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魔神として




 モーリア邸は、俺達が襲撃まがいのことをしてしまったせいで、住人は全て避難してしまっていた。あまりにも行動が早すぎるのは、さっき戦ったロランさんがそう指示したせいかもしれない。


 しかし、こちらにとっては好都合である。

 グエンさんの遺体を捜して、弔いをしなければならないからだ。

 俺を庇って命を落としてしまった彼を、放置なんて出来ない。


 ひとまず駐車場へと俺達は向かった。

 場所は邸宅の裏手だ。そこに見覚えのあるクルマが数台停まっていた。

 一つは俺をここへ連れてきたものだ。ということは、このクルマのどれかにグエンさんの遺体は乗せられて来ているはず。


「確かこのクルマのはずだ。じーさんの遺体が乗せられてたの」


 言って、ゼスさんは指さした。

 車体が長いクルマだ。成人男性を1人乗せるのは余裕だろう。


「恐らくそのクルマでしょう。私も運転手で現場を見ていましたので、間違いないかと」


「そうでしたね。クロヴィスは運転手でした」


 そういやクロヴィスはモーリア大臣と俺を乗せたクルマを運転していたっけ。確かにあの時モーリア大臣は車内で「クロヴィス」と口にしていた。となると、俺を眠らるために睡眠薬入りのボトルをモーリア大臣に渡したのもクロヴィスということになるのか。計画だったとはいえ、なんか納得いかないものがあるな。


「く、クロエ様? どうされましたか……?」


「別に。ちょっと思い出しただけです」


「……??」


 俺のジト目に、クロヴィスは明らかに動揺していた。

 まあ、俺を助けてくれたのも彼だし、恨んでいるってことはないんだけども。


「コホン。では、開けますね」


 クロヴィスは懐からキーを取り出し、クルマの後部座席側のドアを開けた。中を見ると、グエンさんが横たわっていた。どうやら連れてきたまま放置されていたようだ。


「あの大臣が言っていたことは全部嘘だったのね。グエンさんを弔ってくれるって話だったのに、ひどい……」


「仕方ねえよ。所詮俺達魔族は人間様にとっちゃ弱者だったんだからな。でも、クロ助のおかげで立場は変わった。これからはきっと対等の立場で暮らしていけるさ」


「そうね。グエンさんのためにも、アタシ達は胸を張って生きていきましょう」


 後ろでゼスさんとレベッカさんが話しているようだが、俺の視線はずっとグエンさんの身体に向いていた。


 今だから判ることがある。その人が本当に死んでしまった場合、魂が完全に身体から抜け落ちるはずだ。だというのに、グエンさんの身体からはまだ生気を感じる。確かに呼吸はしていなかったし、ピクリとも動かなかったが、もしかしたらまだ生きている可能性があるかもしれない。


「クロヴィス。グエンさんを一度外へ」


「かしこまりました」


 クロヴィスはすぐにグエンさんの身体は抱え、近くにあったベンチに横たわらせた。


 そして、俺はグエンさんに向けて解放の術式を発動する。

 蘇生術なんてものではない。ただ、グエンさん本来の力を解き放つだけだ。


「クロ助、じーさんに何を……?」


「もしかしたらですけど、グエンさんは完全に死んだわけじゃないのかもしれません。正確には、今のままだと死んでいるんですが、本来のグエンさんならば、まだ生きている可能性があるんです」


「えっと、それってどういうこと?」


 レベッカさんが頭を捻る。

 それもそうだろう。死んでいるのか死んでいないのかはっきりしないのだから。だが、俺もそう感じるだけでこの感覚が信用に足るものなのかまだわからないのだ。


 故に、グエンさんに術をかけている。

 これは一種の賭けだが、しないよりかはした方が良いに決まってる。失うものと言えば、俺の魔力くらいなものだ。


「……よし。これで――」


 術は終了した。光に包まれている。

 あとはグエンさんに変化が起これば――。


「お、おおお!? グエンのじーさんの身体が――!」


 グエンさんの身体に変化が訪れた。

 ヨボヨボだった身体は、徐々にに膨れ上がり、ゆっくりと筋骨隆々なボディへと変貌を遂げた。白髪はそのままだが、顔が若干若返り、もはや別人だ。


「これは、どうやら剛腕巨人ヘカトンケイルの一族の者のようですね。彼らは巨躯を持ち、力仕事を得意とする種族でした。生命力が凄まじく、多少のダメージなら受けてもビクともしない。屈強の戦士です」


「なるほど。生命力の強い種族だったから、完全に死んだわけではなかったんですね。気づけて良かったです……」


 危うく生き埋めにするところだった。

 だが、この世界の魔族としてのグエンさんのままだったら、恐らく二度と目覚めることはなかっただろう。俺にこの力を託してくれたエリーゼさんに感謝しなければ。おかげで恩人を死なせずに済んだようだ。


「……んん。ワシはいったい……」


「じーさん!」


「グエンさん!!」


 ゼスさんとレベッカさんが大きくなったグエンさんに抱き着く。

 にしても違和感が凄いな。悪鬼オーガになったゼスさんよりも身体が大きいぞ。


「よかった……! 生きてたんだな……!」


「本当に良かったわ……!」


 二人に泣かれて、グエンさんは困惑しているようだ。

 まあ、自分が一度死んだと思われてたなんて想像もできないだろうから仕方がないか。


「……っ!? ま、まさか、エリーゼ様……!」


 唐突にグエンさんが立ち上がり、俺の方に跪いた。

 もしかして、グエンさんは二人とは違い記憶も蘇ったのだろうか。


「グエンさん。もしかして私の……いえ、この身体に見覚えがあるんですか?」


「ええ……! ええ……! 醜き我ら剛腕巨人ヘカトンケイルの一族を拾ってくださった……! 黒の魔神、エリーゼ・ノル・アートルム様のお姿を忘れるはずがございません……!」


 首を垂れながら、グエンさんは泣き震えている。

 記憶が戻ったということは、グエンさんは魔族の大転移のことも覚えているということだろうか。なら、俺の身体から魂が消えたことを知っているはずだが――。


「我らを終末から救うため、その身を犠牲にされたと伺っておりましたが、よくぞご無事で……!」


「あー……そのことなんですけど――」


 どう説明したものだろうか。

 グエンさんの記憶は今、ぐちゃぐちゃになっているはずだ。

 この世界で魔族として生きてきた記憶と、前の世界で剛腕巨人ヘカトンケイル族として生きてきた二つの記憶が交差していると思われる。


「私は先代のエリーゼではないんです。グエンさんの記憶にもあると思いますが、私はクロエという別の魂なんです」


「で、では、エリーゼ様は……」


「そのことについては、私が――」


 クロヴィスが前に出て、膝をついた。


「あ、あなたは、使徒様の――!」


「ええ。黒の魔神の使徒、クロヴィスでございます。グエン殿、あなたは剛腕巨人ヘカトンケイル族の長であられた方。その能力故、どうやら記憶の方も戻っておいでだ。今のあなたは記憶が混同して、混乱されているご様子。この世界に来てからのことや、クロエ様のことは私が説明させていただきます。――では、まずはこの世界に来てからのことを――」


 そうして、クロヴィスの説明が始まった。

 この世界に転移魔法で来てからのこと、俺の魂を器に入れて魔神を復活させたこと。それらをかいつまんで言葉にした。ゼスさんとレベッカさんも一緒にクロヴィスの説明を真剣に聞きいている。


「――そうして、クロエ様がエリーゼ様の意思を継ぎ、再び我ら魔族の主として導いてくださることになったのです」


 クロヴィスが語り終えると、グエンさんは言葉に詰まっている様子だった。ゼスさんとレベッカさんは若干困惑気味だが、疑ってはいないようだ。


「やはり、あのお方は我らの救世主であったのですな……。そしてクロエ様は先代の意思を継いでいただいた、と。ワシが眠っている間にそのようなことが起きていたとは思いもよらなんだ。しかし、忘れていたとはいえ、工場ではクロエ様に失礼な事ばかり言うてしまいましたな……」


「い、いえ! 私なんてまだひよっ子ですから! それに、工場ではグエンさんにとても良くしていただきましたし、失礼どころか感謝しかないですよ」


「そう言っていただけるとワシとしてもありがたく思いまする。それに、死にかけていたこの老いぼれを生き返らせてもらったご恩もあります。これから命ある限り、あなた様の元でこの力を振るうことを約束しましょうぞ」


 再びグエンさんは俺に跪いた。

 今度はエリーゼさんに対してじゃなく、クロエという新しい魔神に対してだ。それに呼応してゼスさんとレベッカさんも俺に跪く。なんだかこそばゆいが、俺はそういう道を選んだのだ。なら、それ相応の立ち振る舞いをしなくてはならない。


「ありがとうございます。正直な話、私はまだ魔神としては未熟です。ですが、先代の理想のために尽くすつもりでいます。そのためには、皆さんの力が必要になる。なので聞いておきたいんです。――皆さん、私についてきてくれますか……?」


 俺がそう問うと、3人は顔を上げ――


「……御意に」


「へへ、俺もクロ助についていくぜ」


「あたしもクロっちについていく!」


「コラ! ゼス! レベッカ! クロエ様に失礼じゃろう!」


 ゴツンと拳骨をかますグエンさん。

 こういうところは今まで通りで安心するな。

 まさか工場で働いていた魔族の仲間達が、こうして同じ志を持って歩むことになるとは思わなかった。これも運命ってやつかもしれないな。


「あはは……。私のことは好きに呼んでもらって大丈夫ですよ。気にしませんので」


「し、しかし……」


「私だってまだ魔神としてはひよっ子なんですから。むしろ今まで通りの方が安心するというか……。まあ、そんなわけなんで、畏まるのはなしにしませんか?」


「クロエ様がそうおっしゃられるのでしたら。――じゃが、ゼスとレベッカよ、クロエ様がいいと言うからといって、度の過ぎた真似は慎むのじゃぞ」


「ったく、見た目が変わってもじーさんはじーさんだな。根が真面目だぜ」


「そうね。ま、それでこそグエンさんって感じだけど」


 その後も3人は俺の前であーだこーだ言って言い争いをしていた。

 しばらく言い合いは続いたが、適当なところでグエンさんが話をまとめてくれたようだ。


「とにかく、失礼のないようにするんじゃぞ。節度を守ってじゃな――」


「はは……」


 グエンさんらしいといえばらしいか。

 優しいが、叱るべき時はしっかりとしていた。

 なんというか、頼れる年長者って感じだ。


「お話はまとまったようですね。今日のところはお疲れのようですし、一度拠点へ戻りましょう」


 そう提案するのはクロヴィスだ。

 言われた通り、色々んなことがありすぎて正直疲労困憊である。

 時間もすっかり夜中だ。ベッドがあるなら飛び込みたい。

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