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魔神の本質




 赤の魔神の使徒グレゴリオとの戦闘は、この世界で戦ってきたどの戦いよりも苛烈を極めていた。だというのに、相手は恐らくまだ本気を出していない。俺の力を見極めようとしているようだ。悠長なことだと言いたいが、それだけの実力がグレゴリオにはあった。


 グレゴリオは体術と魔術を連携させる戦闘スタイルで、その戦い方はクロヴィスを連想させる。

 同じ悪魔という種族だから戦い方も似るのだろう。


 まあ、それはいいとして、俺も相手の力量を見極めたい。

 赤の魔神、その使徒がどの程度の力を持っているのか。

 そして、黒の魔神である俺と対立をするつもりなのか。

 今になって考えなければならないことが多いな。

 

「戦い方は先代と似ているな。だが、やはり足りん。その程度の力では黒の魔神を名乗るのは烏滸がましいぞ?」


 グレゴリオが俺と近接戦闘を繰り広げながら、言葉を交わしてくる。


「――と、言いたいところだが、手を抜いて俺の力を見極めようとしているな?」


「バレましたか。あなたは私と同じ魔神の、その使徒ですからね。その力量を測ろうとするのは当然のことでしょう?」


「そうだな。お前は魔界でのことを知らん。赤の陣営の力がどれ程の脅威か見極めるのは上に立つ者としては義務だろうさ」


「そういうあなたも私の力量を見定めるつもりなのでは?」


「当然だ。弱すぎるんじゃ話にならんからな」


 そう言って、グレゴリオは右ストレートを繰り出した。

 俺は身体を捻り、その一撃を避ける。その後すぐにカウンター気味に拳を放った。

 だが、俺の自慢の左ジャブは軽く受け流されてしまう。さすがは使徒だ。そこらの連中とは格が違うようだ。


「それで、私はあなたのお眼鏡にかないましたか?」


 拳と魔術の攻防を繰り広げながら、さらに言葉を重ねる。


「先代程ではないだろうが、この世界での脅威になるくらいには強いようだな――!」


「――っ」


 グレゴリオの連撃を、距離を取って回避した。

 お互い牽制をしあっているため、このまま戦いを続けていても決着はつかないだろう。

 というよりそもそも、グレゴリオはここでケリをつける心づもりはなさそうだが。


「このままでは平行線ですね……。単刀直入に聞きます。あなた達の目的は何ですか?」


「それは俺個人のことか? それとも……」


「わかっているでしょう? 私が聞きたいのは赤の魔神の目的ですよ」


「クク、だろうな。だが、それを教えるのはコイツを試してからだ――!」


 グレゴリオが両手を掲げ、魔力を増幅させていく。

 これは中々にヤバそうだ。まともに喰らったらひとたまりもないな。

 後ろにはガエルとヴェロニカさんがいる。まあ、ヴェロニカさんなら大丈夫だろうが、ガエルはあの魔術の余波だけでくたばりかねない。それに、あんなものをこの場でまともにぶっ放したら宮殿ごと崩れかねないな。となるとやはり――。


「さあ、受け止めろよ? ――【炎による粛清フレイムパージ】!!」


「魔術による攻撃なら……! 【ネビュラホール】――!!」


 大き目の【ネビュラホール】を創り出し、グレゴリオが放つ炎塊を吸収する。

 だが、相手の魔術が強大過ぎて一瞬で飲み込むことが出来ない。

 もっと大き目の【ネビュラホール】を生成していれば瞬時に吸い込めたんだろうが、判断が甘かったか。


「どうした? この程度の魔術の対処に時間をかけているようじゃ、力不足だぞ?」


「好き勝手言ってくれますね――!」


 俺はすぐに【ネビュラホール】の出力を上げる。

 すると、グレゴリオが放った炎塊はすぐに異次元へと飲み込まれていった。

 グレゴリオは一瞬驚きに目を見開いたが、すぐにいつも通りの顔に戻った。


「なるほど、あの一瞬で術の出力を上げたか。それくらいの対応はすぐに出来るようだな」


「あなたもやるようですね、グレゴリオ。魔神の使徒というだけはあります」


「お褒めに預かり光栄なことだ。――てなわけで、約束通り赤の魔神の目的を話してやろう」


 グレゴリオは講堂の並んでいる椅子の背もたれに腰かけ、語り始めた。

 こういうところは潔いらしい。


「赤の魔神、リューズ・ルベル・エリュトロスの目的は――この世界を支配することだ」


 何の臆面もなくグレゴリオは言い放った。

 その言葉には、さすがのガエルも眉根を寄せていた。


「アイツは魔界で成し遂げることが出来なかったことを、この地で成就させようとしているのさ。だが、この世界の人間は魔界の奴らよりも弱い。故にリューズは憂いていた。弱者を踏みにじり、簡単に世界を支配できてはつまらない、と」


「なんて傲慢な……」


「それが魔神の本質だよ。そもそも魔界はそういう世界だった。強者が弱者を支配する。あの世界では力が全てだったのさ。だから戦争が絶え間なく起こっていた。だから、黒の魔神……エリーゼが変わり者だっただけさ」


 グレゴリオは昔を懐かしむような、そんな顔をした。

 何か思うところでもあるのだろうか。

 これはただの勘だが、グレゴリオは過去にエリーゼさんと何かあったのかもしれない。


「お前は魔界のことを知らないからな。今度クロヴィスにでも聞いてみるといい。ま、アイツがどこまでお前に話すかは分からんが」


 魔界のことは実際に見てきたわけじゃないから、聞いた話だけの知識しかない。

 だが、グレゴリオが言っていることは真実なんだろう。魔界では戦いが常に起こっていたとクロヴィスも言っていたしな。だけど、その騒動を収めたのがエリーゼさんだったはずだ。


「――そんで、だ。お前は知らないだろうが、リューズは一度エリーゼに敗れている。しかも手痛い封印を施されちまってな。解けた頃にはもう、魔界は滅亡寸前だった」


惑星ホシの終末、ですね」


 どれくらい凄惨だったのかはエリーゼさんから聞いている。

 惑星ホシの寿命が尽きかけ、生命が生きていける環境ではなくなっていたらしい。


「ああ。ありゃ酷いもんだったぜ。口で説明しても、あの凄惨さは伝わらないだろうな。なにせ、魔神ですら異世界へ転移せざるを得ない程だったからな」


「ということは、あなた方も赤の魔神の力によってこの世界にやってきたと?」


「……ま、そんなとこだ。魔界から最も接続しやすかったのがこの世界だったんだろう。黒の陣営の連中もこの世界に来てることは知っていた。それと同時に、黒の魔神が転移の影響で力を失ったということもぼんやりとだが把握していた。ま、力を失っただけではなく魂も消えていたとは想定外だったが」


「エリーゼさんは魔界の仲間達を助けるために魂をも魔力に変えました。残ったのは僅かな魂の残滓とこの身体。ですがそのおかげで、この世界には数多くの同胞がいます」


「はは、いったい何人の仲間をこの世界に転移させたのやら。黒の陣営は莫大な数の同胞がいたはずだ。その全員を転移させたってんなら、魂が消費されたのも頷けるな」


「全員だよ」


 と、答えたのはヴェロニカさんだ。


「アタシが知る限りはね。もちろん、魔界に残りたいってヤツに転移を無理強いはしてない。といっても、ほぼ全員がこっちに来てるはずだけどね」


「ほぼ全員ってこたぁ、何十、何百万といた連中を転移させたのか。はは……やっぱあの女はバケモンだな」


 グレゴリオは大仰に驚いて見せた。

 それからグレゴリオは立ちがあり、、俺の方へ歩いてくる。


「この世界を支配するってことは、いつかはお前達ともやり合う時が来るってことだ。それに、リューズは黒の魔神と再戦できることを楽しみにしているからな」


「赤の魔神リューズ・ルベル・エリュトロス……。同じ魔神として、この世界で共に生きることは出来ないのでしょうか?」


 俺がそう言うと、グレゴリオは笑い始めた。

 何がそんなにおかしいのか、身体を大きく震わせている。


「アッハッハ……! あー……。お前やっぱわかってねぇな。さっきも言ったろ? 魔神ってのは相容れないものなんだぜ。それに、特に赤と黒は因縁が深いんだ。今更仲良くなんて出来るわけないんだよ」


「そ、そうですよね。以前エリーゼさんが赤の魔神を封印したって話でしたし……」


 そりゃ恨みも持たれてて当然か。

 俺が実際にリューズってやつを封じ込めたわけではないが、相手からしたら同じ黒の魔神だしな。その恨みつらみが俺に向かうのは言わずもがな、か。


「そういうこった。いつかは争い合うことになる。これは避けて通れない道だ。お前も、俺もな」


「…………」


「ったく、そんな悲しそうな顔すんなって」


 グレゴリオは後ろ髪をかいた後、はぁとため息をついた。


「仕方ねぇ。一つ情報をくれてやろう」


「情報……?」


「ああそうだ。これはリューズからは話していいと言われていないことだが……。俺達の本拠地はギルンブルク帝国の中心、帝都だ。これは助言だが、帝国の動きには気をつけておいた方がいいぜ」


 それだけ言って、グレゴリオは踵を返した。そして、転移魔術を起動させる。

 グレゴリオはこの場から離脱する気のようだ。かといって、俺に彼を止める理由はない。


「何故その情報を敵である私に?」

 

「なに、きまぐれさ。――っと、そういやお前の名前を聞いていなかったな」


「――クロエです」


「ふ、クロエか。その名前、覚えておくぜ――」


 グレゴリオの身体が一瞬にして消え失せた。

 どうやら転移が完了したようだ。

 一応強大な魔力の反応がないか周辺探知してみるが、気配はない。

 グレゴリオは完全に講堂から去ったようだ。


「……ふぅ」


 冷静になって辺りを見渡すと、いつの間にかサンタクルス候が俺の拘束から逃れ、消え去っていた。戦闘中に意識を逸らしたのがいけなかったな。だが、ベレニスさんは無事だ。想定外な事もあったが、当初の目的は達成できそうだ。


「まさか赤の魔神がこの世界で復活していたなんてね。これは厄介なことになってきたかな」


 ヴェロニカさんが言いながら俺の方へとやってきた。


「そうですね。正直驚いています。私と同じ魔神がこの世界にもう一人いるとは思いませんでしたから」


 グレゴリオの力は本物だった。

 赤の魔神リューズ・ルベル・エリュトロスは、それ以上の実力者に違いない。

 皆を守るためにも、俺はもっと強くならないといけないだろう。

 今回の件で、そう強く感じた。


「とにかく今はベレニスさんを助けましょう。外ではまだ戦闘が続いているようですし……話はこの一件が片付いてからですね」


 まだこの騒動は終結していない。

 ゼスさん達には外で時間稼ぎをしておくように指示をしていた。

 ビナーも恐らく復活しているだろうから、今度は術者本体を倒さなければならないだろう。


 それから、気を失っているベレニスさんの拘束を解き、俺達は講堂を後にした。

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