか……?」
「あ、ああ。急に声をかけてしまってすまない。その、なんだ。可愛らしい服を着ているな……。――ッ!?」
俺の顔を見るやいなや、お姉さんは急に固まってしまった。
そして徐々に顔が赤く染まっていく。まるで照れているかのようで、凛々しい顔とのギャップが俺の萌えポイントをくすぐってくる。
「えっと、私の顔に何かついていますか……?」
俺が恐る恐る聞くと、銀髪のお姉さんはコホン、と一つ咳払いをした。
そして深呼吸をし、どうやら心を落ち着けているご様子だ。
いったい、どうしてしまったのだろうか。
そもそも、何故声をかけられたのかまだ把握していないので、俺的にもちょっと警戒してたりする。
「いや、そういうわけじゃなくてだな……。可愛い服を着ていたからつい声をかけてしまったんだ。すまない」
ご丁寧に謝罪をしてくる銀髪のお姉さん。
その言葉に、俺はハッとなった。この服はクロヴィスが数年かけて作り上げた力作。そしてこの店は裁縫店。服を作るのが好きな人が来るお店だ。そこから導き出される答えは、一つ。このお姉さんは服が好きで俺の服に目をつけて声をかけてきた。きっとそういうことだろう。多分。
「えっと、この服は知り合いに作ってもらったんです。恐らく、お店には並んでいないかと……」
「そうだったのか。にしても本当に可愛い服だ。――ま、まあ、キミ自体もとても可愛らしいのだが……。コホン。キミの知り合いは凄い人なんだな。ここら辺のフリル具合とか特にこだわりが見て取れる……」
言いつつ、銀髪のお姉さんは俺の服をまじまじと見てきた。
やはりこの服、出来がいいのか。さすがはクロヴィスだなぁ。
「あの……よければ作った人を紹介しましょうか?」
「おお……。キミの服を作った人に会わせてくれるのか? もしそうならありがたい話だ。その独特なセンスと技法、是非ともご教授願いたいと思うよ。――っと、私も服を自分で作るのが趣味でね。自分で着るわけではないが、キミくらいの女の子用の服を作るのが好きなんだ」
「私くらいの、ですか?」
「ああ。しかしその知り合いが羨ましいよ。キミみたいな可愛い女の子に実際に着せることが出来るのだから」
「お姉さんは、その、誰かに着せたりはしないんでしょうか……?」
「そうしたいのはやまやまだが、今はもうその相手がいなくてな。ただ、今までその子のためにずっと服を作っていたから趣味になってしまったらしい」
「なるほど。でも、自分が頑張って作った服なら出来れば着て欲しいですよね」
クロヴィスのことを思い出すと、やっぱり自作した服は誰かに来てもらいたいと思うのが普通なのだと思う。まあ、彼の場合はちょっと行き過ぎてる感あったけど。
というか、今のお姉さんの口ぶりだと昔は着せる相手がいたということなのだろう。それならなおのこと寂しさを感じているに違いない。
「そうだな。私も常日頃からそう思ってはいるが……立場上、中々そういう相手がいなくてな」
言いつつ、お姉さんは寂しそうに笑った。
自分が作った服を、本当は誰かに着て欲しいはずだ。それに、誰かに着てもらわないとその服だって浮かばれないよな。
「あの、私でよければ着ましょうか? と言っても、お試しだけで、ずっと着れるわけではないですけど……」
と、俺が提案するとお姉さんは目を見開いて、
「ほ、本当か! キミが着てくれるのならこれほど嬉しいことはないよ!」
銀髪のお姉さんは笑顔になった。
しかし、すぐに何かを思い出したかのようにハッとする。
「――ああ、しかし今、手元に服はないんだった……。これが遠征などではなければいくらでも屋敷に保管していたのだが……――ケホッケホッ……」
咳き込みながら頭を抱える銀髪のお姉さん。
本当に俺に着て欲しかったようだ。
まあ、自分で言うのもなんだが、このエリーゼさんの容姿、かなり可愛いからなぁ。洋服好きなら着せ替え人形にしたいって思うのも判らないでもない。
「すまない。最近身体の調子が悪くてな……ケホッ」
「風邪でしょうか? 遠征というと旅行的な感じでエルドラ領に? もしかしたら長旅で疲れているせいかもしれませんね」
「そうかもしれないな。――っと、それで話は戻るんだが、残念ながら私の家は帝都にあってね。そこに自作した服はまとめておいてあるものだから、着てもらいたくても出来ないんだ」
「そうだったんですね。それは残念です」
「ああ、とても残念だよ。帝都に遊びに来る機会があれば是非私の元を訪ねて欲しいくらいだ」
そう言って、銀髪のお姉さんは名残惜しそうに俺の頭を撫でてきた。
「その知人にはよろしく言っておいてくれ。いつか言葉を交わしてみたいとな」
「わかりました。伝えておきます」
「ありがとう。また会えると嬉しい」
「はい。機会があればまた――」
別れの言葉をお姉さんに言った直後――
――ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥン!!
唐突に街中にサイレンが鳴り響いた。
耳を突く、甲高い音。
この街で生活していて初めて聞いた音だ。
店内も騒然となり、みんな一斉に外に逃げ出していく。
ただ事ではない。それはさすがの俺もすぐに理解できた。
「このサイレン、まさかこのタイミングで邪竜が襲撃に来たというのか――!」
銀髪のお姉さんは血相を変えて俺の肩を掴んできた。
「キミ、ここは危険だ。魔導シールド内のシェルターへすぐに向かってくれ!」
「は、はい。でも、お姉さんは……」
「ケホッ……。すまないが私は行かなければならない場所があるんだ。シェルターの場所へは私の部下に誘導させるから安心してくれ」
そう言って、銀髪のお姉さんは慌ただしく店から出ていくのだった。
やはりあの服装、そしてあのいい言いぶりからすると、あのお姉さんは軍人なのだろう。
しかし、大丈夫だろうか。なんだか顔色もあまりよくないように見えたが……。