仲間のために
――ヴェロニカさんが屋敷に来てから約一月が経った。
環境はちょっとずつ変わっていってるけど、俺達は相変わらずの日々を過ごしている。
そんな日々のとある朝。
オレリアさんが新しい服を作ってくれたので、俺は屋敷の自室で試着を試みていた。
「これは……」
その服を着てみて、俺は感動していてた。
何と、ヒラヒラが少なくてとても動きやすいファッションなのである。
今まで着ていた服は何と言うか趣味全開のゴスロリ風な服装ばかりだったので、これはとても新鮮で素晴らしい。
「クロエが以前夕食の席で、ぼそっと、“動きやすい服が着たい”と言っていたからな。あまり可愛い服ではないが、試しに作ってみたんだ」
「ひとまず可愛い可愛くないは置いておいて……。この服、凄くいいですよ! ヒラついたスカートじゃないし、無駄な装飾はついていないし、これなら悪目立ちしません……っ」
クロヴィスの特殊性癖のせいで、俺はいっつも良いとこのお嬢様のような恰好をさせられていた。さすがにもうそういう恰好にも慣れたが……いざ控えめで機能性を重視した服を着ると、とても感動する。これなら冒険者風だし、違和感なく周りに溶け込めるんじゃなかろうか。
「そ、そうか。喜んでもらえたのなら私も嬉しいよ」
「はい! ありがとうございます!」
すんなり着れるカジュアルなファッションの素晴らしさに気づかされた。
黒を基調とした長めのカジュアルコートにワイシャツを合わせ、ショートパンツにオーバーニーソックスを組み合わせて長めのブーツを履けば全体のバランスもよくなる。ブラボーだ。とても気に入った。
「なんだか気分が良いので、この恰好で屋敷を散策してきます……!」
「ふふ、それほど嬉しいんだな。いってらっしゃい」
「はい、行ってきます!」
そうオレリアさんに言い残して、俺は自室を出た。
ひとまず一階に下りてリビングを覗いてみる。
すると、キッチンでレベッカさんが洗い物をしているのを発見した。
「レベッカさん!」
俺が声をかけると、レベッカさんは洗い物を中断し俺の方を向いた。
「どうしたのクロっち……って、珍しい恰好してるわね?」
「はい! オレリアさんに作ってらもったんです! どうですか? 似合いますか?」
ヒラつきのない服装に舞い上がって、ルンルン気分でレベッカさんにお披露目した。
「だいぶ雰囲気変わるわねぇ。でも、うん。とても似合っているわよ」
「ありがとうございます!」
俺はレベッカさんに礼を言い、気分良くその場を離れた。
次は誰に見せようか。そう考えながら廊下を歩いていると今起きたらしいヨルムンガンドと遭遇した。
「もう昼前ですが……今起きたんですか?」
俺が声をかけると、ヨルムンガンドは大きく欠伸をしてから、
「うむ……。最近酒にはまっているのだ。夜に飲み過ぎると朝まで響くのが難点だな」
「飲み過ぎも程々にしてくださいね。――それで、今の私を見て何か言うことはありませんか?」
と、俺はワクワクしながらヨルムンガンドに尋ねた。
しかし、ヨルムンガンドは首を傾げ、言葉に詰まっている。
「むぅ……。いつものクロエにしか見えんが……。いや待て、ちょっと太ったか?」
「…………ほぅ」
中々面白いことを言うじゃないかヨルムンガンドくん。
これ見よがしに「太った?」とは……。
さすがに苛ついたので、頭の悪い回答に、俺はこれ以上ない殺気で応えてやった。自分で言うのもなんだが、スタイルには自信がある。それを太ったなどとのたまいやがるこの愚か者には制裁が必要のようだ。
「ど、どうしたのだクロエ……。朝っぱらから殺気なんぞ飛ばして……」
「ヨルムンガンド。確か私と戦いたいといつも言っていましたよね?」
「うむ。常日頃から再戦の時を我は待っておるぞ」
「なら丁度良かった。実は私、今とても戦いたい気分でして」
「なに!? いつも我との再戦をめんどくさそうに断るおぬしが、我と戦うと言ったのか!?」
寝起きのテンションから、急にハイテンションになるヨルムンガンドくん。しかし、キミは俺の逆鱗に触れたことに気づいていないようだ。
俺が首肯して答えると、ヨルムンガンドは少年のように目を輝かせた。
「ようやく再戦の時が来たな! では、グラウンドへゆこうではないか! ガッハッハ!!」
と、景気よくグラウンドへ向かうヨルムンガンド。
それから俺もグラウンドへ向かい、ヨルムンガンドとの模擬戦……もとい憂さ晴らしを行った。結果は瞬殺。意気揚々と突っ込んできたヨルムンガンドの顎に思いっきりアッパーカットを入れてやった。その一撃で彼は気絶したが、後のことはグエンさんに任せて俺は再び屋敷へと戻ってきた。
「――まったく、こともあろうことか私に向かって“太った?”だなんて……」
我ながら可愛い外見だというのに、さすがの俺もキレちまったよ。
と、ぶつくさ文句を言いながら屋敷内を歩いていると、今度はクロヴィスと目が合った。彼はすぐに一礼したが、俺の異変に気付いたのかこちらに近づいてきた。
「おや、クロエ様。もしやその服はオレリア様が……?」
さすがはクロヴィスだ。さっきのバカとは違い、すぐに俺の服装の変化に気づいてくれた。
まあ、そもそもいつもの服装はクロヴィスのお手製のものだし、気づくのは当たり前ではあるのだが。
「ええ。オレリアさんが作ってくれました。似合っていますか?」
「よくお似合いですよ。――しかし、もう少しヒラヒラした感じを出した方がクロエ様らしいと言いますか、可愛いかと存じます」
「それはクロヴィスの趣味では……」
「いいえ! そんなことは断じてありません! クロエ様に一番似合うのは上品で可憐、ゴシックでロリータ! 完璧な体格に女神のような尊顔、その全てをあますことなく引き出すにはヒラヒラでフワフワした服装が最も適しているのです……! さらに、私はクロエ様にだけ似合うように改良に改良を重ね、究極の美を追求致しました……! 今、私の全てを注ぎ込んだ新衣装を製作中ですので、完成した暁には是非着ていただく存じます……! さらに服だけではなくお履き物にもこだわりを持って――」
と、急にクロヴィスが熱く語り始めたので、どうしようかと考えていたら、近くを通りがかったヴェロニカさんが、
「……うっざ」
溶岩も凍りそうなくらいの冷たさで、クロヴィスにそう吐き捨てた。
さすがのクロヴィスもその冷凍攻撃に、コホンと咳払いしネクタイを結びなおした。
「……これはヴェロニカ様。それはそうと、失礼いたしました。少々熱くなり過ぎたようです」
「い、いえ……。クロヴィスの熱意はとても伝わってきましたよ」
それはもう、俺が火傷してしまいそうなくらいに……。
普段は完璧超人なのだが、タカが外れると面倒なのが玉に瑕だなぁ。
まあ、クロヴィスにおんぶにだっこ状態の俺が文句を言えた立場ではないのだが。
「そういえば、話は変わるのですが、ベレニスからの定時連絡が昨夜途絶えたのです」
唐突に真面目な顔で真面目な話をするものだから、俺とヴェロニカさんは呆気に取られていた。
だが、本当に真面目な話っぽいので、真面目に聞くとしよう。
俺は気を取り直して、クロヴィスに聞き返す。
「ちなみに、今までにそのようなことは?」
「いえ。ありませんでした。ベレニスは几帳面な性格ですので、時間を間違えたという線はないでしょう。となると――」
「彼女の身に何かがあった」
クロヴィスが言う前に、ヴェロニカさんが言葉にした。
「ベレニスさんはガエルの……エルドラ宮殿にいるんですよね?」
「その通りでございます」
「となると、何かあったんでしょうか……」
ベレニスさんは魔族を蔑ろにする連中の巣窟にいる。何か悪いことに巻き込まれていても不思議ではない、か。
「今夜、私の分身体を宮殿に送り込む予定です。場合によっては、ワイズマン家と事を構えなければならないかもしれません」
「それは構いません。ベレニスさんの安全の方が優先です」
「クロエ様のお心遣い、感謝いたします。では、状況が分かり次第報告いたします――」
と、クロヴィスが言った直後。
屋敷の呼び鈴が鳴った。どうやら誰かが来たようだ。
俺は嫌な予感を感じながら、クロヴィスとヴェロニカさんと共にエントランスへ向かった。
扉を開け、現れたのはエヴリーヌさんだった。
しかし、何故か服がボロボロになっている。何かから逃げてきた、そんな感じだった。
「す、すまない……。迎え入れてくれたこと、感謝するよ……」
よろよろと今にも倒れそうなエヴリーヌさんは、息を整えてから壁に寄り掛かった。
「エヴリーヌさん、そんなにボロボロになって、いったい何があったんですか?」
アブソーブリングの件もある。エヴリーヌさんに何かあったのなら、手を貸したいところだが……。
「エルドラ宮殿が占拠されてしまったんだ……。私はガエル王のおかげで何とか逃げ延びることが出来たが……」
「宮殿が……!?」
あの大きな城のような宮殿が、占拠されたというのか。
にわかには信じられないことだが、ベレニスさんからの定時連絡が途絶えた今、エヴリーヌさんの言葉には信憑性がある。事件に巻き込まれているということなら、連絡が途絶えたのにも頷けからな。
「なるほど。ベレニスからの定時連絡がないのはそういうことでしたか」
「ふ~ん、穏やかなじゃないね。いったいどこのどいつが宮殿を占拠したのやら」
ヴェロニカさんが疑問を口にした後、エヴリーヌさんは眉根を寄せながら口を開く。
「やつらは自分達を邪神教団と言っていた……。しかし解せないのは、その連中とダグラス派の連中がグルだったという点だ。宮殿を占拠して、いったい何を企んでいるのか……」
「邪神教団……っ」
先日戦った異形コクマーとエリックという男も邪神教団の一味だった。
エルドラ宮殿に彼らが欲するものでもあるのだろうか。
まあ、教団の目的にはそこまで興味はないが、その事件にベレニスさんが巻き込まれているというのなら話は別だ。
「見ての通り私は研究に没頭する科学者だ。他に頼れる者もおらず、気づいたらクロエくんの顔が浮かんでね……。無様と笑うだろうが、私が縋れるのはキミたちしかいなかった……」
疲れ切った顔で、エヴリーヌさんは言葉を紡いだ。
ここまで逃げながら歩いてきたというのなら、相当消耗していることだろう。すぐにでも寝かせてやりたいところだが、ベレニスさんのことも聞いておきたい。
「ベレニスさんはどうしていますか?」
俺が聞くと、エヴリーヌさんは申し訳なさそうに、
「彼女は人質に取られてしまった……。すまない、私が不甲斐ないばかりに……」
「いえ、エヴリーヌさんの責任ではありませんよ。教えてくれてありがとうございます。――クロヴィス、エヴリーヌさんを客室で治療を」
「かしこまりました」
クロヴィスは一礼して、すぐにエヴリーヌさんを抱えて客室へと向かった。
しかし、事態は深刻のようだ。
人質になっているということは、ベレニスさんの身に何があってもおかしくはない。一刻も早く助けに行かなければ。何かあってからでは遅すぎる。
「なんだか面白そうなことになってるじゃん。邪神教団がエルドラ宮殿を占拠、か。レアが連中に世話になったことだし、ちょっとだけなら遊んでやってもいいかもね」
ヴェロニカさんは不敵に微笑み、そう言った。
そして、その表情のままに、俺を見てきた。
「で? アンタのことだから助けに行くんでしょ?」
「もちろんです。仲間を見捨てるわけにはいきません」
「そうこなくっちゃ。当然、アタシも行くからね。肩慣らしには丁度いいし」
「心強いです。クロヴィスが戻ってきたら、早速今後のことについて話し合いましょう――」
いきなりの出来事に心穏やかではないが……。
このまま何もしないという選択肢は俺にはない。
どこのどいつが占拠してようが、仲間が危険なら助けに行くまでだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
以上で第二章は終了です。また書き溜めてから更新します!
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