模擬戦③
「――こうして4人並ぶと、壮観ですね……」
様々な種族が、こうして俺の前に立っている。
鳥獣姫のレベッカさん。
悪鬼のゼスさん。
剛腕巨人のグエンさん。
そして悪魔のクロヴィス。
皆、それぞれ特徴があって、とても強そうだ。
しかし、俺はそんな彼らを束ねる種族なのに、見た目は人間とほぼ変わらないのは何故だろう。もっと仰々しい外見でもいいような。……とはいえ、個人的には今のままがいい。普通の人間のように耳とか尻尾とかついてない方が慣れてるし。
「――では、始めましょう」
クロヴィスの合図で、模擬戦が始まった。
案の定というか、まずはゼスさんがこちらに突っ込んできた。
「行くぜクロ助ぇー!」
棍棒を片手に、猪突猛進である。
しかし、何の策もなく闇雲に突撃しても、それは避けるだけで。
「おらぁ!」
「っと」
「なにぃ!? 避けただと!」
「さ、さすがに避けますって」
だってあたったら痛いじゃないか。
それにこれは模擬戦。一応戦いという形式なんだから相手の攻撃を避けるのは当たり前の行為だ。
「そんな脳筋攻撃が魔神相手に通じるはずないでしょ! 一緒に攻撃するわよ、ゼス!」
「く……! 加減は出来ねえぞ!」
今度はゼスさんとレベッカさんの連携攻撃のようだ。
恐らくレベッカさんが上空から仕掛けて、俺の気を引く作戦だろう。
上を見ていたら下は疎かになるし、策としては悪くない。
「アタシのスピードについてこられるかしらクロっち!」
上空を物凄いスピードで飛び回るレベッカさん。
確かに、これだけ空から狙われては気が散ってしまう。
ゼスさんも今か今かと狙いを定めているようだし――。
「ワシらもおりますぞ、クロエ様!」
「私の魔術で皆さんを強化します。ゼスさん、レベッカさん、受け取ってください」
「おお、力が湧いてくるぜ!」
「ありがとう、これなら――!」
どうやらクロヴィスが魔術でみんなにバフのようなものをかけたようだ。
さすがにチーム戦だけはある。これはこちらも打って出るしかないようだ。
「今だ! レベッカ!」
「言われなくとも!」
やはりというべきか同時攻撃である。
ゼスさんとレベッカさん、ぶっつけ本番だろうに息がピッタリだな。さすがは仲良いコンビだ。
「これはさすがに……!」
俺はロランさんとの戦いのときに使った魔力の刃を召喚した。
殺傷力は低いが、相手の魔力の流れを断ち切ることが出来る優れものだ。
これならいくら斬っても相手が死ぬことはない。
しかし、戦闘不能にすることは出来る。
「ふ……っ」
ゼスさんとレベッカさんの攻撃に、カウンター気味に刃を振るう。
すると、二人はゆらゆらと身体を揺らして、その場に膝をついた。
「お、おお……? 身体が、動かねえ……」
「力が、出ない……」
これでゼスさんとレベッカさんは戦闘不能だ。
残るはクロヴィスとグエンさんのみ。
「――お二人とも体内の魔力の流れを断ち切られましたか。あれではしばらく戦えませんね。となると、グエン殿」
「お任せくだされ」
今度はグエンさんとクロヴィスが仕掛けてきた。
間違いなくこちらの方が厄介だな。クロヴィスは魔神の使徒だから当然強いだろうし、グエンさんもどうやら魔界では戦い慣れていたみたいだからな。
「ふんぬ! とっておきの剛腕ですぞォ!」
グエンさんの肩からもう2本の腕が生えてきた。
計4本の腕を魔力で増強し、こちら目掛けて振り下ろしてくる。
しかも、腕が4本あるせいでそのラッシュの勢いは留まることを知らない。
「くっ」
これは一撃必殺の威力だ。もらったらひとたまりもない。
俺は後方に跳躍しグエンさんの連撃を避けた。
しかし、その背後には既にクロヴィスが回り込んでいて――
「――隙アリでございます、クロエ様」
クロヴィスの回し蹴りが迫っていた。
俺は瞬時に魔力の刃に実体を持たせ、クロヴィスの一撃をなんとか受け止めた。
「あ、危なかった……」
「さすがはクロエ様。この一撃を防ぎきるとは。ですが、まだ試合は終わっていませんよ」
「――!」
グエンさんが再び肉薄してくる。
俺は勝負を決めるべく魔力の刃をグエンさん目掛けて斬りかかった。
伸縮自在の刃は、もちろん相手の計算を狂わせることにも使える。
だから、普段は程ほどの長さに留めて置き、いざという時に、こうして――!
「む――! 刃が……!」
「この刃は自由に長さを変えれるんですよ。上手く避けたつもりで油断しましたね、グエンさん」
「ぬぅ……。力が出ぬようです。これはやられましたな」
グエンさんの身体が元のサイズに戻っていく。増えた腕も霧散していった。魔力による増幅だったのだろう。この武器は魔力の流れを断ち切る刃なので、そういった魔力を練る術を封じることが出来るのだ。
「クロヴィス様、申し訳ございませぬ」
「いえ、お気になさらないでくださいグエン殿。クロエ様の刃については私も知るところ。先に説明しておかなかった私のミスです」
そして。
クロヴィスとの一騎打ちが始まった。
正直、彼の実力はまだ底知れない。もしかしたら、全力で臨む必要があるかもしれないな。
「久しぶりの戦闘で、私も身体が鈍っております。故に、ブランクを取り戻すために本気で戦ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。構いませんよ。そうした方がクロヴィスも後々安心でしょうから」
魔神であり主である俺の方がクロヴィスよりも強い。使徒であるならばクロヴィスといえど、そのことを自分自身で確かめたいはずだ。なら俺は、その想いに全力で応えるだけ――。
「ふふ……。どうやらお見通しのようだ。では、遠慮なく――」
魔神の使徒との激闘が始まった。
その宣言通り、クロヴィスの攻撃には一切の手加減はなさそうだ。
体術と魔術を織り交ぜた連携攻撃。しかも、その一手一手が洗練されている。これでブランクがあるというのは、にわかには信じられない。
高位魔術を織り交ぜながらの接近戦。少しでも気を抜けばやられてしまいそうなギリギリな戦いだ。現実世界での戦闘は、やっぱり熱量が違うな。
「久々に血沸き肉踊りますよ、クロエ様――!」
「それはよかった。クロヴィスもさすがにやりますね――!」
楽しそうに戦うクロヴィスを見て、思うことがある。この世界に来てからずっと、力を封じられて少なからず鬱憤は溜まっていたのだろうなと。力を解放した後に、それを受け止めるのも魔神である俺の役目なのかもしれない。
「さすがに一筋縄ではいきませんね。では、こういうのはどうでしょう」
そう言って、クロヴィスは分身した。
全部で5体。一人一人が本体と変わらぬ力を持っていたら厄介だ。
「さあ、行きますよ!」
「――!」
急に6対1になってしまった。
俺はなんとか6人の猛攻を捌きながら、対応策を考える。
魔力の刃で斬ろうにも、警戒されており中々間合いに入ってくれない。
分身は魔力で生成されているだろうから、実体剣で切り裂いてもいいが……。
「囲まれた……!?」
いつの間にか、6人のクロヴィスに包囲されていた。
彼らの司令塔は本物のクロヴィスだろう。自在に自分の分身を動かし、戦略を立てることが出来るというのは本当に厄介だな。
だが、こうも追い詰められてしまってはこちらも奥の手を使わざるを得ない。少々反則技気味だが、この際仕方ない。
「魔力で造られた分身なら対処のしようもあります。【ネビュラ・ホール】!」
エリーゼさん特製の魔法の一種であるこの術は、小さなブラックホールを造り出し、魔力全般を吸い込むことが出来る。クロヴィスの分身が魔力によるものなら、これで一気にかき消すことが出来るはずだ。
「おお……! さすがはクロエ様! 先代の術をこうも簡単に行使されるとは……!」
案の定クロヴィスの分身は簡易ブラックホールに吸い込まれていった。
残るは実体を持つ本体のみだ。
「喜んでいる場合じゃないかもしれませんよ……!」
「っ! これは――」
「さすがに見たことはあるみたいですね。これは先代の得意技、黒き雷の攻撃魔術……【ラ・エクレール】!」
バチバチバチと黒雷が俺の手から迸る。
そして、思い切りそれをクロヴィスに向けて放った。
しかし、クロヴィスならば避けることは造作もないだろう。だから、次の一手を先に仕込んでおく。
「さすがの威力ですが、見慣れた術ですからね。避けるのは容易い――」
黒雷はクロヴィスに避けられてしまった。
が――。
「これならどうです――!」
「こ、これは! いつの間に【ネビュラ・ホール】がこんなにも……!」
「魔術の同時展開は慣れたものですので……!」
精神世界で散々訓練したからな。
攻めの手段が単調にならないように、エリーゼさんから叩き込まれた戦術だ。
「く……っ。魔術を吸い込む【ネビュラ・ホール】をたくさん召喚することで、黒雷に予測不能な動きをさせるとは……! これでは逃げ道が――いや……」
【ネビュラ・ホール】間で黒雷が縦横無尽に奔る。
だが俺は、あえてその包囲網から抜け出すことのできる穴を予め用意しておいた。優秀なクロヴィスならば、そのことに気づくはず。
「ここは一旦包囲を抜けるとしましょう――!」
クロヴィスが真上に跳躍した。
しかし、俺は最初から判っていた。そこにしか逃げ道がないことを。
だから先に罠を設置しておいた。その空間に入ってきた者の身体を縛る魔術だ。
「な! 身体が動かない……!? これは設置型の魔術……!」
目には見えない俺特製の茨がクロヴィスの身体を拘束した。
作戦は上手くいったようだ。
「【不可視の茨】という魔術です。逃げ道はそこしかありませんでした。優秀なあなたならそのことに気づいて脱出を試みると予測して罠を仕掛けておいたんです。まんまと引っかかりましたね、クロヴィス」
「……お見事です、クロエ様。どうやら私の負けのようですね」
クロヴィスは両手を上げて降伏のポーズを取った。
俺は魔術を全て解除し、クロヴィスが地上に下りてくる。
「あの無数の【ネビュラ・ホール】がまさか罠だったとは、お見それいたしました。普通の者ではそもそもあれだけの魔術を同時に行使は出来ないでしょうが……」
「私もばれないかとひやひやしてましたよ。クロヴィスは勘が良いので……」
「ふふ、さすがに読めませんでしたね。しかし、その先のこともクロエ様はお考えだったのではないですか?」
「一応、もう何手か先までの手段は考えていました。といっても、あそこが一番の落としどころではありましたけど」
正直、あのタイミングでクロヴィスが捕まってくれなかったらズルズルと長引いていたかもしれない。最終的にはパワープレイでどうにかするしかなくなっていただろう。でもそれでは不格好が過ぎる。恥ずかしながらちょっとだけ見栄を張りたくなったのだ。
「いやあ、すっげーなクロ助は……」
「ほんとにね。クロっち、なんかもう別人みたい」
「さすがはクロエ様ですな」
「そ、それほどでも……」
やっぱり素直な賞賛の眼差しを向けられると照れるな……。
「なにはともあれ、これでお開きとしましょう。今後のことは夕飯の時にでも話し合うと致しましょうか」
こうして、初めての模擬戦は終了した。
クロヴィスに勝てたのは、魔神の使徒よりも強いという自信になった。
これから使徒と戦うこともあるだろう。魔族の長として、恥ずかしくない戦いをしないといけないな。