模擬戦
午後がやってきた。
クロヴィス邸の敷地はかなり広く、周りに他の建屋がないという素晴らしい立地であった。人の目がつきづらいというのは、ドンパチやる上で近所迷惑を考えなくていいということだからな。魔族の隠れ家っぽくていいじゃないか。
辺りも山とか森とかばかりで、あるのはクルマが走れる道路くらいなものだ。それもアスファルトなんてご立派な道じゃなくて、ただの砂道だ。まあ、こんな辺鄙なトコに来る輩もいないだろうし、問題にはならないか。
「にしてもクロヴィス。よくこんな豪邸を手に入れることが出来ましたね」
俺は横に立っているクロヴィスに何気なく話しかける。
「せっかくですから、色々と手を尽くしてみたのです。クロエ様が魔神としてこの世に生まれ変わるその時まで、それはそれは長い年月を要しましたから」
「苦労をかけたようで、なんというか……」
「いえ、クロエ様はお気になさらないでください。全てこちらの都合で巻き込んでしまったこと。あなた様が気に悩む必要は全くないのですから」
さも当たり前のように、クロヴィスは言う。
巻き込まれてこの世界に来て、魔神として魔族を導く立場になった。成り行きとはいえ、もう一度生きる機会を与えてくれたことに関して、俺は感謝してる。ただ、前世のようなクソみたいな人生はもううんざりだから、こっちの世界では何かを成し遂げれるように努力したい。魔神として生まれ変わったのは、きっと運命だ。俺がこの世界で何かを為すために、神様がそう仕向けた。少なくとも俺はそう思っている。
「私は巻き込まれただなんて思っていませんよ、クロヴィス。むしろ感謝してるんです。こうして仲間もできた。恥ずかしながら生前の私からすれば、これってすごい進歩だったりするんですよね……。……はは、前世の話をあなたにしても仕方ないんですけど……」
「クロエ様……。私は――」
と、クロヴィスが何かを言いかけた瞬間、
「おーい、準備できたぜ!」
「準備体操は終わったわ。早速手合わせってことでいいのかしら!」
模擬戦の準備をしていたゼスさんとレベッカさんがこちらに声をかけてきた。
「この話はまたいずれ」
そう言うクロヴィスに対し、俺は頷いた。
クロヴィスは審判役だ。ゼスさんとレベッカさんの模擬戦を見守るべく、二人の元へ向かった。
「では、模擬戦を始めましょうか。――お二人共、準備はよろしいですか?」
クロヴィスが問いかけると、二人は強く頷いた。
バトルフィールドは庭に広がるグラウンド。何故こんなものが邸宅の庭にあるのか甚だ疑問だが、その辺りもクロヴィスの趣味だろう。
これから行われるのは魔族同士の戦い。種族は違えど、同じ魔界出身の元仲間達だ。
いったいどんな戦いになるのか、予測もつかない。
「それでは、始めてください!」
クロヴィスの合図とともに、二人は戦闘を開始した。
やはりこの世界初めての戦闘ということでお互い牽制しあっている。
しかし、その時間もすぐに終わり、ゼスさんとレベッカさんの戦いは徐々にヒートアップしていった。
「あたしのスピードについてこれるかしら!」
上空からの強襲を軸に、戦闘を有利に進めるレベッカさん。
一撃の火力は高くなさそうだが、動きがとにかく速く、空を飛べるのでゼスさんも苦戦しているようだ。
「チィ……! 空ばかり飛びやがって卑怯だぞレベッカ!」
「鳥獣姫はそういう種族だから仕方ないでしょう……が!」
再び空からの一閃。
脚のかぎ爪による攻撃である。
「何度やってもきかねえよ! オラァ!」
ゼスさんはゼスさんで、得物であるぶっとい棍棒を振り回している。
悪鬼族は体躯もご立派で、あの棍棒の一撃をまともに受けたらさすがのレベッカさんもただでは済まなそうだ。
「この短時間で戦い方を思い出してきているようですね。記憶による弊害もあまりないようだ。これも全てクロエ様の術が完璧であったが故かと」
いつの間にか俺の横にまで戻って来ていたクロヴィスが、そんなこと言った。
「失敗してなくてよかったって気持ちの方が大きいですよ。精神世界で身に付けた術なので、現実世界で効果が発揮できるのか少しだけ不安でしたから」
「ですが、クロエ様はしっかりと術を習得されていました。器の大きさに違わない魂の強さだということです。クロエ様自身の能力の高さが現れたということでしょう」
「そ、そうなんでしょうか……? でも、そうだと嬉しいです……」
褒められることに慣れていないので、どう反応すればいいか判らない。
とりあえず、頬を指で軽くかきながら、照れを誤魔化す。
キョドってるように見えていなければいいのだけども……。
「……コホン。く、クロエ様。そのような可愛らしい仕草、皆の前では慎んでいただけると助かります……仲間内での暴動の火種となるやもしれませんので……」
「えっ……。す、すみません……?」
可愛い仕草した覚えないんだけど……?
照れ隠ししただけなんだが。何がいけなかったのだろうか……。
しかし暴動ってなんだ暴動って。さすがに話が飛びすぎじゃないか?
「いえ、謝る必要はないのですが……。こちらこそ変な事を口にしてしまい申し訳ございませんでした」
「……?」
なんだがクロヴィスくんの方が照れてるような……。
なんなんだいったい。わけがわからんぞ。
「っと、そろそろ試合も大詰めのようです」
見ると、ゼスさんが何やら大技の構えだ。
次にレベッカさんが強襲してきた際にカウンター気味に技を合わせる気だろう。問題は、恐らくそのことをレベッカさんも感づいているだろうということ。対策をされたらカウンターは成立しないような気がするが果たして――。
「迎え撃とうってわけね。望むところよ!!」
どうやらぶつかり合う気満々のようだ。
だが、ああいうやり方はシンプルでわかり易くていい。小細工して戦術練って戦うのも正しいやり方だろうけど、あの2人はなんというか、正面からぶつかる方が似合っている。
「はぁぁああぁぁぁぁぁっ!!」
「うおおおおおおぉぉぉ!!」
そして――。
空からの襲撃VS地上でのカウンター対決の戦いは終わりを告げた。
ぶつかり合った衝撃で土煙が上がり、2人の様子が分からない。
徐々に煙は晴れ、お互いの状況がこちらからも確認できた。
「……引き分けでのようですね」
見ると、二人とも倒れていた。
なんというか、実力も拮抗しているのが、労働していた時と同じで微笑ましく感じる。本当に仲の良い2人だ。
「さすがゼスさんとレベッカさんです。解放前もああやって競い合ってましたが、引き分けることが多かったですから」
一日で何個部品を仕上げるかとか、よく勝負してたっけ。
つい先日のことなのに、とても懐かしく感じるのは精神世界での体感経過が長いせいだろうな。
「好敵手とはいいものですね。微笑ましい限りです」
「クロヴィスにはそういう人いないんですか?」
「よく突っかかってくる方はいらっしゃいましたが、それを好敵手と言うのとはちょっと違うかなと。なので、彼らが少し羨ましくもありますよ」
「羨ましい、か。確かに、そうかもですね」
俺には好敵手と呼べる相手はいなかった。
仲が良い友人すらいなかったのだから、当然ではあるのだが。
「では、次は私とグエン殿で模擬戦を行いましょうか。――と、その前に」
クロヴィスは2人に引き分けを伝えに行った。
といっても、試合の結果はあの2人が一番よく理解しているだろう。
「次はクロヴィスとグエンさんか――」
クロヴィスは魔神の使徒というだけあってかなり強いはずだ。
グエンさんの能力は未知数だが、兵をまとめるような存在だったのなら実力はかなり高いんだろう。使徒と他の魔族がどれ程の力量差があるのか、見せてもらうとしよう。