帰還
長い間、夢を見ていたような気分だった。
薄らいでいた意識も、次第にはっきりとしてくる。
ぼんやりと視界も戻ってきた。
これが、現実世界に戻ってくるということか――。
「――っ!」
などと感慨に浸っていると、唐突に激しい頭痛に襲われた。
激痛で、頭がパンクしてしまいそうだ。
さらに吐き気もする。加えて、呼吸も荒くなってきた。
そういえば、最後にエリーゼさんが言っていたな。「耐えてね」と。
その言葉が、今になって理解できた。
精神世界でたくさんの技術と知識を獲得したが、その全てを現実世界でインプットしている。そう。今、この瞬間に。故に身体がこうして反応しているんだろう。あれだけの情報量だ。現実世界の俺の身体がすぐに受け入れてくれるものではないらしい。
「クロエ様……!」
「く、クロヴィス、さん……」
そうか。現実世界の俺はあの霊薬を飲んで、それで倒れているという状況か。
幸いベッドの上だったので、その点に関してはよかったけども、クロヴィスさんからしてみれば、俺が霊薬を口にしてから急に苦しみだしたように見えたのだろう。
しかし、どれくらいの時間が経っていたのだろうか。
本当にほんの一瞬しか経っていないのか、気にはなる。
まあ、それ以上にこの身体の不調を早くどうにかしてほしいという気持ちの方が上なんだけれども。
「ひとまずちゃんと横になられてください……」
「すみません……ありがとう、ございます」
クロヴィスさんに支えられ、俺はベッドに横になった。
そして目を瞑る。目を瞑っても視界がグルグルと回っているかのようだ。
そして激しい頭痛。これは想像以上に辛いな……。
「私は水を取ってまいりますので……」
そう言って、クロヴィスさんは一度部屋から出ていった。
俺は呼吸を落ち着け、天井を眺める。
眼を閉じてもグルグル回っていたから当然だが、眼を開けるとこれがまた面白いくらいに視界が回転している。眩暈にしてもこれは酷いな。
だけど、こういう経験は前にもあった。
仕事の過労で、家に帰りつくと同時に激しい眩暈に襲われたのだ。
あの時は1人で、このまま死んでしまうんじゃないかと思う程だった。
だけど、今は違う。クロヴィスさんもいてくれる。魔神の使徒の1人である彼が傍にいてくれるというだけで、こうも安心感があるのか。
魔神の使徒。それはエリーゼさん曰く、魔族の中でも最も深く魔神と繋がった存在らしい。しかも、全部で7人いるんだとか。そのうちの1人がクロヴィスさんだということだ。
ちなみにベレニスさんは使徒じゃない。クロヴィスさんの眷属になるらしい。魔族にも種族がたくさんいて、悪魔族だとか悪鬼族だとか吸血鬼だとか色々あるとのことだ。で、俺の身体はその中でも特別な魔神種になるらしい。一応神性位を持った高位な存在らしいが。
これらも精神世界でエリーゼさんから教えてもらった知識だ。
魔界のことや、魔術のこと。歴史、文化、使徒たちのこと。
様々なことを教えてもらった。情報量だけで言えば、生前のものよりも遥かに多い。それもそのはず、魔族達の寿命は人間と比べ物にならないほど長い。種によっては何千年と生きている者もいるって話だ。
「――お待たせいたしました。どうぞ、お飲みください」
「ありがとう――」
と、言いつつも手が上手く動かない。
そのことを悟ってくれたのか、クロヴィスさんはビンの飲み口を俺に近づけてくれた。
「……んく……んくっ……」
上手く飲めない。でも零しながらでも、俺は水を体内に運んだ。
ゆっくりと、着実に水分を補給する。身体もちょっとずつ落ち着きを取り戻していた。
「お加減はいかがでしょうか……? 私に出来ることがあれば何なりとお申し付けください」
「もう、大丈夫、です……。少し休めば、きっと――」
再び目を閉じた。
さっきよりも眩暈は治まっている。
これなら時間が経てば楽になるだろう。
「わかりました。それでは、私はここでクロエ様が目を覚まされるのを見守っておきますので、ゆっくりとお休みください」
「ありが、とう……ございます……」
誰かが傍にいてくれる。それだけでなんて心強いのだろうか。
前の世界でずっと1人だったから余計にそう思う。
俺はクロヴィスさんに小さくうなずき、リラックスした。
吐き気も頭痛も、少しずつ消えてきている。
これなら、小一時間もすれば動けるようになりそうだ。