1日の終わり
クロヴィスが用意していた拠点は、思いのほか豪勢だった。
3階建てのお屋敷で、周囲の土地も広く、部屋の数も多そうだ。無駄に広いエントランスに応接室や客間まである。さらに個人個人で利用できる寝室も数十部屋存在した。これだけの屋敷をどうやって手に入れたかは不明だが、さすが先代の腹心なだけはあるということか。
それと、俺が精神世界に行った時の家とこの屋敷は違うようだ。あそこも、クロヴィスが用意していた拠点の1つだったんだろう。で、こっちが本命の拠点ということだ。
「おおお! 城かここは!」
ゼスさんは屋敷に入って早々雄たけびを上げていた。
「城は言い過ぎてしょ。屋敷よ屋敷」
「屋敷……! うおおおおおおお!」
もはや謎のテンションになっているゼスさん。
グエンさんは案の定呆れていた。その後拳骨が飛んでいったことは想像に難くない。
「満足していただけたようでなによりでございます。してクロエ様。本日はもう遅いですから、込み入った話はまた明日するということでどうでしょう?」
「そうですね。それでいいと思います。私もさすがに疲れました……」
今日だけでいったいどれだけの出来事があっただろうか。
夕方にモーリア邸に連れていかれてから、状況が一変した。
今朝まではただの工場勤務底辺魔族だったのにな……。
「部屋の方は全員分ございますので、ご安心ください。では、ご案内いたします」
そして、クロヴィスは皆を部屋へ案内し始めた。
グエンさん、レベッカさん、そしてゼスさんの順に部屋を案内していく。
そして、残されたのは俺だけになった。
「クロエ様はこちらに。他の者よりも広く快適なお部屋をご用意しております」
「う、うん。ありがとうございます」
言われて、俺は中へ入った。
確かに、部屋はかなり豪勢だ。
ベッドも広く、無駄にでかい鏡なんかもあって俺にはもったいないくらいである。
「なんだかでかいクローゼットがありますね」
「ああ、それは私がご用意させていただいたクロエ様のお召し物になります。ご覧になりますか?」
「そ、そうですね。せっかくですし……」
なんだろう。この嫌な予感は。
クロヴィスは何故か嬉しそうにクローゼットを開けた。
そして、その中身を見て、俺は愕然とする。
「こ、これ全部クロヴィスが用意したんですか……!?」
クローゼットの中には、大量の衣服が入っていた。
俺が今着ている服も、クロヴィスが用意したものだったが、それも一部に過ぎなかったのか……。
「ええ、そうですとも! この数十年、私の心の支えとなってくれたのはこの衣装たちです。いつの日にかあなた様に着ていただくよう、心を込めて製作いたしました。今着ていただいているのは、イメージを損なわないように先代の服をアレンジしたもの。ですが! いずれは他のお召し物も試していただきたく存じます……! ほら、これなんか似合うと思いませんか……!?」
「そ、そうですね。今度着てみます……」
クロヴィスが広げていたのは、案の定ヒラヒラした可愛い服だった。
まあ、確かに今の俺の姿ならそういう可愛い系の服が似合うのはわかるんだけど、元々男だったのもあって、若干抵抗があったりする。下着だって、正直まだ慣れない。
「もちろん、下着類にもこだわりがありまして。あちらのタンスの中に一通り入っておりますので、後ほどご確認ください」
「わ、わかりました。後で見ておきますね……」
「はい! 是非、ご覧ください!」
なんだかクロヴィス君イキイキしてるなぁ。
でも、ずっと俺に服を着てもらいたいがために作っていたというのなら、その想いには応えないとな。どれも凄く凝っているものばかりだし、汚すのが申し訳ないくらいだ。
「必要でしたら入浴は大浴場にてご用意させていただきます。もう夜も遅いですが、軽食などでしたらすぐにご準備いたしますので、お申し付けください」
「食事は明日で大丈夫です。ただ、身体は洗いたいですね……」
さすがに色々あったから汗は流しておきたい。
「承知いたしました。浴場は3階にあります。すぐに用意いたしますね」
「ありがとう、クロヴィス」
「いえ、礼にはおよびませんよ。では――」
そう言って、クロヴィスは一礼した後に部屋から出ていった。
にしてもゆっくりとお風呂に入れるのは久しぶりだ。工場の寮は浴槽こそあったものの、ほとんどシャワーしか使えない状態だった。ボディソープやシャンプーも安物っぽかったし、環境は控えめにも良いとはいえないものだった。
その点この屋敷の施設は期待できる。
あのクロヴィスが用意していたものだ。下手なものは備えてはいないだろう……という、謎の信頼がある。
「……一応下着も確認してみるか」
俺は備え付けられたタンスを確認する。
中にはいかにもといった女性用の下着類が入っていた。
「おいおいおい、ブラのサイズ間違ってるぞ……」
多少の膨らみがあるとはいえ、俺の胸はかなり控えめだ。
背丈にあったサイズ感なので仕方がない。だが、このブラジャーはちょっと大きすぎないか?
「って、色んなサイズのブラがあるのか」
見ると、様々な大きさのブラジャーが収納してあった。
まさか、俺の身体の今後を考えてのことなのか……?
というか、魔神の身体って成長するのか……?
成長するのなら、エリーゼさんの時からもっと大きくなってそうだけども。
「先を見据えている、ってことにしておこう」
俺はそっと下着を戻した。
今は必要ないな。うん。
「てか、今気づいたけどベッド大きすぎないか……?」
明らかにダブルベッド並の大きさである。
こんなに広いと、逆に眠りづらそうだな。
まあ、寝相が悪い俺にとってはありがたい話なんだけど。
「そういえば、昔はよくベッドから落ちてたっけ」
音楽聞きながら寝落ちして、ベッドから落ちた衝撃で目を覚ますなんてこと、日常茶飯事だった。毎日毎日仕事で疲れてて、ベッドに潜り込んだら秒で寝ていたから、音楽を楽しむこともなかったけど。
とりあえず、儀式はしておこう。
俺は、心を無にしてベッドにダイブした。
フカフカのクッションが身体を包み込む。
「あ~、最高~……」
気持ちが良すぎて、一気に眠気がやってきた。
お風呂に入ろうと思ていたけど、これは、抗えない……。
「もういいや、このまま一度寝て……」
そして俺は、気絶するかのように眠りにつくのだった。