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地下での戦い




 クロヴィス曰く、この屋敷の地下に牢屋があるとのことだった。

 恐らくそこにゼスさんとレベッカさんは捕まっている。

 俺達は急ぎ地下へと向かっていた。


「護衛の兵士はあれで全部だったんでしょうか……?」


「いえ、まだ一人だけ残っております。モーリア邸での一番の実力者が姿を現しておりません」


「そっか、クロヴィスはここで働いてたからその人を知ってるんですね」


「ええ。その男は雇われの身ではありましたが、腕の立つ剣士です。クロエ様に力を開放していただく以前の私では歯も立たないような相手でした」


「なるほど――」


 力を失っていたクロヴィスよりかは強い男か。

 さっきの雑兵達と同じではないってことだろう。

 気を引き締めてかからないと、足元をすくわれるかもしれないな。


「こちらです。この階段から地下牢へと進めます」


「行きましょう」


「ええ」


 地下への階段を慎重に下りていく。

 少し行ったところで、それらしい場所にたどり着いた。

 開けた空間の先に、長い廊下の左右に牢屋が並んでいる。


「――大臣を殺したのはお前達か?」


 地下には、男が1人立っていた。

 武装し、腰には剣が刺さっている。

 こいつがさっきクロヴィスが言っていた男に違いない。


「これはこれはロラン様。なぜこのような場所に?」


 先に口を開いたのはクロヴィスだった。

 知り合いなのか、名前を知っているようだ。

 ということは、この男がさっき言ってた人ということか。


「なぜ俺の名前を……、っと、まさかお前クロヴィスか?」


「ええ。このモーリア邸で従者として働いていたクロヴィスでございます」


「外見が変わってるから最初は誰かと思ったが……。その姿、それが魔族の本当の姿ってわけかい」


「まあ、そんなところです。――ところで、ロラン様。そこをどいていただけなないでしょうか? その先にある牢屋に、我が主の大切な仲間が捕らわれているのです」


「お前の主はモーリア大臣じゃないのかよ――って聞き返すのは野暮のようだな。お前の言う主はその小娘か。そいつが何者かはしらねえが……クロヴィス、お前初めからそういうつもりでこの屋敷に転がり込んでいたんだろう?」


「フフ、その通りでございます」


「即答かよ。ま、お前に初めて会った時からそんな気はしてたけどな。つっても、そんなことはもうどうでもいいのさ。モーリア大臣亡き今、俺がここで戦う理由はない。が、お前たちはどうやら強者のようだからな。少々手合わせに付き合ってもらうぜ」


 そう言うと、ロランという剣士は得物を構えた。

 やはり、やる気のようだ。


「クロエ様、ここは私が――」


「いいえ、クロヴィス。私にやらせてください。少しでも現実世界での経験を積んでおきたいんです。それに、今から助けるのは私のせいで捕まった仲間ですから」


「ふむ……。そういうことでしたら」


 言って、クロヴィスは後ろに下がった。

 目の前の男は確かにさっきの兵士達とは格が違う。

 強者のオーラってやつだ。今の俺ならそこまで把握できるみたいだ。


「小娘、お前がクロヴィスの主か。そのナリでこのプレッシャー……。久々に震えるぜ」


「ロランさん、でしたよね。準備はいいですか?」


「へっ、魔族のくせにやけに強気だな。当たり前だ――!」


 グッと踏み込み、ロランさんは俺の方へと一気に距離を詰めてきた。

 速い。さっきの連中とはレベルが違う。

 クロヴィスが言うだけのことはあるようだ。


「なに――!?」


 剣の上段からの一撃を、俺は最低限度の動きだけで躱した。

 やっぱり、相手の動きが見える。以前と比べ、動体視力も格段に上がっている。


「やはりただの魔族じゃないってわけかい。クロヴィスの容姿が変わったのもお前のせいだな?」


「そうですね。私が彼の力を開放しました。魔族は本来、この世界で言われているような弱者ではありません。力を失っているだけなんです」


「魔族が実は本当の力を失っていただけだって? そんな与太話を誰が信じる……? と、いいたいとこだが、小娘、名は?」


「クロエ・ノル・アートルムです」


「クロエ・ノル・アートルムか。魔族が弱者じゃないって話、お前がそう言うならそうなんだろう。それに、お前が何者なのかも興味が湧いた。もう少し付き合ってもらうぞ」


「ええ。私が勝ったら捕らわれた仲間を返してもらいます――!」


 そして、戦いが本格的に始まった。

 ロランさんの剣撃の一つ一つが恐ろしい程に鋭い。

 攻撃を避ける度にロランさんは強い人なのだと伝わってくる。

 どうしてこんな人がモーリア邸で雇われているのか判らない程だ。

 魔力の波動を垂れ流しても、ロランさんはビクともしない。


「反撃してこないのか! 避け続けてるだけじゃ俺には勝てないぜ――!」


「じゃあ、少しだけ――」


 俺は精神世界でもよく扱っていた魔力による刃を精製した。

 反った刃は刀のようで、よく斬れる。

 だが、断ち切るのは肉体ではない。この剣は、相手の魔力の流れを斬ることが出来るのだ。


「チィ……ッ。魔力の剣か。厄介な――!」


 ロランさんは瞬時に飛び退き、俺との距離を開けた。

 一度態勢を整えるためだろう。こういう駆け引きも上手いようだ。


「…………」


「ああん? 急にボーっとしてどうしたんだ?」


「いえ――」


 現実世界での経験を積むために彼と戦おうと思った。

 だが、結論から言うとその必要はなかったようだ。

 精神世界で積んだ経験はもちろんのこと、エリーゼさんが魔界で培ってきた経験もこの身体には残っているようで、少しも恐怖を感じない。魂が適合して、そういった部分も受け継がれているんだろう。精神的にも、大きく成長しているようだった。


「少しだけ、本気を出しますね」


「……っ。お前――!」


「……―――」


 俺の翡翠色の右目から、魔力の波動が目に見える程に湧き出す。

 バチバチと電撃のように、魔力の波が鳴っている。

 魔力が湧き上がっていく一方で、心のほうは恐ろしい程冷静になっていく。まるでゾーンにでも入ったかのような感覚。集中すれば、もう何段階か度合いを上げれそうだ。


「……こいつは、俺の想像以上にヤバそうだな――」


 言いつつ、ロランさんはゆっくりと深呼吸した。

 

「わかった。俺の負けだ。やる前から勝負は見えてる。というか、そもそも勝負にすらならないだろうよ」


「ロランさん……」


「さっきから足が震えて止まんねえ。お前の圧に怯えてる証拠さ。こいつと戦ったらタダじゃすまないって本能が告げてやがる」


「そ、そうですか」


 なんだかすごく怖がられてしまった。

 あまり圧を与えるのはよくないな。印象が悪い方へ傾きかねない。

 俺は別に人間達と戦争がしたいわけじゃないのだ。ただ、この世界で魔族達が穏やかに過ごせる場所を作ることが出来ればいい。それだけなのだ。


「ほら、これが牢屋の鍵だ。受け取れ」


 ロランさんは鍵をこちらに投げてきた。

 その鍵を、クロヴィスが華麗にキャッチする。


「間違いなく牢屋の鍵ですね。つかぬことをお聞きしますが、ロラン様は初めからそのつもりだったのでは?」


「ま、正直な話、俺がモーリア邸にいる理由は大臣が死んだ時点でもうないからな。侵入者の排除なんてのははなからどうでもよかった。ただ、最後に強いやつと戦いたかっただけなんだよ。つっても、俺なんかが戦えるような相手じゃなかったわけだが」


「少しは魔族に対する認識を改めていただけたようで、嬉しく思いますよ」


「そうだな。本国に戻って魔族の変化このことは報告するとしよう。――どうせ、俺のことはもうバレているんだろう、クロヴィスさんよ?」


「ええ。調べはついておりました。あなたが帝都の諜報機関から派遣された間者だということは。用心棒になりすましエルドラ領の動向を探っていたことも存じております。ですが、何のために潜り込んでいたかまではわかりませんでしたが……」


「俺はただ、モーリア大臣を監視しろと言われていただけだからな。やつが幼い女子供を弄ぶ趣味があるクズ野郎だってことくらいしか報告することはなさそうなんだが……いったい何のために俺をこの屋敷に送り込んだんだか。上の考えることはわからんよ」


 ロランさんは本当にわからないと言わんばかりに肩を竦めた。

 しかし、帝都からの間者だとすると、何か国に不利益なことをモーリア大臣はしていたのだろうか。もしくは、その容疑がかけられていたか。


「ま、それも死んじまったわけだが。やったのはお前なんだろう?」


「フフ、ご想像にお任せしますよ」


「ったく、食えないやつだ。いいさ、モーリア大臣は邪竜の襲撃で殺されたって報告しとくとしよう。どうせ俺が今までのやつの行いを報告していたら極刑だったろうしな。手間が省けたってもんだ」


 そう言って、ロランさんは背を向けた。

 もう用はないと言わんばかりに手を上げて。


「直に帝都からの邪竜討伐部隊が到着する。邪竜の脅威も去ったわけじゃない。俺が言うのもなんだが、こんな街からはさっさとおさらばするのが身のためだぜ」


 そう言い残して、ロランさんは去っていった。

 にしても邪竜、か。街はその怪物に何度も襲撃されているとのことだが、俺がこの世界に来てからはまだ一度もその姿を見ていない。


「邪竜、今の私になんとかできるでしょうか」


 俺がそんなことを訊くと、クロヴィスさんはクククと笑い、


「この世界の竜種がどの程度の力なのか存じ上げませんが、使徒の中には竜神族の長もおります。クロエ様は彼女よりも強いのですから、邪竜に後れを取ることはないでしょう」


「す、すごい自信ですね……」


 どれだけ魔神という存在に信頼を寄せているのだろうか。

 同時に、長として恥ずかしくない戦いを見せないといけないっていうプレッシャーも感じるわけで。


「もちろんです。先代が選ばれた方ですから。それに、自覚が足りないだけでクロエ様自身先代の使徒である私がお仕えに値する程にはお強いのです。その自信は、これからつけていただければと思います」


「ぜ、善処します……」


 確かに俺は強くなった。それは間違いない。

 だが、心のありようはまた違う話だ。

 というよりかは、心構えの問題かな。

 ロランさんとの一戦で自分のポテンシャルは確認できた。あとは、何か強大な敵を倒したり出来れば一気に自信につながると思うのだが。


「なにはともあれ、早くお二人を助けましょう」


「そうですね。クロヴィスの言う通りです」


 今はやるべきことをやろう。

 ゼスさんとレベッカさんを助けるのだ。


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