模擬戦②
クロヴィスとグエンさんの模擬戦は、激戦であった。
クロヴィスは魔神の使徒という身分だから、魔族の中でも強いであろうことは想像できた。驚きなのは、あの老体でクロヴィスに一歩も譲らない力を見せているグエンさんだ。剛腕巨人族のパワーは、本当に恐るべしであった。
「なるほどなぁ、道理でじーさんには勝てないわけだ」
ゼスさんがポツリと言葉を漏らした。
確かに、工場では何をやらせてもグエンさんが上手だったような気がする。
それは年長者からの優位性だと思っていたが、そもそもグエンさん自身がとても強かったようだ。
「グエンさんが凄いのはわかるんだけどさ、それを軽くあしらってるあのクロヴィスさんの方がアタシは怖いわね……」
そう言ってから、レベッカさんは羽根を震わせた。
まあ、あのクロヴィスという男の底の知れなさは俺も肌身に感じているところだ。魔術による対応力もさることながら、接近戦はしっかりと体術でこなす万能具合。こうやって見ていると、彼に弱点なんてないように思えるな。
「クロヴィスは使徒なだけあってめちゃつええな。つか、クロ助ってあのクロヴィスより上なんだよな? 魔神ってそういうことなんだよな?」
「上かどうかはわかりませんけど……どうなんでしょう?」
「そこは首傾げないでよクロっち! カッコよく「私が一番です!」くらい言って欲しいんだけど!」
「す、すみません……。私もまだ未知な所が多いので判別つかないといいますか……。実際に戦闘をしたのはまだほんの一回だけなので……」
まともに戦闘という行為を現実世界で行ったのは、モーリア邸でのロランさんとの一戦だけ。だからちょっとこの模擬戦は楽しみだったりする。精神世界でエリーゼさんに鍛えられた俺の力がどのくらい通用するのか、それを確かめてみたい。
「おー、そういうことなら俺とやろうぜ、模擬戦! クロ助の実力、しっかりと見させてらもおうか!」
「なーに言ってんのよゼス。アンタが魔神であるクロっちに勝てるわけないでしょうが。力も戻りたてのアンタに何が出来るっていうんだか」
「なにをー!? やってみなけりゃわかんねえだろ! それともレベッカ、お前負けるのが怖いのか? そりゃクロ助は工場の時は可愛い後輩だったもんな! 先輩が後輩に負けてりゃ世話ねえもんよ!」
「言わせておけばこのウスラトンカチは! こうなったらもういっぺん勝負よ!」
「望むところだこの野郎! その勝負受けて立ってやるぜ!」
気づけばいつもの言い争いが始まっていた。
本当にこの2人は仲が良いのか悪いのか。
ま、喧嘩するほど仲が良いとも言うし、そういうことにしておこう。
「――まあまあ、落ち着いてくださいお二人とも」
と、急にクロヴィスが声をかけてきた。
さっきまで向こうで模擬戦を行っていたはずだが、いつの間にやら決着がついていたようだ。
「クロエ様の模擬戦相手は正直我々の誰が行っても分不相応です。なので苦肉の策として我々全員でお相手をしようかと考えているのですが、どうでしょう?」
クロヴィスの提案に、ゼスさんとレベッカさんは茫然としている。
それもそうだ。4対1はさすがの俺も予想していなかった。
「いや……クロ助が凄いってのはなんとなくわかるんだけどよ、さすがに4対1はないだろ。しかも1人は使徒だぜ? こんなんで勝っても、なんか複雑っていうか……」
と、ゼスさんが不満を漏らしていると、クロヴィスが急に笑いだした。
「クック、そうですね。確かに、そう思うのが自然でしょう。ちなみにグエン殿はどう思われますか?」
「正直に申し上げますと、クロエ様と対峙した場合我ら3人は戦力にもならぬでしょう。まともにやりあえるのはクロヴィス様のみ。実質クロヴィス様とクロエ様お2人の模擬戦になるかと」
「な――! そ、そこまでなの……!? グエンさんだってクロヴィスさん相手に勝負できてたじゃない!」
「レベッカよ、お主はさっきの模擬戦の何を見ておったんじゃ。クロヴィス様は本気など出しておらんかったじゃろう。模擬戦の結果は惨敗。手も足も出んかったとはこのことじゃな」
「そんな……。そこまでの力の差があるっていうの……?」
「そうじゃ。それを今から体感するとよいぞ。これから我らの上に立つ魔神という存在の強大さをのぅ」
グエンさんに言われ、2人は黙ってしまった。
なんだが俺抜きで話が飛躍している気もするが、大丈夫だろうか。
これで全然ダメだったら期待を裏切ることになってしまうのだけど。
「言葉よりも実際にその目で見てみるのが早いですね。早速ですが、始めましょう。クロエ様もよろしいですか?」
「ええ、大丈夫です。皆さんの期待に応えれるかは判りませんが、精一杯努めますね」
弱気になったらだめだな。ここは切り替えて前向きに考えよう。
精神世界だったとはいえ、エリーゼさんの元で頑張ってきたのだ。魔族の皆のためにも、ここはバシッといいところ見せないと。
……よし、頑張ろう。
そうして、俺と4人の模擬戦が始まるのだった。