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初めての魔術



 ――それから一時間程が経過した。


 ベッドに横になっていたおかげで、俺の身体は回復していた。

 精神世界での経験も、しっかりと記憶に残っている。

 目を開けると、クロヴィスさんが傍らで心配そうに俺のことを眺めていた。ずっと、付き添ってくれていたのか。本当に、ありがたい話だ。


「……ふぅ」


 俺は上体を起こし、伸びをした。

 体調は良い。身体もしっかりとしている。

 感覚も、精神世界のものとしっかりとシンクロしているようだ。


「クロエ様……! お体の方は、大丈夫でしょうか……?」


「はい。だいぶ良くなりました。クロヴィスさんのおかげです」


 と、俺がそう言うと、クロヴィスさんはこちらを見て目を見開いていた。


「そ、その眼は……エリーゼ様……?」


「え……」


 眼、とはどういうことだろうか。


「っと、申し訳ございません。右の眼が、奇麗な翡翠色に変わっておられましたので……。恐らく魂が完全に適合したのでしょう。片方だけですがあの頃の先代と同じ眼をしておられますよ」

 

「そっか、エリーゼさんの……」


 精神世界ではその姿までは確認できなかったかな。エリーゼさんの姿がこの身体の物であること以外は判らなかった。でも、眼の色は赤じゃなかったんだな。魔族は全員眼が赤いって話だったが……。


「魔族の身体は――」


「はい。魔界では、それぞれ種によって体型も外見も違いました。しかし、この世界に来て力を失い、ある種を除いて皆人間と同じような姿になってしまったのです。私も同じです。大体は人間と同じ容姿ですが、それぞれに特徴がございました」


「クロヴィスさんは悪魔族、でしたよね。小さく尖った耳に角、眼の色だって個体によっては違う……。そう聞いています」


「その通りでございます。ということは……」


「はい。魔族の皆さんの力を開放する方法も、先代から教わっています」


 魔族の元々の力を解き放つ術。

 この世界での魔族達は皆力を失い、そのほとんどの者は記憶が消えてしまっている。

 それは転移による後遺症。それなりの代償を身に受けているのだ。

 ただ、使徒とそれに連なる者達はその影響が少ないらしい。

 

 といっても、本来の力の1%も出せていないとエリーゼさんは言っていた。故に、人間の力を借りて禁断魔術を行使せざるをえなかった、と。


 だから、今の魔族達には魔神という存在が必要なのだ。

 力を取り戻すきっかけを、俺が皆に与える。

 それが魔神としての役目だ。


 しかし、エリーゼさんからは一つ釘を刺されていることがある。

 魔族達の、特に使徒達の力を開放するにあたっての注意点。

 それは、魔神を取って食おうとする者の可能性だ。

 今の俺はエリーゼ・ノル・アートルムではない。クロエという新しい魂の存在だ。


 この機に俺を倒し、魔族を掌握しようとする者も現れるかもしれないと、エリーゼさんは危惧していた。それもそうだろう。俺はエリーゼさんじゃない。器は同じかもしれないけど、根本的に魂が違うのだから。


 だから、そのために力をつけた。

 絶対的な存在となり皆の居場所になること。

 それが魔神の役割であり使命だ。

 エリーゼさんと精神世界でやってきたことは、決して無駄にはならないはずだ。


「試すような形で悪いんですけど、クロヴィスさんの力を開放してもいいですか?」


「それは私にとって願ってもないことでございますが――」


「ありがとうございます。――ですが、その前に一つだけお願いがあるんです。私は先代のエリーゼさんからこの器と力、そして使命を託されました。クロヴィスさん、あなたにはその使命を全うするために協力してほしいんです。私はエリーゼさんじゃありません。でも、どうか信じて欲しい。私はあの人の意思を継ぎました。同じ理想を描いて努力するつもりでいます。でも、1人では、なんというか、荷が重すぎて……」


 クロヴィスさんに、ありのままを正直に話した。

 俺だけの力では、エリーゼさんから頼まれた役割を全うすることは難しい。故に、協力者が必要だ。エリーゼさんに従う使徒ではなく、エリーゼさんの意思を共に志す同志が。


「顔をお上げください、クロエ様。私は初めからそのつもりでございます。エリーゼ様の意思があなたに引き継がれたことを、心より嬉しく思います。クロエ様の下につくことは、その時点で確定しておりました。ですのでどうか、憂いなく私の力を解き放ちください。必ず、魔神の使命のためにこの力全てを使うと約束いたします」


 クロヴィスさんの言葉には熱があった。

 クロヴィスさんの眼には力が宿っていた。


 ……ああ、エリーゼさんの言う通りだ。

 この人は、この人なら信じても大丈夫だ。少しでも疑ってしまった自分が愚かだった。そもそも、クロヴィスさんは先代の意思を継ぐために俺をこの世界に呼んだんじゃないか。俺が信じなくて、誰が彼を信じるんだ。エリーゼさんが信じた者を俺も信じなければ。


「ありがとうございます。では、いきます――!」


 跪くクロヴィスさんに手をかざす。

 眼を閉じ、術式を形成する。

 魔法陣が浮かび上がり、クロヴィスさんを包み込んだ。


「……――。」


 大丈夫。問題ない。精神世界であれだけ頑張って練習したんだから。

 少しは自分に自信を持てクロエ。俺はやれるやつなんだ。

 

 自分に言い聞かせながら、初の魔術を発動し終えた。

 すると、クロヴィスさんの身体を光が包みこんだ。

 数秒後、光は霧散し、そこには進化を遂げたクロヴィスさんが片膝をついていた。


「……ふぅ。よかった、無事に成功しました」


 見ると、クロヴィスさんの頭には悪魔の角が生えていた。そして耳が少しだけツンと尖っている。これが悪魔の特徴なのだろう。というよりかは本来のクロヴィスさんお姿というべきか。雰囲気も少し変わっている。元々凛々しかったけど、さらに磨きがかかったというか。まあそんな感じだ。


 しかしクロヴィスさん、その服装からも執事のように見えるな。

 悪魔の執事ってカッコいいじゃない。

 なんて、そんなことを考えていたらクロヴィスさんが口を開いた。


「力が漲ります……! ああ、この感覚、いったい何年振りでしょうか――!」


 クロヴィスさんはどこかに想いを馳せている様子だ。

 感極まっているのだろう。この世界に来てから窮屈な思いをしていたはずだからなぁ。ここは黙って見ていてあげよう。


「――は! も、申し訳ございませんクロエ様。少し取り乱してしまいました。湧き上がるこの魔力、やはり良いものでございますね。これでクロエ様に仇なす者は全て駆除できる……。ククク――」


「く、クロヴィスさん……?」


 なんだか性格まで変わってないか?

 まあ、今まではこの世界で弱者として耐え忍んできたんだろうから、そういう気持ちは判らないでもないけどね。かくいう俺も力を手に入れてちょっとばかし高揚しているし。


「ご安心くださいクロエ様。私は至って正常でございます。ああそれと私のことは呼び捨てで構いません。正式に我が主となるのですから、さん付けされるのは少々こそばゆいといいますか……」


「そ、そういうことでしたら。今からクロヴィスと呼びますね」


 なんか違和感がすごい。

 外見だけなら向こうの方が明らかに年上だからだろうか。

 でも、嫌がっているのなら仕方がない。


「できれば丁寧口調も止めていただけると嬉しいのですが」


「そ、それはちょっと……。この口調はクセみたいなものなので。すみません」


 社畜ならではの特性だろう。仲の良い友人もいなかったし、もう丁寧語が標準語になってしまっていた。こればっかりは仕方がない。それにクロヴィスさ……クロヴィスは大人っぽいし、別におかしなことじゃないと俺は思う。


「いえ、こちらこそ失礼いたしました。ですが、いずれそういう時が来ると嬉しいですね」


「善処します……」


 クロヴィスさ……じゃなくてクロヴィスか。もう違和感しかない。

 でも、確かに俺が主というのならさん付けはおかしいのか……も?

 いや、そこまで変ではないか。う~ん、なんだかもやもやするな。


「っと、忘れておりました」


「――?」


 何を? と、俺が聞き返す前に、クロヴィスさんは指をパチンと鳴らした。すると、俺の服が一瞬で他の物に入れ替わる。


「黒の魔神としてふさわしい装いをご準備しておりました。とはいえ、先代の服装を少しアレンジしただけですが――」


「お、おお……」


 部屋の片隅にあった縦長の鏡を見る。

 そこには、なんというか黒い花嫁衣装のような服を着た俺が映っていた。

 頭にはカチューシャ。動きやすいようにか、伸縮性のあるドレスだ。

 でも、なんだか落ち着かないな。派手過ぎるということはないけど、地味目なウェディングドレスっぽい感じだ。ヒラヒラも、必要最低限しかついてないけど、普段着にしては少々圧がある。


「とてもお似合いでございますよ、クロエ様」


「あ、ありがとうございます。でも、ちょっと目立ちすぎるような気もするなー、なんて。他の服はあったりしないんですか?」


「お気に召しませんでしたか……? 先代はその服装から黒花嫁の異名を持っておりました。ですので、クロエ様にもその名を継いで欲しいと願いを込めて作ったのですが……残念です……」


「うっ……」


 クロヴィス、なんだか子犬のような目で俺のことを見てくるんですけど……。


 着ないといけないのか、この黒いドレスを。

 いやゴスロリっぽくて可愛いと思うよ。うん。でもさ、俺って元男だから恥ずかしいんだよ。何なら工場勤務中の作業着の方が着心地よかったまであるよ。


「わかりました。服装は個人の自由。私のわがままで主の気分を害すわけにはいきませんね……」


 と、言いつつも着てほしそうな顔をするクロヴィス君。

 主の服装にこだわりがあるのだろう。エリーゼさんもこんな感じの服を着ていて、それを俺のためにアレンジして作った。このドレスを着た主の姿を夢見て禁断魔術の準備を何年間も頑張ってきたのだとすると……ここで着てあげないとクロヴィス的には切ないよなぁ。


「や、やっぱりこの服が良いです。よく見たらすっごく素敵だなー、なんて、ははは……」


「――! そうでしょうそうでしょう! クロエ様にぴったりです! ああ、服の構想を練るのに数年かけたかいがありました……!」


「す、数年……!?」


 俺は素直に驚いていた。

 そこまでの想いが込められた服だったのか。

 そりゃあんな残念そうな顔もするわけだ。

 危うくクロヴィスの魂の結晶をおざなりにするところだった……。


「な、なんか、ありがとうございます。私のために用意してくれてたみたいで……」


「いえ、礼にはおよびません。お召し物の準備も私の役目。当然のことをしたまでです」


 クロヴィスはそう言いながらも、顔はとても嬉しそうだった。

 長身でイケメンフェイスのクロヴィスが喜んでいる図は、なんだかこちらがほっこりするな。これがギャップ萌えってやつかもしれない。


「これで準備は整いました。まずはクロエ様のお仲間を救いに行くとしましょうか」


「はい……ゼスさんとレベッカさんを助けないと」


 モーリア邸に捕らえられている2人を救出する。

 今最優先でやるべきことだ。

 力は身に着けた。これなら、今度は言葉だけじゃなく形に出来る。


「行きましょう――」


 そうして、俺とクロヴィスはモーリア邸に舞い戻るのだった。



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