先代との邂逅
なんだろう、ここは。
真っ白な世界だ。地平の果てまで真っ白。
俺はあの後どうなったんだろう。
もしかしたら魂は適合せずに、消滅してしまったんだろうか。
もしそうだとしたら、どうして俺の意識はこの白い世界に佇んでいるんだろう。
死後の世界? それにしてはなんだか温かい。
「――決断してくれたみたいだね」
どこからか声が聞こえる。
なんだか懐かしい気もするその声が誰のものか、俺はすぐに理解した。
「もしかしてあなたが、先代……?」
「先代か~。まあ、そうなるのかな? 私の身体、今はキミに託しているわけだしね」
気づけば目の前に、白い球のようなものが浮いていた。
触ってもすり抜けてしまう。霧みたいだ。
「まずはありがとう、かな? 私の声が聞こえるってことは、キミは魔神として在ることは受け入れてくれたってことだろうからね。そして次にごめんなさいだ。キミをこちらの都合に巻き込んでしまった。勝手に魂を呼び出してしまって本当に申し訳ないと思っているよ」
「い、いえ……。どうせ死んだ身ですから。むしろもう一度生きるチャンスをもらえてありがたいというか」
「ふふ、優しいんだね。クロエくん、だったよね。ちなみにキミの本当の名前は何だい?」
「私の本当の名前は黒江透です。前の世界で日本人をやっていました。まあ、日本人と言ってわかるかどうかわかりませんけど……」
「黒江、透……。そっか、どこか懐かしい響きだ。私はエリーゼ。そう名乗っていたからここでもそう呼んで欲しいな」
「わかりました。エリーゼさんですね」
「あ、別に丁寧な口調じゃなくても、さんづけじゃなくても大丈夫だよ? 確かに私は先代だけど、別に偉いってわけじゃないからさ」
「あ、これはクセみたいなものなので……。基本的に会話は丁寧口調で喋ってしまうんです」
「そうなんだ。まあキミがそれでいいなら別にいいか」
ゆらゆらと白い球体は揺れ動いた。
なんだか楽しげだ。でも、どうして俺は先代と会話ができているんだろうか。
「あー、それは気になっているね? どうして私がこうしてキミに接触できたか。それは簡単。ほんのちょこっとだけ魂の残滓がキミの身体に残っていたからだよ。あとはキミの魂と相性がいいから、かな。普通だったらこうして声をかけることはできなかった。だから、キミが後輩として選ばれたことは運命だったのかもね」
「運命……」
「なんて、そういう風に術式を仕組んだのは私なんだけど。でもよかった。魂までは選定できても意思までは選別できないから。キミが断るのなら、絶対に無理強いさせないようクロヴィスには言っておいたからさ。どう、あの子はキミに失礼な事してない?」
「いえ、とても良くしてくださいました。クロヴィスさんは良い人……だと思います。まだ出会ったばかりですけど、なんとなくそう感じるというか」
「はは、あの子はちょっと私に心酔している節があったからねぇ。でも、頼りになる子だよ。だからこの世界でのことを彼に託したんだ。無事に第一段階を成し遂げられたみたいでちょっとだけホッとしてる」
声音から、エリーゼさんが本当に安堵していることが伝わってくる。
きっと、この世界で皆を守れなくて不安だったんだろうな。
「ここは精神世界なんですよね? エリーゼさんに会えたってことは魔神として適合できた、ってことでしょうか?」
「あー、そのことなんだけど、実はここからが本題だったりするんだよね」
「……?」
なんだろう、凄く嫌な予感がする。
そう上手く物事は運ばないんだと、そういう風な感じだ。
「もちろんある程度は力を譲渡できるんだけど、いきなり魔術を発動しなさいって言っても、現実でそれは不可能なんだ」
「え……っ、なら、私は力を扱えないんですか……?」
「いや、そういうことじゃなくってね。はいどーぞって渡せないってだけさ。だから、これからこの精神世界でキミには訓練してもらうことになる」
「あ、そういう……」
また適合に失敗してどうやっても魔神になれないのかと思ってしまった。
なら、逆を言えばここで特訓すれば、現実でも力を扱えるってことなんだろう。
「私が得てきた経験と知識と知恵をキミに託す。でも、それは少しずつになると思う。この世界は現実において時間の干渉をほぼ受けないから、現実世界では一瞬でキミが強くなったように見えるだろうね」
「つまり、精神体で訓練することによって現実の自分でもその力を扱えるようになる。でも、ここでの訓練時間は現実では一瞬、と」
なんて都合の良い世界なんだろう。
これも、先代の力ということか。
「そゆこと。ここで何百年修行を積んでも、現実世界じゃほんの数秒しかたってない。まあ、何百年は言い過ぎだけどね。時間の流れっていうのは不思議なものなのさ」
楽しそうに光の玉が揺れる。
笑っているのだろうか。残留思念と呼べる先代相手なのに、本当に人間と話しているようだ。もしくは、まだこの身体の中に微量ながら魂が宿っている、ということなのかもしれないな。
「それじゃ、早速だけど始めようか」
「はい……!」
そうして、精神世界での訓練が始まるのだった。